6-68 本心 (第3幕最終話)

「ん……?」


 目を覚ますと、部屋のベッドの上ではなく、周りには何もない白だけの空間が広がっていた。


「――あー、またこの夢か……」


 すぐに既視感を覚え、昨晩の明晰夢めいせきむと同じ場所だと気付く。

 それで、昨晩は確かここで……。


「よ――」


 浮かべた回想と同様に背後から声を掛けられるや否や、俺は瞬時に上半身を前へ倒しつつ屈み込む。刹那せつなうなる風切り音と共に後頭部の上を何かが高速で通過した。


「――ぉ大地ってぇ、避けるなよ」

「避けるに決まってんだろ! もっと穏便に声をかけてくれ!」


 俺は立ち上がりつつ、つんのめりながら不満げに振り返る親父へ至極まっとうなツッコミを入れる。前回は、この豪腕から繰り出される平手に吹き飛ばされてき込むハメになった訳で、そんなもの何度も食らってたまるか。


「ガッハッハ、それじゃ俺らしくないだろう?」

「…………まぁな」


 俺は全く悪びれもしない親父にあきれつつも、妙に納得してそう答える。夢となれば子供の頃に抱いた豪快で屈強な親父の印象のままなので、こちらが成長した今でも強烈に感じるのは仕方ないのだろうな。


「――それでまた昨日の今日で何用だ?」


 次は孫の顔を見に来るとかトンデモ発言をしていたはずだが、ちょいと気が早すぎでは?


「あー、お前が悩んでそうだったからな。この親父様が相談にでも乗ってやろうかと?」

「はぁ……余計なお世話だっての」


 現実世界でも周りがお節介焼きだらけなのに、夢でまで世話を焼かれてたまるか。


「そもそもさ、夢の中の相手に相談して何が解決するってんだよ?」


 心理学とかでは意味のあることなのかどうか知らんが、ぶっちゃけただのVR脳内会議じゃないか。


「まぁそう言うなや。ほら、お前は素直じゃねぇしな?」

「ほっとけ!」


 ヤスとなーこにも散々言われたが……ほんと余計なお世話の極みだな。


「――とまぁ冗談はさておき、色々と状況は複雑のようだな」

「まぁ、な」


 今日一日で、夕とゆづの秘密などあまりに多くの情報が詰め込まれてしまい、正直パンク寸前である。


「それはお前が考えることだし置いとくとしてだ。まずお前は――」


 そこで親父は真剣な顔をしながら、


夕星ゆうづちゃんのこと、好きなんだよな?」

「はぁ!?」


 修学旅行の夜のようなノリでそう聞いてきた。 


「なっ、ななな、なんだよ急に……」


 突然の問いかけで夕のことを思い浮かべてしまい、瞬時に顔が熱くなってしまう。


「おいおい、そこは即答して欲しかったんだが……今日はそっちを片付ける仕事ってわけかよ」


 親父はヤレヤレと肩をすくめて首を振る。


「ま、あの子にはまだ聞かせられんのは分かる。だがここには俺しかいねぇんだ、思い切って言っとけや。選択する上でも、まずは自分の中で気持ちを固めておくのはでけーぞ? ――もちろん、人として、とか色気のねぇ話で逃げんなよ?」

「んなこと言われてもよ……」


 寝る前に考えてはいたことだが、結局答えは見つからないままだ。それで、「人としては好き」という確実に言える答えは封じられてしまい、「女性として」で答えなくてはならないようだ。くっそぉ、俺の夢のくせに意地の悪いことをしてきやがる。


