6-60 遊戯(2)

 スタートボタンを押すと、画面はキャラ選択に移り、十六キャラのアイコンが映し出される。


「んー、見たところキャラは全部知ってるわね。技コマンドは昔から大体一緒って前にパパが言ってたし、多分どれでも使えそうかな。パパは誰にするの?」

「そうだなー」


 俺はどのキャラも使いこなしているし、キャラの強さは相手との相性次第だから、先に決めるなら考えてもあまり意味はない。ということで、ランダムセレクトにする。


「んじゃあたしもー」


 実質初見となればどれも一緒と思ったのか、夕もランダムセレクトを選択する。その結果……俺は緑の妖怪、夕はインド人になった。なお、これらのキャラ相性は五分五分なので、純粋に技量勝負となる。

 続いて練習モードを選択し、夕に操作確認をしてもらう。俺は練習不要なので、夕の様子を眺めてみると……小さな指をちょこまかと動かしてコマンド入力しており、「あ、あの技はないのね」などと言って作品間の違いを確認している。その巧みな指さばきは明らかに上級者のものであり、「結構強いかもね?」の通りかなりデキルようだ。うむ、これは腕が鳴るぜ。


「よーし、確認おっけーよ!」


 少しして準備万端となったのか、夕は本戦モードに切り替えた。すると場面が闘技場へと移り、すぐに外国人音声のカウントダウンが始まる。


『スリー、トゥー、ワン、ファイッ!』


 開幕早々に夕のインド人が低速の火球を投げ、それを壁に接近しつつ突進技――と見せかけて技モーションキャンセルからの広範囲下段技を繰り出す。対して連撃を読んだ俺は、突進技により火球の着弾時間を早め、キャンセルからの高速振り回し技でそれを打ち消すと、時間差で伸び迫るキックを下段ガードで弾いた。

 これが初心者ならば火球の着弾を待ち構えて中段ガードで弾くところだが、するとノックバックラグによって下段ガードが間に合わず、いきなり初手で大きく削られているだろう。ちなみにこの対処しにくい中・下段連撃には、高速かつ精密な入力に加えて絶妙な間合い調整が要求されるが、夕は先ほどの練習時間で各技の特性を把握してジャストで合わせてきた。


「ふふっ、やるわね」

「お前もな」


 バトル漫画のようなやり取りをしつつ、場は中・近距離戦に移行する。

 モーションキャンセルを織り交ぜた高度な駆け引きの応酬を繰り広げるが、俺は夕の攻撃を絶妙になし、わずかなすきを突いて確実に反撃を加えていく。


「むむむ」


 一向に体力ゲージが減らない俺に、夕は次第に焦りを見せ始める。恐らく夕のプレイした最新版とは、同じ技であっても発生タイミング、モーションの長さ、硬直時間などが異なるのだろう。練習時間に夕のキャラについては充分に把握したようだが、こちらのキャラについては当然未知のため対処が遅れてしまうようだ。これでも初心者相手なら余裕でゴリ押せるほどの練度ではあるが、このゲームを熟知している俺相手では致命的なハンデとなる。

 そしてその流れのまま戦闘が続き、こちらのゲージが一割ほど削れたところで、インド人がスローモーションで倒れてKOの音声が流れた。一本勝負モードにしてあるので、これで初戦は俺の勝ちだ。


「まずは一勝だな」

「ぐにゅぅぅ……バージョンもそうだけど、このスーハミ自体が初めてなのもあって、どうにも調子が出ないわねぇ」

「まぁ最初はそんなもんだろ」


 夕が悔しそうにしているので、それとなくフォローしてみるが、


「――ふふん、見てなさいよー!」


 だがそれも無用な気遣いだったのか、夕は闘志を燃やして続闘を選択する。

 ――そうして五戦ほど続けたが……結果は俺の全勝となった。夕の調子が出た時にはこちらも半分ほど削られることもあったが、基本的には圧勝である。


「んもぉ! なんでよ!」

「そりゃ、俺は昔からやり込んでるからな?」


 夕は間違いなく強いし、練習を積めば俺を超えるかもしれないが、現時点では年季の差が歴然と現れている。


「くぅぅぅ、もっかいよぉ!」


 顔を少し紅潮させ、続闘ボタンを押す夕。――いやぁ、前々から思ってはいたが……夕ってめちゃくちゃ負けず嫌いだよな。

 この悔しがる夕を見て、流石に初プレイ相手に大人気なかったかなと反省する。それで俺は少し夕に華を持たせようと、こっそりと攻撃と回避の手を緩めてみた。

 すると想定通り夕の攻撃が当たり始めるが、


「……ん?」


 夕が怪訝けげんそうな声を漏らす。そして俺のゲージが半分を切ったところで、突然画面が停止した。どうやら夕がストップボタンを押したようだ。


「ちょっとぉ!」

「……どした?」

「いま手抜いてたでしょ!」


 む、すぐにバレた。さり気なくやったはずだが、鋭い夕には気付かれるか。


「次やったら怒るからね!」

「お、おう……」


 すでに怒っている気もするが、大人しくうなずいておく。勝負にこだわりを見せている夕なので、手を抜かれて勝ってもうれしくないという訳か……なんか無粋なことしてすまんよ。


「――こほん。ま、まぁ……気遣ってくれたのはありがとだけど、ちゃんと本気のパパに勝ってみせるからね?」


 夕は少し言い過ぎたと思ったのか、落ち着いた雰囲気でフォローしてくれた。


「おっ、やってみな」


 俺はそう言って、このできた娘に大きく頷いて答えた。


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