6-61 条件
急に始まった格ゲー祭りも終わり、二人でいつもの定位置――テーブル前の座布団に並んで座った。
「んやぁ~いっぱい遊んだねっ!」
「だな」
いっぱいとは言っても一時間くらいだが、二人とも真剣勝負だったので充実感からそう思えるのかもしれない。
「さーて、これで頭もいい感じにほぐれたし………………うん」
そこで夕は姿勢を正してスカートを整えると、穏やかな表情をキュッと引き締めて、こう切り出してきた。
「今日の最後にとっても大切なお話をしておくね」
「う……うむ」
その夕の静かな気迫に押されつつも、俺も合わせて身構えておく。
「えーと、そんな改まって何の話?」
「うん。まず、あたしがここへ来た目的は……もう大丈夫ね?」
「……ああ」
俺が
「それでね……その、も、もらう前に伝えておかないといけない事があって……だからそれもあって急がなくていいの」
「もらう……――あ、ああ、うん」
例の返事を、と少し考えて察せられた。
それで伝えるべき事というと、俺が夕を選ぶか決める前に知っておくべき条件のようなものがある、でいいのかな? 確かに未来人となれば、そりゃ普通の女の子と同じ訳にはいかないだろうし、それに……。
「…………例えばゆづのこと、とか?」
「ふふっ、察しが早いわね」
ゆづについて少しは聞けたものの、やはりまだ知らない事が多すぎる。問題があるとすればまずそこだろうと踏んでのことだった。
「端的に言うと、パパがあたしと共に居るための問題が大きく二つあってね、そのどちらもゆづが深く関係しているの」
「そ、そうか」
それは、「あたしを選ぶ時はそのデメリットをちゃんと覚悟してから選んでね」という意味だろう。それにしても……あれ程の強い想いを抱きながらも、選ばれる可能性を下げてまで正直に話そうとしてくれるとは……本当に誠実な子だよまったく。
「それらを説明するために、まずはあたしの過去やゆづの置かれている現状を話すわね」
「了解」
今まで断片的にしか聞けていなかった夕の過去が、ここで
頷いた俺を見て、早速と夕は語り始める。
「向こうの世界であたしがパパと出会ったのは十二の時。なので現在からだと二年後になるんだけど――」
「え、いま十歳ってこと?」
「うん、そうだけど?」
「もっと――ああいや、先を続けてくれ」
「ん~~?」
見た目から小学校中学年――八~九歳くらいかなと思っていたが、実際はもう少し上だったか。二十歳になっても低身長ということだったし、つまりそういう事だろう。
それで夕は俺の様子に不思議そうな顔をしたが、少々失礼な予想はバレていないようで、そのまま説明を続ける。
「それですぐに養子として引き取ってもらったんだけど、それまではどうしてたかと言うと……施設に、居たんだ」
「施設……というと、今住んでる家じゃないってことだよな?」
「そうよ」
「それって…………まさか!?」
そこで俺の
なぜならそれが意味することは、俺のように天涯孤独となったか、もしくは……。
「うん……虐待を受けていたの」
「っっ!」
悪い予想通りの答えが返ってきて、俺は思わず拳を握りしめていた。
考えてみれば思い当たる節はいくらでもあった。出会った頃に「あの人達」と呼んだり、極度にお腹を空かせていたり、こうして毎日のように俺の家で食事をしたり、家族との繋がりに強いこだわりを見せたり……沢山あったのだ。さらにそれは、今現在ゆづがその状況にあることを意味している。
「ごめん……気付けなくて」
自分の間抜けさにほとほと腹が立ち、歯をギリリと
「気にしないで! その、心配かけたくなくて黙ってたことだからね?」
「そう、か……」
つい昨日までの俺はトラウマも抱えていたし、夕への信頼も示せていなかったから、夕の抱える問題を話せる段階ではないと判断したのだろうな。それで俺が少しマトモになったと見て、こうして話してくれたと……ああ、いつでも夕は俺のことを本当に良く考えてくれていたんだな……胸に熱いものを感じる。
「そういう訳で、昔のあたし、それと今のゆづはあの家で……その……」
「いい! 辛いなら、言わなくていい、から」
虐待として認められて施設に居たくらいの事だ、言い辛いに決まっている。それをわざわざ聞くべきではない。
「ん……ありがと」
夕は少し頬を緩めると、話を続ける。
「それで家族の愛を知らなかったあたしは、パパの娘として本当の愛をもらったわ」
