6-60 遊戯(1)

 突然だが、俺はいま大変なことになっている。


「なんてことするのっ!? 信じられないんだけどぉ! パパのばかぁぁっ!」


 目の前の夕が顔を赤くして、烈火の如く怒りをぶつけてきているのだ。


「いやいや、落ち着けって――」

「あっ、あたしが動けないのをいいことに……強引に押し倒して何度もっ!」

「だってさ……夕が何してもいいって言ったんだろう?」

「い、言ったけど! だけど、初めてのあたしにこんな……っ! 許せないわっ!!!」


 俺の言い分は正しいものではあったが、夕は納得がいかないようで、拳を握りしめてこちらをにらみつけてきた。


「いやぁ、つい出来心でさ……」


 たしかに、何してもいいとは言っても限度はあるし、今となっては流石にマズかったとは思うが……うーむ、この激おこ夕をどうなだめたら良いやら。

 ああ、途中までは良い雰囲気だったはずだが、ナゼこんな事態に陥ったのだったか……。



   ◇◆◆



「むつかしい話ばっかりするのもアレだし、何かして遊びたいわねぇ?」


 台所から戻ってきた夕は、定位置の座布団にちょこんと座ると、あごに人差し指を当てつつそう提案をしてきた。


「んー、そうだなぁ」


 夕が話してくれたことはどれも超重要な内容であり、また夕同様に話すこと自体がとても楽しいので、俺としては何の不満もないが……まぁたしかに、そればかりというのも味気ないか。


「――とは言っても、うちに面白いもんはあまりないぞ?」

「パパと遊べるなら何でもいいんだけど――あっそだ、ゲーム機とかない? この時代だと……ウェーイユーとかPP4とかが流行ってるんだっけ?」


 ウェーイユーやPlay Port 4PP4は国民的人気を誇る据え置き機シリーズで、確か現在の最新機種のはずだ。特にまだ出たてのPP4は極品薄らしく、転売目的で仕入れる中国業者が現れているとニュースにもなっていたな。


「いや、そんな新しいのはないぞ」


 しないこともないが、特にゲーム好きという訳でもないし、幼少期からある機種が残っているだけだ。しかもそれは親父が学生時代に買った物のお下がりであり、どれだけ物持ちが良いんだって話よな。


「んー、でもあるにはあるのね! 古いとなると……PP3とか、ひょっとしてPP2とか?」

「いや、スーハミ」

「え……吸う、み? なにかの隠語?」

「……普通にゲーム機のスーハミのことだが?」


 伝わらないことを全く想定していなかった俺は、逆に驚かされる。もしかして本当に知らないのか?


「――あっそうか、すっごいマイナー機種なのね?」

「おいおい、マジで言ってんのか」


 知らなくて当然だわー、と言わんばかりにうなずいているが……任地堂に怒られても知らんぞ?


「スーハミにしろハミコンにしろ超メジャーだぞ? ――二十年くらい前はな」

「あ、ああー、ハミコンね! 確かウェーイユーの会社の初代の機種がハミコンで……となるとその次がスーハミ、で合ってるかな? どっちも見たことはないけど」

「それそれ。――そうか、今の子は知らないんだなぁ。何気にちょっとショックかも」


 俺の周りでも遊んでるヤツはほとんど居なかったくらいだ、八個下の夕となればそういう認識にもなるか。未来の話ばかりだったし、それに夕が大人びている――というか実際大人なので気付かなかったが、普通にジェネレーションギャップはあるよな……何とも奇妙な話だ。


「んにゃ、世間の認識は違うかもだよ? ――というのも実は、パパに引き取られるまでゲーム機に触ったことすらなかったから、古いのになると全然知らないんだぁ」

「へぇ、意外。家に無いにしても、友達んちとかでも見たこともなかったんだな」

「まぁ、ね」


 夕は少々渋い顔で相槌あいづちを打つ。どうやらジェネレーションギャップに加えて、幼少期の環境もあったようだ。それなら知らなくても仕方ないし、任地堂に怒られることもなさそうで安心だ。


「でも、レトロゲームを遊べると思ったらむしろワクワクするわね。早速やりましょ!」


 たまにヤスに付き合って遊んでいるくらいなので、俺はそこまでレトロという印象は無いが、十年後から来た夕からすれば四十年近く前の機種……レトロもレトロな遺物だわな。

 夕はひざ立ち歩きでテレビ台の前へ行き、四つある引き出しのうちの一つを開ける。その中からスーハミを取り出すと、「これで合ってる?」と聞いてきたので頷いておく。場所が特定されていることからするに、未来でもそこがゲーム機入れだったのかもしれないな。