「よし、お前みたいな頭の固いヤツには、俺がいくつかヒントをやろう。まずは……夕星ちゃんが他の男といちゃついたりしたらどうだ?」

「えっ? そう、だな……」


 とりあえず夕とヤスが二人で仲睦なかむつまじげにしているところを想像――よし、馬刺しだ。


「ガッハッハ。わっかりやすいヤツだなぁおい!」


 親父は俺の顔を見て満足気にしており、何やら物凄くしゃくだ。


「んじゃ次な。お前と親しい女子――はあんまいないだろうが、その子ら全員が一斉に告白してきて、誰か選ばないと宇宙が滅ぶならどうする?」

「ハァ? なんだその無茶苦茶な設定は……俺はラブコメの主人公かよ!?」


 意図は分からんでもないが、とりあえず親父に物書きの才能とかはなさそうだ。というか夢の主の俺に、か……辛い。


「いいから考えてみろ。あ、未来だのゆづちゃんだの、ややこしいのはとりあえず置いとけ」

「ん、おう……」


 親しい女子や女性となると……夕、ひなた、なーこ、あと那須なすさん? くらいしかいないな。四人とも俺にはもったいないくらいの良い子達だ――まぁ少々癖の強いのも混ざってはいるが。んでその全員が告白ねぇ……天変地異かよ!? とは思いつつも、並んで俺の答えを待つ四人を無理やり想像してみる。その上で何のシガラミもないとすればだ……そりゃそんなの。


「夕だな」


 その想像の中で、俺は小さな夕の前で片膝かたひざをつき、迷わずその手をつかみ取った。


「ほーら、もう答えは出てんじゃねぇか?」


 それ見たことかと、ドヤ顔の親父である。


「いやでも……」


 比較対象が友達と先輩だしさ、そりゃ自動的に夕になるだろう。


「設定だろうが想像だろうが、間違いなく他の子らも文句無しの良い子達なんだろ? そん中から迷わず選んでるんだ、そりゃ決まりじゃないか? そもそも、お前の冷えきった心を熱心に温めて、こうして救ってくれたようなトンデモすげぇ子なんだ、んなもんれない方が逆におかしいだろうがよ」

「……むむぅ」

「まだ納得いかねぇのか。ヤレヤレ、ほんと強情なヤツだな…………じゃぁ最後の質問いくぞ?」


 最後となればどんな難問が来るのかと身構えるが、


「夕星ちゃんを幸せにしたいと思うか?」


 あまりに簡単な質問で拍子抜けした。そりゃ夕には幸せになって欲し――いや待て、もう一段階上の話か。それで俺は――うん、間違いない。


「当たり前だ!」

「…………ダァッハッハ、当たり前ときたか。そうかそうかぁ」


 俺の即答を聞いて、親父は嬉しそうに大声で笑いだした。


「大地よ」

「な、なんだよ……」

「それが愛、なんだと思うぞ?」

「っ! ………………そう、かもな」


 夕はただひたすら俺の幸せを願っていて、確かにそれを「真実の愛」と感じたのだから。


「ざっくりまとめると、一つ目は独占欲、二つ目は魅力、三つ目は愛ってとこだ。んでそれらは好きとイコールじゃないが、間違いなく関係要素だろう。そして夕星ちゃんは、その全部に見事当てはまってる訳だ。――さ、もういいだろ?」


 親父は好きという抽象的な感情を理詰めで説明し、呆れ顔で観念しろと言ってくる。


「そうは言ってもさ……夕は色々と複雑な問題を抱えててだな――」

「こんのバカ息子が!!!」

「っ!」

「んなこと好きかどうかに関係ねぇだろが! グダグダとしょうもねぇ言い訳すんのはやめんかい! お前はどっからどう見てもとっくの昔にオチてんだ、いい加減あきらめて認めろや!」


 幼少期に駄々をこねて叱られた時ように、強烈な一喝が飛んできた。条件反射のように背筋が伸び上がる。


「ぐっ……ぬぅ………………だーもう分かったよ! これ以上誤魔化しても仕方ねぇのは俺も薄々気付いてたし、だからこそあんたが出てきたんだろうよ!」


 そこで俺は深呼吸をして目を瞑る。

 そして夕の姿を思い浮かべると、


「あーそうだよ、俺は夕が好きだ!!! 大っ好きだってのっ!!! これでいいかっ!?」


 そう言い切ってやった。どうせ夢の中、誰が聞いてる訳でもなく、ただの独り言と変わらない。――そう思っての大告白であったが……目を開いた瞬間に俺は凍りつくことになる。


