6-56 御八

 シリアス話とスーパー撫撫なでなでタイムも終わったところで、夕はひざの間からすっくと立ち上がると、「んきゅぅ~」と変な声で伸びをする。ロボットの起動音にしては、なんとも可愛らしいことで。


「さぁーて、そろそろおやつが冷えた頃かしら」

「おお!」


 ついにお待ちかねのおやつタイムが訪れたようだ。

 それで冷やすと言うと……ドリンク系のデザートなのかな? お菓子なんて作った事がないので、まったく想像がつかないが……まぁ、料理長特製のデザートなんだから、間違いなく美味しいはずだ。


「んじゃ取ってくるね~」


 そう言ってパタパタを駆けて行き…………ややあって戻ってくると、その両手には二人分のコーヒーカップとスプーンがあった。夕はそれらをテーブルに乗せると、


「きょーおの~♪ おっやつぅは~♪ なんだろなぁ~♪」


 両手の人差し指をフリフリしながら、楽しそうに不協和音を奏でる。恐らくは、このデザートが何かを予想するクイズという事だろう。……よーし、バシッと当ててやろうじゃないか!

 そこで俺は、何かヒントを得るべく上からカップをのぞき込んでみると、中には乳白色の液体が入っていた。続いてカップを軽く揺するとゆっくりと波打っており、加えてカップ内側のふちへの付着具合からも判断するに、そこそこ粘り気がある液体のようだ。また、スプーンを渡されたということは、この粘性体は飲み物ではなくトッピング的な何かだろう。そうなれば……?


「えーと、まず乗ってるのは……生クリーム、かな?」

「せいかーい!」

「よしっ」


 当たったものの、生クリームなんてうちに無かったはずだが……そう思っていると、


「牛乳とバターで作ったから、厳密には違うけどね? 味はかなり近いよ」


 自作品だと教えてくれた。ほんと、さすがだよ。


「ふむ。生クリームを乗せるデザートとなると、中身は……」


 そこで俺は容器となるコーヒーカップから連想して、


「コーヒーゼリー?」


 そう答えてみた。単純に、コーヒーゼリー食べたいなぁ、という気持ちもあってのこと。


「ぶぶー、はっずれー。――んと、そっちでも良かったんだけど、ゼラチンが無かったからね?」

「うーん、はずしたかー」

「ふふふ。んじゃ食べて答え合わせといきましょ」


 夕はそう言ってスプーンを渡してくる。

 合掌してスプーンを中に差し入れると、生クリームのすぐ下には少し弾力のある何か。それを少量すくい上げると……淡黄色で滑らかな塊が見えたので、すぐに答えが浮かんだ。


「そうか、プリンだったか!」

「だよー」


 そのまま口に入れると上品な甘さが口いっぱいに広がり、私はプリンですと言ってくる。


「……なんて、美味さだっ」


 きめ細かな舌ざわりに、絶妙な甘さ加減のプリン、それに合わさる生クリームの濃厚な味わいがたまらない。甘党でなくても大絶賛するだろう。


「うふふ、喜んでもらえて良かった♪ ――でも、まだ終わりじゃないよ?」

「おお?」


 そう言われて首を傾げつつスプーンを進めていくと……なんとカップの底から琥珀こはく色の液体が現れた。


「すげぇ……カラメルソースも入ってたのか」

「ふっふっふ」


 てっきり生クリームがその代わりと思っていたが、まさかのダブル仕込みだった。もちろんカラメルソースなんてうちには――以下略。

 期待とともに口へ含むと、香ばしい苦味が強烈なアクセントを打ち込んでくる。そのプリンの甘みとの相性など、もはや語るまでもないことだ。

 総じて一分のすきもない完成度であり……やはりこの料理長、お菓子作りまで一流だったか。


「……お前、パティシエにでもなる気か?」

「もぉ~それは褒めすぎだってばぁ、にへへ~」


 俺のあきれ混じりの称賛に、夕は顔をでろんと崩して照れている。だが大袈裟おおげさということもなく、洋菓子店で買ってきたと言われても、誰も疑うまいよ。


「ついでに一個余分に作ったから冷蔵庫に入れてあるよ。だけど今日のパパは卵食べすぎだから、明日のお楽しみにしてね?」

「了解」


 カルボナーラソースに卵焼きと、すでに結構食べてるんだったな。何にせよ作り置きまでしていってくれるとは、なんてデキル娘なんだ……。


「とは言っても若いし運動もしてるし、そこまで気にしなくても平気だけど……でもほら、あたしのが八つも下なんだから、パパには健康で長生きしてもらわなきゃだもんねぇ~♪」


 それに女性の方が寿命が少し長いもんな、ハハハ――じゃねぇ! 脳内ノリツッコミしてる場合かよ!? ――はぁ、マズイな……ロウ活の成果なのか、夕の考え方に染まってきた気がするぞ?


「……それにしても、プリンってこんな短時間で作れるもんなんだな?」


 冷やす時間は相応にかかってはいたものの、夕は十五分かそこらでプリン本体と生クリームとカラメルを作り上げている訳で……作り方を良くは知らないけど、かなり早いよな?


「ふふっ、またまたレンジ様の活躍かな?」

「…………レンジ様、便利すぎだろ」

「あはは。だよねぇ~」


 そう言えば、昨日はジャガイモを急速加熱して時短していたっけ。俺は弁当や飲み物を温めるくらいにしか使ったことがなく、そもそも「調理器具」という認識すらなかったが……物は使いようという訳か。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る