「へぇ、これがスーハミかぁ……――ってああ! どっかで見たことあると思ったら、確かスウィーツ内のエミュコンテンツにあったわね。プレイしたことはなかったけど」

「スウィーツのコンテンツ? なぜ食べ物の話に?」


 突然不自然な単語を並べ立てる夕に、首を傾げて問いかける。


「あー、スウィーツはウェーイユーの次の機種よ。その中にデータ上であったのを覚えてるわ」

「マジか! へぇ……次はスウィーツって名前なのか」


 別にゲームマニアでもないが、まだ公表されていない最新機種情報の先取りとなると、やはりワクワク感はあるな。

 続いて夕はスーハミをTV前へ移動させると、


「……さっさっさーの、よしょっと」


 その配線を瞬く間に終わらせる。初見の機種でも瞬時にセットアップして見せたところからするに、理系研究者らしく機械にすごく強いんだろうな。


「えっと、ソフトケースはどこに?」


 夕はそう言いながら、十㎝角ほどの四角を指で作ってみせる。


「ケース……とは何のことか分からんが、ソフト入れはこっちな」


 俺は別の引き出しから二十㎝角ほどの箱を取り出し、ふたを開いて夕に渡す。


「え、でっか! そっかぁ、昔はこんなサイズなのね。スウィーツだとチップサイズだから、薄いケースにまとめて収納できるのよ」

「へぇ~」


 時代と共に、物はどんどん小型化するってわけか。


「で、どれやりたい? ――と言ってもそんな沢山ラインナップはないが」


 箱の中の全五本を取り出し、畳に並べて聞いてみる。


「そうねぇ、せっかくだから二人で対戦できるやつがいいな」

「ふーむ、そうなると格ゲーとかかな。……この『闘道とうどうⅡ』なんか面白いぞ?」


 闘道Ⅱは発売当時に格ゲーブームを巻き起こした名作で、今でも続編が出続けているほどの人気シリーズだ。そして今目の前にあるのは、その原点となる無印版闘道Ⅱ――とはいえ、俺はこれ以外をプレイしたことがないので、続編との違いは分からないが。


「あっ、闘道なら未来のパパと続編をやったことあるよ!」

「え、続編って、もしかして未来では闘道Ⅲが出てたり?」


 この闘道シリーズは何故かⅡのまま一向に進まず、語尾が色々と追加されて新作が出されいくという、何とも不思議な作品なのだ。俺が知る限りでは、今のところ闘道Ⅲが発売された話は聞いたことがない。


「んにゃ、『闘道Ⅱサードリメイク・ファイナルエディション・ネクスト』だったかしら?」

「名称なっが! あとやっぱりⅡを更新する発想はないんだな……しかもファイナルって言ってるのにネクストが出るって、一体どういう事なんだ? そこは大人しく終わっとけよ……」


 もはや何作目なのかすらも分からない状態で、完全に名前芸の域。間違いなくインパクトはあるがな。


「ふふっ、おかしいよね」


 クスクス笑う夕を横目に、本体にソフトを差し込んで起動させる。


「おおー、ドット絵だ! これはこれで味があっていいなぁ~」


 すると映ったOP画面を見て、夕はテンションを上げる。どうやら続編の美麗なCGあたりと比較して、違いを楽しんでいるようだ。


「ほい」


 2Pコントローラーを手渡すと、夕はしげしげと観察し、


「へぇ、こっちは小さくてボタンも少ないのね。ちょっと変な感じだわ」


 そう言って小さな手で握り心地を確認している。


「ま、すぐ慣れるだろ。続編をしてたってことはそれなりに強いんだろ?」


 ちなみに俺は、親父と皿洗いをけて対戦し続けていた結果、かなり強くなっていたらしい。もちろん比較対象次第ではあるが、「僕めっちゃ強いからね!」と息巻いていたヤスをボコボコにできたくらいなので、少なくともこの闘道Ⅱに関してはかなり強い部類だと思う。なお、今ではヤスも随分腕を上げており、キャラ相性次第では普通に負けることもある。


「んー、基本パパとしか対戦してなかったから分かんないけど、いい勝負くらい? ――あーでも、最近はあたしのが勝ち越してた気がするし……結構強いかもね? うふふっ♪」

「む……了解」


 バージョンが違うから何とも言えないが、今より上達しているはずの未来の俺より強いとなると、油断はできないぞ。これは久しぶりに熱いバトルが楽しめるかもしれないな!

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