「あり、がとぉ……私も大地のことっ、大好きだよ!」

「!?」


 なんと目の前には、指で涙を払いつつ幸せそうに微笑む夕の姿があったのだ。しかもナゼか大人バージョンである。


「ちょ、ま、ユウ、ナンデ? ――おいクソ親父どこいったああぁ!?」


 激しく動揺する中で元凶の名を叫んでみると、即座に夕からポンと煙が上がり、親父が忍者のように入れ替わりで現れた。


「どうだ驚いたか?」

「心臓止まるかと思ったわ!!! ふざっけんなよ!?」


 俺史上で最凶最悪のワーストドッキリ賞だっての。そりゃ夢なんだし、親父以外が出てきても不思議じゃないが……だからってさ、いきなり本人出すのは反則過ぎるだろ!


「ガッハッハ、俺が聞くより臨場感あっただろう? それでいい練習になったじゃねぇか、ありがたく思いな」

「こんのぬけぬけとぉ………………はぁ」


 調子の良い親父に腹は立つが、ポジティブにとらえれば、そうとも言えるか……。


「何はともあれ、良く言った!」


 親父は満面の笑みを浮かべ、俺の背中をバシンバシンと容赦なく叩く。夢のくせにバッチクソ痛いからマジでやめてくれ。


「これでお前の気持ちも固まったようだし、ややこしい話が片付いたら……今度は現実の夕星ちゃんに言ってやれよ?」

「……ああ、もちろんだ」


 夕を待たせていることは、本当に申し訳ないと思っている。


「よしっ、これで俺の仕事は終わりかな」

「んじゃ大人しくさっさと帰ってくれ!」


 このまま親父を放っておくと、どうせろくなことをしないに決まっている。


「ハハハ、つれねぇヤツだな――あっ、ちなみに俺も母さんも洋式派だぞ。上からちゃんと見てっから、純白のドレスを着せてあげてくれよな!」

「はぁ、そりゃまた気の早い話を…………くっ」


 認めてしまったからか、ウエディング姿で微笑む美しい夕を想像して、その未来が訪れることを期待してしまった。


「あーそれと…………いくら愛し合っててもまだ手は出すなよ?」

「んなっ、何を心配してやがんだクソ親父っ! 夕はまだ小学――っていねぇし! また言い逃げかチキショウ!」


 毎度お馴染なじみとばかりに、親父は煙のように跡形もなく居なくなっていた。忍者かよ。


「ほんと人騒がせな親父だぜ………………でもまぁ、今回もありがとな」


 本当にお節介な話ではあるが、おかげでこうして夕への想いを確信できたのだ。お礼くらいは言っておかないと、それこそバチが当たるかもしれない。

 そうして何もない空間に独り残されれば、自ずと自身の鼓動のみが鮮明に感じられる。例え夢とは言えども、本人を前にしての大告白となれば、未だ常より力強く脈打っているのだ。さらにそれは、熱い想いを乗せて身体中を駆け巡り、心のしんまで喜びで満たしていった。そうして奥底からあふれ出したこの暖かな感情が、好きという気持ちなのだろう。


「ああ……」


 やっぱり俺は、夕のことが本当に好きなんだな。

 これを現実の夕にも伝えたい。安心させて喜ぶ顔が見たい。

 ……だが、その前に考えるべきことは山積みだ。それに親父の言ではないが、いざ現実の夕を目の前にした時に、果たして告白できるのか凄く不安でもある。

 ――いや、夕はあんなに堂々と言ってくれてるんだ、そこでビビってたら男の立場がないってもんだろ。それに、どのような選択をするにしても、この気持ちは絶対に伝えなきゃだ。


「よしっ!」


 その時が来たらバシッと想いを伝えるから、待っててくれよな、夕!!!





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