6-63 先約

 これで夕の大切なお話は一通り終わったようであり、二人で茶をすすりながらのリラックスモードに入っている。俺は今日一日にもらった膨大かつ濃い情報を整理しようと、ひとり黙考する中、


「――ねぇねぇ」


 横からの呼び声と共に服をちょいちょいと引かれた。


「明日も午後から来ようと思うけど、パパの予定は?」

「えっ? ――あーその……すまんけど明日の午後は友達とバーベキューに行くんだ」

「あ……そう、なんだ……」


 物凄ものすごく残念な顔をされてしまい、とても心苦しい……そりゃ俺の方も夕に会えるなら会いたいとは思うが、向こうが先約となれば致し方ない。それにドタキャンでもしようものなら、お友達のなーこに後で何されるか分かったものではない。


「もしかしてそれは……靖之やすゆきさんと二人でとか? それだったらあたしも――」

「いや、他にも居るぞ?」

「うっそ!?」


 これは、ヤス以外に友達なんて居るのかと暗に言われているのだろう。失礼な、とも多少は思うが、実際に数日前までそうだった訳で、張る見栄もない。


「…………ちなみに、その中に女の子は居るの?」


 そこで夕はジトッと俺を見つめながら、低めの声でそう尋ねてきた。


「あー、手芸部から三人な。このイベントを企画したなー――一色という子と、会ったことは無いが沙也さやって子、それとひ――小澄が来るぞ。あと男子が――」

「んな、なななぁ!?」


 夕は後ろ手を突いてけ反ると、とんでもない事を聞いたとばかりに目を見開いて驚いている。


「……そんなに驚く事だったか?」


 その過剰な反応に俺が困惑していると、


「(…………マズイわね)」


 夕は気もそぞろにボソッとそうつぶやくと、苦々しそうに顔をしかめた。


「え、なにが?」

「あ、いや。なんでもないわよぉ~? オホホ」


 あまりに挙動不審の夕に首を傾げざるを得ない。


「あーその……もし夕も来たければ、一色に聞いてみようか?」

「えっ、ほんと!? ――あ、いや、やっぱいいよ……」


 一瞬表情を輝かせた夕であったが、すぐに眉尻まゆじりを下げて断ってきた。


「別に遠慮せんでもいいぞ?」

「んー、あーほら、なんというか……全員知り合いならともかく、そんな中に入ってもお互いに気まずいかなぁと?」

「ん、それは……あるかも、かな」


 夕の中身はどうあれ、小学生一人が高校生の輪の中には入り辛かろうな。正直なところ、俺自身が夕と一緒に行きたいなと思っての誘いだったが、本人が乗り気でないのなら仕方ない。


「ま、あたしはあたしで他にもができたから、気にしないで?」

「お、おう?」


 この時代に来てそれほど経ってもいないようだし、何かとやるべきこともあるのだろう。それに、出会ってからのここ一週間は毎日顔を合わせているし、たまには良い――というか、どう考えても会いすぎだよな? 自由時間のほとんどを一緒に居るんじゃね?


「――っとと、あたし帰りに買い物しないといけないから、今日はこれでお暇するわね」

「ん、そうか」


 夕の目線の先の壁時計を見れば十七時。この後に買い物をするとなれば、夕の活動可能時間的には帰らざるを得ないのだろう。


「今日は色々話を聞かせてくれて楽しかった。ありがとな」

「いえいえ、こっちこそありがとだよぉ。今朝は大変なことになっちゃったけど、午後は本当に楽しかったわ♪」


 夕はうれしそうに微笑むと、名残惜しそうにゆっくりと立ち上がる。そして「お着替えしてくるねー」と言いつつ、スカートを翻して茶の間を出て行った。



   ◇◆◆



 しばらくして、夕が元の制服姿になって戻ってきた。

 そこで俺は、そのまま帰ろうとする夕を呼び止めて、


「なぁ、もし大量に買い物するとかなら、手伝おうか?」


 そう申し出てみた。それには、言葉通り手伝いたいという気持ちの他に、純粋に夕との買い物も楽しそうだという思いもある。


「ええっ! あの、その、たっ、大した買い物じゃないから、いいよっ!?」


 だが、夕は妙に焦った様子で断ると、そのままスタスタと玄関の方へ歩いて行ってしまった。俺はその様子に首を傾げて後に続きつつ、男の俺が居ると買いにくい物もあるかもしれないよな、と先ほどの箪笥たんす案件から思い至って納得した。

 二人で玄関を出て門の前まで行くと、いつものように夕をお見送りする。


「そんじゃまた明日――じゃなかった、また明後日だな?」


 夕のことだから、明日に会えないとなれば、明後日は絶対に会いに来るだろうとの予想だ。


「え? あ、うん。また明後日ねぇ~」


 すると少し不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔に変わると手をフリフリ歩いて行った。

 俺はその元気な姿が完全に視界から消えるまで、名残惜しい気持ちで眺め続ける。

 夕とゆづの家に関して何もしてあげられない無力な俺だが、せめて目の届くところまでは、こうして見守ってあげたいと思うのだった。

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