6-62 二兎

「んじゃぁ、次はゆづのこと。そして、さっき言った問題について話すわね」

「……おう」


 夕の過去話が済んだので、いよいよこれからの話という訳だな。ちょっと緊張してきたぞ。


「んと、聞くまでもない事だと思うけど、念のため確認ね。その……パパは向こうの世界と同じようにゆづを救いたいと思うよね?」

「ああ、当然だ!」


 今はあんな敵意き出しな子であっても、同じ夕なんだから根は優しい子に決まっているし、それは……悲しくも環境ゆえなのだろう。こんなただの高校生に過ぎない俺に何ができるかは分からないが、絶対に助けてあげたい、そう思っての即答だ。しかもそれは、夕があっちで受けた恩を今の俺に返そうとしたのと同じで、俺から夕への恩返しにもなるのではないか。


「ふふっ、ありがと。優しいパパだからそう思うよね。でも残念だけど……もしあたしと生きる道を選んだなら、その全部は難しいの」

「え……どうして?」


 悲しげにそう言った夕に、俺は否定したい気持ちと共に問いかける。


「今の家から施設に行けるようにするのは……現に向こうのパパはやってのけたし、加えてこっちではあたしのフォローもあるから、大変ではあるけどできなくはないと思う」

「うむ。それなら次だって――」

「んーん、二つ目――引き取るのは無理なのよ」


 夕は俺の言葉を遮り、首を振りつつきっぱりと否定する。


「だって……あたしが居る限り、娘としてゆづを愛してあげることはできないから」

「むぅ……」


 でも、頑張れば無理を通せなくもないのでは……そう、例えば。


「その、ゆづに事情を話して一緒に暮らすって訳には…………――あーいや、流石にそれは夕が辛いよな……」


 思いついたものの、夕の気持ちを考えれば厳しい方法だった。


「んにゃ、問題はそこじゃないの」


 だが、夕は意外な返しをしてきた。気持ちの問題ではない、と?


「そもそもあたしの無茶でそうなってる訳だからね。しかも同じあたしでもあるんだから、もしそれが可能なら、そんくらい別に平気よ? ――んとまぁ、自分同士でのパパの取り合いっていう妙な状況にはなるけど……ふふっ、そんな体験誰もできないし、それはそれで面白いかもね~♪」


 さらには、「あたしが正妻で、ゆづはあくまで娘だし!」と言って不敵に笑っている。


「そ、そうか」


 さっきの現在大地と未来大地のような話だが、夕もそれについては気にしない――とまではいかないだろうが、折り合いは付けられると。


「じゃぁ何で?」

「うん。それはね、あたし達が一つの脳を共有しているからなの。記憶領域は別れているとは言っても、入れ物は一緒だから……同じ強い想いが重なると、ちょっとした記憶の不整合から脳に異常をきたす可能性が高いわ」

「え……マジ、か……」


 ここにきて超重要な情報が飛び込んできた。俺の中に言いしれぬ恐怖が広がっていく。

 そうして激しく動揺する俺をよそに、夕は説明を続ける。


「その強い想いってのは、あたしの場合はもちろんパパの事で……現に、今朝の件で薄っすらと不調のようなものをしばらく感じていたわ。ただ、これはまだゆづがパパを宇宙大地と認識していないから、不調程度で済んでるんだと思うけど……もしパパがゆづにとって大切な存在にでもなったら、きっとあたし達は……」

「なんて、こった……」


 無理を通せば二人とも失うかもしれないと……まさに二兎にと追うものは、か……。

 それに、今朝ゆづと出くわしたのは、別の意味でも大問題だったとは――ああそうか、普段は冷静な夕があそこまで取り乱したことに、その不調も要因としてあったのかもしれないな。なんにせよ、今後はうっかりゆづの方に出会ってしまう事がないよう、重々気を付けないとだ。


「そういうわけで、パパからの二度目の救いは無いの。誰か他の優しい人に施設から引き取ってもらうのを期待するしかないわ。――んと、裏からそっとサポートするくらいはできると思うけどね?」

「……お前は、それでいいのか?」


 幸せだった自身の経験がある分、救われない自分を見続けるのは、きっと辛いだろうに。


「そうね……あの子の幸せを横取りするようなもんだし、もちろん気がとがめるけど……それを承知であたしはここへ来てるんだから。それもさっき言った『犠牲』のひとつなのよ。むしろこれでも――」

「え?」

「んーん、なんでもないわ」


 言いかけたことが気にはなるが、夕が続けて話し始めたのでひとまず置いておこう。


「――あとそもそもね、向こうの世界でのあたしは途轍とてつもなく幸運な巡り合わせでパパに救われただけで、あたしが何か努力した結果でもないの。だから本当は……ただ待つだけでは救いなんてやってこないのが、一般的でありふれた道なんだよ。すでに世界も未来も違うんだから、そんな普通の道もあの子の人生かなと思うわ。というか一度救ってもらえるだけでも、充分過ぎるくらいじゃないかしら?」


 そう強気に言い放つ夕ではあるが、やはり表情はどこか辛そうである。こんな優しい夕なんだから、ゆづの事を気にしない訳がないのだ。


「ということであたしの気持ちは決まってるから、ゆづをあちらと同じようには救えないことをパパが納得できるなら、この問題は解決よ」

「……分かった。良く考えておく」


 本当はゆづ本人の意見も尊重すべきだが、語った時点でゲームオーバーと来ればどうしようもない。

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