6-59 童話(2)

「まさか……女の子はクローン、なのか?」

「せいかーい!」

「やっば……童話風なのに妙にリアルでシビアな話と思ってたが、これは……」


 話が広がって面白さが増したと同時に、得も言われない不安も同時に広がってきている。だってクローンときて……選択ということは……きっとそういうことなのだろうから。


「ええ、そういう訳でとても考えさせられる話になってるのよ。――んじゃ続きいいかしら?」


 夕はそう言って首を傾ける。


「お、おう。続きを聞くのが少し怖いけど、どうぞ」

「『そう、実は召使いの女の子は、王女様の遺伝子から作り出されたクローンだったのです。それは、王妃様を救えなかったことを悔やんだ王様が、王女様に万一があったときのために秘密裏に用意した肉体の予備であり、出自を明らかにせずに召使いとして育てられてきたのでした。つまり、王女様と完全に同一の体組織を持っているため移植による拒否反応も起きず、幸いにも互いに違う臓器が感染しているため、今すぐならば確実に助けることができるのです。ただし、二人のうちのどちらか片方のみですが。そのため、王様は二つのことについてとても悩んでいるのでした。一つ目は、作製したものの効果の保証がない特効薬にけてどちらも救える可能性を選ぶか、手術で片方のみを確実に助けるかという選択です。これについては、王様はとてもとても悩んだ末に、手術することを選びました。もし試作段階の特効薬が効かなかった場合は、大切な二人のどちらをも失うことになり、それはとても耐えられないと考えたからです』」


 夕は少し長めのパートを言い切ると、ふぅと軽く息をつく。


「ついに選択がきたか。ちなみに、どのくらいの成功率の薬なのかは分からないんだよな?」

「そうね。現実の場面を考えてみれば、突貫で作られた新薬の効き目なんて普通は分からないよね?」

「たしかに」


 そうなると、自分が作った薬を信じられるかという問題になる訳だ。ここで薬を選択できる人は本当に勇敢な人だと思うし、逆に選べなくても仕方ないとも思う。


「王様は薬を選択しなかったけど……王様は過去に王妃様を救えなかった辛い経験もあるし、そりゃ選べない、だろうな。もし失敗したら、今度こそ立ち直れないレベルだ」

「作中では明かされていないけど、パパが想像した通り、きっとそれも後押ししたんだと思うわ。他にもこのお話を聞いた人それぞれが思い描く背景があり、それが各々の選択へとつながると思うの」

「なるほどなぁ」


 こうして色々と状況を想像し、思考していく物語なんだろう。最初に夕が言ったように、本当に奥深い話だな。


「いやぁ、まだ一つ目の選択だってのに、俺はすでに迷いまくりだわ」


 それで手術すると決めたからには、二つ目の選択はもちろん……。


「――んじゃ、続きどうぞ」


 先を予想しつつ促すと、夕は小さくうなずいて語りだす。


「『そうして危篤状態の二人を手術台に並べた王様は、メスを手にして目を閉じます。もう一つの選択である、どちらを助けるかについて思い悩んでいるのでした。ここで、本来の女の子の役目を考えるのであれば、王女様の方を助けるべきではあります。でも王様は、本当の娘のように慕ってくれる女の子と共に暮らすうちに、例えクローンであっても紛れもなく同じ人間であると強く実感してしまっていました。それで自分がどれほど残酷なことをしてしまったのかに気付いてしまい、女の子に対して激しい罪の意識をずっと抱いていたのです。そのため王様は、身勝手な自分の都合で作り出されてしまった女の子の方こそが、本当に助かるべきなのではないかとも考えました。また同時に、こうして王女様を救うためだけに生んでしまったからには、せめてその使命を果たしてもらい、その罪を一生背負って生きていくことこそが、本当の贖罪しょくざいなのではないかとも考えました。そうして王様は大いに悩んだ末に決断し、無事に手術を成功させました』」