それは、立場は少々違うが、夕がしてくれている事に近いと感じる。以前に夕が何度も言っていた俺への返しきれない恩、それがこのことであり、その恩返しでもあったのだろうか。
「しかもね、引き取られて大分経ってから偶然耳にしたんだけど……実はパパが施設に保護されるように裏で動いてくれてたと知ったの」
「マジカヨ」
「ふふっ、大マジだよぉ? ……だから、あたしはパパに二回も救われていて……まさにヒーローってわけなのよ」
あっちの宇宙大地は、さらに上乗せ倍プッシュをかましていたらしい。そりゃ夕が多大な恩義を感じるのも無理ないわ。まったく、同じ俺とは思えない凄いヤツだぜ。
「それでそのぉ……大地は多分気付いてると思うんだけどぉ……」
夕は人差し指同士をツンツンして、とても言い辛そうにしている。俺が気付いているとは何の話だろうか。
「こうして二度も救われたこともあるし、それにもちろんあっちの大地もすっごく素敵な人だったから……いつの間にか異性として好きになっちゃってて……」
「あー、うん」
予想していたことではあるが、ハッキリと言われると……うーむぅ。
「そのっ! こんなこと今の大地に言うのはすっごく失礼だって分かってるけど……やっぱり今でも少し……――あっ、あ、でも! 浮気とかじゃなくて、えーとそのぉ、あーうー」
「……まぁ、いいんじゃね?」
「ふぇ?」
顔を赤らめてしどろもどろになる夕を見て、正直もやっとするところはある。だが他人という訳でもないし、それどころか見方を変えれば……二倍好きって言われてるとも……くっ、それはそれで!
「そもそも俺がどうこう言える立場に無いんだが、夕が気にしてるっぽいから言っておくとだ……」
夕を選べてない状態で偉そうに言えることなんて何も無いし、夕の方も気にすることはないのだが、そうは言ってもこの子はどこまでも真っ直ぐだからな。
「今聞いただけでもとんでもスゲーヤツって分かるし、八年も一緒に居たならそう簡単に忘れられるわけないだろ? それに前に言ってたみたいに、いずれは、ほら……想い出に変わっていくもんじゃないかなと。……違うか?」
「あ…………うん、そうね」
夕は得心のいった様子で頷くと、こちらをじっと見つめてこう続けた。
「今はまだ向こうの大地が少し見えちゃうけど、でも今の大地もちゃんと見えてるし、もちろん大好きだよ!」
「っ!」
しれっと告白するんじゃぁない! まったく油断も
それで俺は
「――あー、一つ疑問なんだけどさ」
この話は終わりとばかりに次へ進める。
「そもそもなんで向こうの俺は夕を二度も助けたりしたんだ? 養子に迎え入れる時まで会った事もなかったんだろ?」
しかも養子とは言っても、「戸籍上は違うけど表向きは」と以前の夕は言っていたので、戸籍上は別の人――例えば俺の後見人などが引き取っていて、未来の俺にとっての夕は事実婚ならぬ事実養子のような存在だったのだろう。俺の嫁にあたる人の話が一切出てこないことからして結婚していなかったのだろうし、加えてその時点で俺はまだ二十歳……それでそんなややこしい手段を取ったのかもしれない。そうなれば、そこまでして夕を迎え入れた理由は一体何なのだろうか。
「えっと、裏で動いてたことを知ったのは偶然だったから、それについて何か話した事はないわね。今でもあたしが知ったことを知らないと思うよ」
向こうが隠そうとしているくらいだから、敢えて聞いたりはしなかったという事だろうな。
「一方で引き取ってくれた事については……『あー、ちょっと恩人に頼まれてな? ま、それもあるが俺がそうしたかったからだ』って言ってたかな……」
「よう分からんなぁ」
「だよねー」
夕に
「詳しく聞こうと思ったこともあるんだけど……結局最後まで聞けなかったわ。何故だか分かんないけど、近い話になると難しい顔をするから……無理に聞いてもパパを凄く困らせてしまうような気がして……」
鋭い夕のことだし、それが良くない事と察したのなら、きっとそうなのだろう。
「それに理由は何であっても、あたしのヒーローであることに違いはないんだからね?」
「ふっ、そうだな」
俺の方だって、仮に夕にどんな思惑があったとしても、夕は俺にとっての「小さなヒーロー」だ。紛れもなくそう思ったし、そう思っているんだから。
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