6-59 童話(1)

「ねぇねぇパパ」


 二人でおやつタイムを楽しむ中、夕が声をかけてきた。


「『命の選択』っていうお話知ってる? あ、センタクは洗う方じゃなくて、選ぶ方の選択ね」

「ん、お話と言われると知らないなぁ。洗う方のことわざの意味は知ってるけど」

「それでね、これがなかなか興味深いお話なんだけど……どう、聞きたい?」

「お、いいね」


 ちょっとした小話で楽しませようとしてくれているのだろう。先ほどの手品といい、夕は割とエンターテイナーなところがあるよな。


「では、コホン。『今か昔かあるところに、とても科学の発達した王国がありました。その国の王様は一流のお医者様でもあり、多忙な政務の合間を縫って研究に勤しみ、国の医学・薬学の発展にも貢献しているとても偉大なお方なのでした』」


 夕の語りは丁寧かつハキハキとしていて、とても聞き取りやすい。始まりは昔話や童話のような雰囲気だが、使用される語彙ごいからすると子供向けではなさそうだ。


「へぇ、その王様は昭和天皇様みたいな感じかな」

「そうね、たしか天皇様は植物学や昆虫学の権威だったかしら。そのイメージでいいと思うわ」


 平成生まれの俺は生でお姿を拝見したこともないが、本当に凄いお方だったんだろうな。ダブルワークどころの話じゃない。


「じゃぁ続きね。『もちろん、このような王の身で研究者をしていることには理由があります。実は王妃様は昔から重い病気を患っている病弱なお方であり、その病を治そうと王様自らが立ち上がって研究を続けていたのです。しかし、残念ながらその研究の成果が実る前に、王妃様は一人娘を生んですぐに亡くなってしまい、今でもずっと王妃様を救えなかったことを後悔しているのでした。そうした過去もあって、王妃様の忘れ形見である一人娘の王女様をとても大切に可愛がっており、少々過保護なところもあるようです』」

「うむ……そんなことがあったなら、過保護になっても仕方ないよな」


 身内が亡くなるというのは、本当に辛いことだ。俺も夕が居なければまだ……。


「うん、パパはその気持ちがすごく分かるよね……――あ、だからってあたしを過保護にしちゃだめよ? もちろん、大事にはして欲しいけどね? うふふ」

「お、おう。分かってるよ」


 もちろん大切に想ってるけど、そもそも夕の方が優秀なんだから保護もなにもないぞ。


「『そのため王女様は、城下に出るどころか庭に出るにもいかめしい近衛兵が必要であり、そんな中では親しいお友達もできません。また王様の政務と研究も次第に忙しくなり、なかなか王女様の相手もしてあげられず、王女様は一人寂しく部屋にもることも多くなってしまいました。それを悲しく思った王様は、ものすごく悩んだ末に、歳の近い召使いの女の子を王女様の話し相手として側に付けることにしたのです』」

「ものすごく悩んだ……割と自然な流れだと思うけど、何かマズイ事でもあるんかな」


 気になったところでストップをかけて、コメントしてみる。ただ聞くだけってのも何だかもったいない。それにさっき夕は会話自体が楽しいって言ってたし、お話のお礼も兼ねてな?


「お、さっすがパパ。鋭いね! それは後でわかるよん」

「そうか。んじゃ続きどうぞ」


 手元のプリンを口に運びつつ、続きを楽しみに待つ。


「『その女の子と王女様はすぐに打ち解けて意気投合し、二人だけの時にはお互いの身分も忘れて名前で呼び合うほどの仲になりました。例えば、女の子がとても王女様に似ていたことから、二人が衣装を入れ替えて王様を困らせるイタズラをして叱られたりもしたものです。そうして王女様が明るさを取り戻したことで、王様は女の子に心から感謝するようになり、召使いでありながらも第二の娘のように大切に想い始めてしまいました』」

「え、なに、『しまいました』ってえらく意味深だな? 単純に考えると、召使いを特別扱いしたらダメってことかな、さっきものすごく悩んでもいたし……いやでも、王女様との関係を止めさせない時点で……うーむ?」

「ふっふっふー」


 不可解さに首を傾げる俺を見て、得意げになる夕である。


「楽しんでもらえてるようで、話し甲斐がいがあるわねぇ」

「おう、すげー続きが気になるぞ。はよ!」


 どんどん夕の語りに引き込まれているのが分かる。


「ではでは。『ですが、そうした穏やかな日々も長くは続きません。国に流行り病という災厄が訪れたのです。それは様々な臓器をむしばみ、重要な部位ならば人を死に至らしめるという、とてもとても恐ろしい病だったのです。王様はすぐに王国医師団と共に予防薬と特効薬の開発に取り掛かり、まずは予防薬が完成しました。それを国民に行き渡らせ、それ以上の流行を食い止めることには成功しましたが、完成までの間に王女様と女の子がその病にかかってしまっていたことが分かりました。すぐさま二人の体内を検査したところ、王女様と女の子はそれぞれ別の重要臓器が感染しており、このままではどちらも助からない状態と分かりました』」

「おうふ……」


 童話チックな穏やかな出だしだったが、ここへ来てなかなかヘビーな展開になってきた。加えて夕の語り口調が巧みであり、より一層シビアな雰囲気を醸し出している。

 俺の様子をうかがいつつも、夕は物語を続ける。


「『それからの王様は執務や寝食も忘れて特効薬の開発に邁進まいしんするのですが、二人の病状は日に日に悪くなっていきます。予防薬で感染や転移は防げるものの、すでに感染してしまった臓器の悪化は止められないのです。そして特効薬の完成まであとわずかというところで、二人が危篤状態になってしまいました。この状態から打てる手段は臓器移植くらいしかありませんが、二人が感染した臓器は特に拒否反応が大きく、助かる望みは非常に薄いです。そこで王様は大いに悩むことになります。なぜなら、実は王様は誰にも言えない秘密を持っていたからなのです』」

「それは……他に助ける選択肢があるってこと、だよな?」

「そうね。女の子が王女様そっくりなことや、ここまでにひっかかったところを思い出すと、見えてくるかも?」


 王女様と女の子合わせることを躊躇ためらった王様、女の子と仲良くなることを悪いことのように思った王様、医学に精通した王様、そして王女様と歳が近くてそっくりな女の子……え、これって……。

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