6-62 矛盾

「ということで、あたしのセルフネガキャン祭りはお終いよ。あとはパパの方でじっくり考えてちょうだいね?」


 二つの問題の説明を終えると、夕は意外とサッパリとした様子でそう告げた。夕の中ではもう答えが決まっているから、なのだろうな。


「……ああ、分かった」


 だがもちろん俺の方は、まだ頭がパンク状態であり、すぐに答えなんて出るわけもない。……夕は本当に素敵な子だし、もしこれが普通の女の子の話であれば、断るのは年下が絶対無理な人くらいだ――いや、本当は年上だし逆か……ヤヤコシイ。でも世の中そんな甘くはなく、眠り姫への行く手を阻むかのように、未来人ゆえの波乱万丈な茨の道が待ち受けており、さらには本来ならば救われるはずのゆづを救え――ん、ちょっと待てよ。


「おかしいぞ……」

「どったの?」


 現状の問題を整理していたところ、一つ大きな矛盾にぶつかった。


「良く考えたらさ……すでに記憶の問題とやらで俺がゆづと会うことができない訳だし……仮に夕との関係がどう進んでも、どのみち引き取れないんじゃ?」

「あっ」


 そこで夕は、うっかりしていたとばかりに大きく口を開けると、


「そう、よね。言ってなかったもんね……」


 ほおいてバツの悪そうにそう言った。

 この様子からして、何か重大な説明忘れが――ってそうか……俺は重要なことを確認していなかったのだ。……いや違うか。直感で言いしれぬ不安を感じ、無意識に考えないように避けていたのかもしれない。

 そして、その不安の理由をたった今理解した。夕はこれを選択と認識していた以上は、夕を選ばなければゆづを救えるということだ。つまり、そのとき夕はゆづの中から居なくなる……それは未来へ帰るということか、もしくは最悪の場合には……死を意味しているのではないか。


「私が選ばれなかったときの話、しておくね」

「いや、その……」


 案の定とその話が始まり、俺の中に知ってしまう事への恐怖が膨れ上がる。


「もしそうなった時、私は……」

「待っ――」


 心の準備もままならない俺は、続く言葉を遮ろうとするが、


「かえるよ」


 夕は腰元の懐中時計に視線を落として、小さな声でそう告げた。

 続いて夕は、その金の裏蓋うらぶたをゆっくりと開く。その中には、赤色と青色の錠剤が一つずつ入っていた。

 そして夕は青色の方を摘んで取り出し、それをじっと見つめながら、


「これをのんで、かえるよ」


 淡々とそう言った。


「そっ、そうなのか……未来へ帰る方法があったんだな。――ふぅ、なんだか少し安心したぞ……」


 その仕組みは全く分からないが、それは夕の記憶や魂を元の世界に戻す薬なんだろう。いま想像した最悪の展開にはならないということで、まずはホッと胸をで下ろす。


「だからそのときは」


 そこで夕は蒼黒そうこくひとみを閉じると、


「ゆづを助けてあげてくださいね」


 ゆっくりとそうささやいた。その声はどこまでも優しく、そして悲しげであった。


「っ………………ああ」


 未来へ帰れるとは言っても、これほどの決意で抱いた目的を果たせないということであり、夕にとってそれは本当に辛いことだ。そして、夕の心は決まっているとなれば、あとは俺の選択にかかっている。


「俺は……」


 まるで俺の背に、見えない重いものがズンとのしかかっているように感じ、思わず拳を握り奥歯をみ締めてしまう。


「――はいっ! この話はこれでもーおしまい!」

「え?」


 そこで夕は顔を上げてパンと柏手かしわでを打ち、重苦しい空気を吹き飛ばしてきた。


「パパとあたしの幸せについて考えてるのに、こんな暗い顔してたら幸せも逃げちゃうってもんだわっ!」

「っ! ――ははっ、それもそうだな」


 そうしていつもの明るい表情に戻った夕に、俺は大きくうなずいて答える。

 どのような選択をするとしても、暗い気持ちを抱えたままでは輝ける未来なんて無いって訳だろう。この選択でどちらかが死ぬような――あの残酷なお話とは違うのだから、もっと前向きな気持ちでいないとダメだよな。それに、幸いにも夕は答えを急かさないと言ってくれてるんだし、肝心の俺が焦りまくってどうするよ。


「(ありがとな)」


 そして俺は、その夕の深い気遣いに小さな声でそうつぶやくのだった。

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