6-63 引越
「それでもう一つの問題は、あたしと共に生きていくこと自体がとても大変という事ね」
「……えーと、俺も夕もゆづに見つからないように生活しなきゃいけなくて、しかも活動時間に制限がある?」
それは見つかれば命に関わる問題であり、その不安をずっと抱えて過ごさなければならないのは、本当に大変なことだ。
そこでさらに夕は、
「実はそれだけじゃなくて、他にも面倒事がいーっぱいなのよね……」
両手を広げてそう言うと、長いため息に合わせて肩を落とした。――まぁ、自分を選ぶデメリットを次々と解説するともなれば、そりゃげんなりもするよな。
「今はまだいいのよ。ゆづの自由時間も多いし、こうして
「そう、だよな……」
もしそういう関係になるのであれば、滅多に会えないというのはお互いに相当辛いだろうな。
「とはいえだ、そう簡単にどうにかできるもんじゃ?」
「んにゃ、そんなことないよ? もちろんすぐには無理だけど、移動先の目処が立ったらこの身体から出ていくわっ!」
「なにぃ! 移動って!?」
まさか、夕が分裂するとでも言うのか? いくら未来人でもそれは無理では。
「えーと、今の時代でも再生医療の研究が盛んにされてるよね? ほら、IPS細胞とか、STAP細胞――はないけどさ。そっちはひなさんの専門分野で、あたしはそこまで詳しくはないんだけど……あたしが居た十年後くらいには、なんと人体の複製がほぼほぼ実現しかかっていたわ」
「すごっ!」
現実感の無い未来の超技術に驚く俺に対して、夕は「もちろんコネと膨大な資金が要るけどね? 二人でお金貯めなきゃだよぉ」と現実的なことを
「身体の複製かぁ――って待てよ、それってクローンと何か違うのか?」
「クローンは同一DNAの生物を一から作り出したものだけど、これはあくまで
つまり複製するのが生物か否かの違いがあると……確かにそれは全く別物だな。あと、すごく場違いな感想ではあるが、突如たまちゃんを出すのヤメテ!
「でもあたしの場合は、たまちゃんが
夕はそう言いながら、自身の頭をコンコンと
ん、待てよ……夕が移動してしまえばゆづの記憶問題も解決するだろうし、そこで改めてゆづを――いや、十年以上先となると遅すぎる……そんなうまい話はないか。
「それでその引越しとやらは、時が来れば確実に可能になるのか?」
「そうねぇ、ワームホールを潜って過去に行くとか超難しいことをやる必要もないし、あたしの未来知識フォローもあるからまず間違いなく実現はできるよ。――あっ、たまちゃんの移動も含めて、ひなさんの協力は
夕は何かに付けてひなたに
「んじゃ、問題とは言いつつも、解決の方法は見えているってこと?」
「ここまではね? 実はそこからも大変なのよぉ……」
夕は再度の
「戸籍がないの」
「戸籍…………そうか、そりゃそうだよなぁ」
母体から出生された以外の方法で突如発生した人間なんて、戸籍を用意できるわけがない。出生届が出されないまま育った子供は無戸籍者って言うんだったか……もちろんこれとは状況が全然違うけど。
「戸籍が無いとパパとの婚姻届も出せないから、事実婚になっちゃうのが一番悲しいわ。それどころか、身分証も無い、定職にも就けない、車も運転できない、口座もクレカも作れない……他にもいろいろ困る事が山盛りの大盤振る舞い。あと万一警察のやっかいにでもなった日には、どんな面倒な事態になるか想像もつかないかな。……ということで、この日本において戸籍が無いってのは、普通はとんでもなく大変な事なのよ」
「うむ……」
戸籍が有るのが当たり前すぎて考えたこともなかったが、もし無ければ生きる上で山のように制約が課されるんだな。
「あーその、聞かれる前に言っておくけど、あたしはもちろんそれで構わないわよ? 極論だけど、パパと一生を共にできて、パパが幸せなら他に何も要らないんだから。それにいろいろと制約を挙げつらったけど、それなりに何とかする自信はあるしさ?」
そこで夕は「ふふん、あたしってば意外とデキル女なのよぉ?」と補足して薄い胸を張っている。それは全くもって意外でも何でもなく、夕よりデキル人なんて滅多に居ないだろうに。そんな夕だし、きっと何とかしてしまうんだろうなぁと思える。
「ということで、普通の女の子との結婚と比べてめっちゃくちゃ大変、眠り姫もびっくりして飛び起きちゃうくらいの茨道ってことなのよ……はぁ~」
夕は盛大に肩を落として、ヤレヤレと首を振る。
「んまぁ、凄く大変なのは分かった。ただそれは主に夕が大変なわけだし、俺としては一個目の方が辛い、かなぁ」
そもそも未来人ということで、並大抵の覚悟では返事ができないと思っていたくらいだ。ゆづを救えないのは、本当に心苦しいけどさ。
「それはそうね。でもえっとぉ……ちょっと言い辛くてスルーしたけど、パパにとっても重大な問題もある、よ?」
「え、まだあんの?」
まさかのここで、おかわりまで来るとは……しかもこれまでのヘビーな条件が出た上で言い辛いときたら、今度は一体どんなものが差し出されるんだろうか。――よしっ、こうなったら毒を喰らわばの精神で構えておこう!
「それはそのぉ……」
そこで夕は、どういうことか顔を少し赤らめてモジモジしている。
「あたしのお引越しが済むまでは、あくまでゆづの身体を借りている状態なのよ」
「そうだな」
それはすでに重々承知していることだ。
「そうなると、さすがに……アレは……マズイかなって……」
「アレ……とは?」
お嬢さん、アレじゃ分からんて。
「んなぁもぉ! 他は察しがいいのに、なんでこれは分かんないのよっ!? このにぶちん!」
「えぇー……んなこと言われてもさ」
この夕の「にぶちん!」が飛んでくるのは、女心が分かっていない時ではある。ただ、それが分かったところで、結局どうしようもないんだがな?
「だからぁ! そのっ…………」
そこで夕は湯気が吹き出しそうな顔で目をぎゅっと
「は、はじめてをあげるのが……すごく遅くなっちゃうよって……」
蚊の鳴くような声で爆弾発言をしやがった。
「んなぁ!!! ばっ、ばっかやろう! んなもん気にしてる場合かよ!?」
「え、えええ!? 気に、しないの?」
「……オウ」
テンパっていることもあり、俺はほぼ何も考えずにそう答える。
「ぐっ! むぅぅぅ、そう言ってくれるのは助かるけど……それはそれで何だか……ちょっとしょっくなんだけどぉ……これは意識改革が必要かもぉ……ごにょごにょ」
俺の反応が大層ご不満のようで、なにやら物騒なことを呟いている。
「はああぁぁ……」
夕の中身がお姉さんであり、俺なんかよりよっぽどオトナなのは、もちろん分かってるともさ。だがよ、そういう話はせめてだ……せめてもう少し身体の方も成長してからにしてくれ……背徳感がはんぱねぇっての! また夢にでも出てきちまったらどうしてくれるんだ!?
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