 物語の核心を語り終え、夕は少し首を傾ける。コメントあるかしら、と言いたいのだろう。


「まさに『命の選択』、だな……選ぶのが難し過ぎて頭がパンクしそうだぞ」

「うん……きっと、二つの選択のどちらにも正解なんてないと思うの」

「そうだよな。あれだわ、この状況でちゃんと選択できた王様がほんとスゲーよ」


 俺が王様の立場だったなら……もしかすると逃げ出しているかもしれない。


「うんうん! 選択肢に正解はないけど、選択できた事は間違いなく正解だもんね」


 夕は俺の意見にうれしそうに同意する。心の強い夕は、こんな場面でもきっと逃げ出さずに選べるのだろうと思う。


「じゃぁ、ラストいくね?」

「おう」

「『それからしばらくして、国は元のにぎわいを取り戻しました。特効薬が無事に効果を発揮し、感染した人たちを完治させたのです。今、王様はとある墓標の前に立ち、その手にはが握られています。そして、王様はそれをゆっくりと墓標にかけると、人知れず涙を流したのでした。おしまい』」


 話し終えた夕はふぅと息をつくと、こちらを向いて「どうだった?」と感想を聞いてきた。


「明るい内容ではなかったけど……深く考えさせられる素晴らしい話だったぞ。聞かせてくれてありがとな」

「ふふっ、どういたしまして」


 おやつタイムには少々ヘビーではあったが、すごくためになる興味深い話であり、まさに学者さんらしい話題チョイスだよなぁ。こうして考えを巡らせたこと自体が大切なのだと思うし、それが作者や夕の意図でもあるんだろう。


「考えさせることが目的の話かぁ……こういうのも哲学になるんかな?」

「そうねぇ、明確な定義とか言い出すとアレだけど、パパがそう感じたならそうだと思うよ?」

「そういうもんか」


 哲学について学んだ、と言えば何やら高尚な行為に聞こえる不思議。やってることは幼女とおやつ食べながらおしゃべりしただけだが。


「それで哲学入門生のだいちくんは……」


 そこで夕は真剣な顔でこちらを見つめると、


「どちらを選ぶ?」


 至極当然の流れの問いかけをしてきた。


「えっ……そう、だな……」


 夕先生のことだから、こうして振ってくる気はしていたが、当然答えるのは難しいところではある。語られているような王様の思いの他にも、本当は二人が抱く思いについても考えなくてはならないのだ。だが二人の人となりに関する描写がほぼ皆無のため、それは読者が思い描く他ないが、俺には二人の娘どころか……夕を除けば家族すら居ない。


「王様と俺であまりに環境が違いすぎて、正直想像し辛いところだよな。そんな中、ただ感じたままに、王女様か女の子のどちらかを選ぶなら、俺は……」

「……」


 夕は固唾かたずを飲んで、俺の答えを待っている。俺は今一度自身に問いかけ、


「王女様を選ぶだろうな」


 そう答えた。


「そっか…………ちなみに理由は?」

「うーん、なんというか、曲げるべきじゃないかなぁと? 王様も言っているように、そう在るべく生んだならな。んで、女の子の分までお姫様を大切にする……それが本当の贖罪だと思う――っとまぁそんな偉そうなこと言えるほど、人生経験積んでねぇけどな?」

「……そうだよね。うん、真っ直ぐなパパらしいかな」


 夕はゆっくりうなずいてそう言った。どうやら俺がそう選ぶと最初から予想していたようだが、どこか少し……辛そうな顔をしているような? ただの気のせいだろうか。


「でもな」


 そこで俺ならばという考えを、一つ付け加えてみる。


「やっぱ最後まであきらめずに二人共を助けられる道を探したい、そう思うかな……――ってこれじゃ選択できてねぇな、ただの子供の悪あがきだっての。ハハハ」

「!!!」


 すると夕は息をんで目を大きく見開くと、少し興奮気味にこう続けた。


「うん、うん! やっぱりパパは、ヒーロー気質だよね。ほんと、優しくて、かっこいいな……」

「え、いやいや。そんな大した事言ってないだろうが。それこそ現実の厳しさを知らないお子様の戯言に近いぞ?」

「んーん、そんなことないよ。そんなこと……ない。…………おかげで迷いが晴れたわ、ありがと」


 その言の通り、夕はき物が落ちたかのようにサッパリとした表情であるが……その意味は全く分からない。


「えっと……どゆこと?」

「ふふふっ、なーいしょ♪」


 夕は嬉しそうに微笑むと、空のプリン容器を持って部屋を出て行く。


「え、ちょま……――っとごちそうさまー、美味かったぞー」


 俺が呼びかけると、「また作ったげるねー」と廊下から聞こえてきた。

 夕の中で何があったのかは分からないが、間違いなく嬉しそうにはしていたので、それで良しとしようか。きっと毎度お馴染なじみの乙女の秘密ってヤツなんだろうから。

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