6-60 遊戯(3)

 そうしてリトライを押して仕切り直した後、


「あっ、そうだ……」


 対戦の最中に夕がふとつぶやいた。何かよからぬことを思いついたのでなければ良いが。

 そのあと夕は、俺が中段技を出した時に屈みからのコマンドを入力するのだが……そのまま被弾してしまう。屈み状態からとなれば、打ち上げ技を出そうとしているのだろうけど……この場合はこちらの中段技が優先される仕様なため、絶対に通らないと夕は知っていると思うが。


「んー、もうちょい後ろかな」


 夕はその後も中段技の度に同じことをし、何度も被弾し続ける。


「……何してんの?」

「なーいしょー」


 流石におかしいと思い問いかけるが、夕はべぇっと舌を出して、どこ吹く風とばかりにはぐらかす。

 そうしてゲージが残りわずかの中、りもせず中段技を前に屈む夕だが、次の瞬間――


「うそやろっ!?」「よぉしっ!」


 驚愕きょうがくと喜びの声が重なった。

 なんと目の前の画面には、宙高くへと打ち上げられる緑の妖怪が映っているのだ。

 さらにそのまま空中コンボを次々と決められ、俺のゲージは大きく削られる。


「え、なんで……?」


 激しく動揺する俺は操作が荒くなり、そのすきを突かれてゲージを削られ続ける。そしてうっかりいつもの癖で中段技を出してしまい、しまったと思った時には手遅れ、同じ打ち上げコンボを決められてKOとなった。


「やっ、たあぁぁ~!」

「うおおぉまじかぁぁ」


 夕はコントローラー片手に万歳をして叫び、俺は困惑しながらもガックリと項垂れる。


「ふっふっふ~」

「いやぁ参った、大したもんだよ」


 ドヤ顔でこちらを見てくる夕に、素直に称賛の言葉をかける。


「――んで、これってもしや、バグ技とか?」

「んにゃ、めっちゃシビアだけど、適切なタイミングと位置で下段キックからキャンセルからつなげると通るんだよ。続編でもタイミングは違うけどできたから、きっと製作者の意図したもので、バグじゃないと思う」

「へぇ、そんなことができるとは……俺、親父、ヤスでかなりやり込んだはずだが、気付かなかったぞ。つまり偶然では起き得ないほどシビアなんだな?」

「うん。向こうのパパに勝つために結構練習したけど、割と失敗もするよ? いま二連続で成功したのはたまたまかな~」


 微調整までに何度も失敗していたし、高速入力は当然として、コンマ何秒でドットレベルの時間・位置調整が要求されるのだろう。こうして現実に見せられたから可能なのは分かるが、かと言って到底真似できるものではなく、夕しか使えない隠し技と言えるだろう。


「よーし、この調子で連勝しちゃうぞぉ~!」

「くっ」


 切り札を入手して不敵に笑う夕に、俺は焦りを募らせる。例えそれが確実ではないとしても、返されて大ダメージの危険があるとなれば安易に中段技を打てず、手数が減ることになる。これは……すごくマズイぞ!


『ファイッ!』


 その予想は当たり、俺は苦戦を強いられることとなった。単純に技を一つ封じられただけでは済まず、それを起点としたコンボも一切使えなくなるのだ。それで夕が失敗することを期待して、何度か中段技を打ち込んではみたものの……六~七割は返されてしまい分が悪すぎる。結局のところ中段技を完全封印するしかない状態になった。


「あら、賢明な判断ね?」

「くっ」


 得意げに皮肉を言う余裕まである夕に対して、俺は言い返す言葉も出ない。

 ――そうしてしばらく続けたが、二勝四敗と負け越すこととなった。圧勝されるというほどでもないが、やはり競り負けることが多い。それは隠し技効果も大きいが、夕がこのバージョンに慣れ始めているのもあるだろう……回を追うごとに強くなっている気がするのだ。


「うふっ、またあたしの勝ちね♪」

「ぐぬぅ」


 ほぼ初プレイの相手にここまで追い込まれるとは、俺もまだまだだったか……。


「うん、だいぶ調子が出てきたし、普通にやっても良い勝負できそうね。――あっそうだ、隠し技みたいなもんだし、封印してあげよっかぁ?」


 夕は調子に乗って手加減しようかと聞いてきた。奇しくも先ほどと逆の立場であり、もしかすると先ほどの意趣返しでは……あぁそうか、手加減されたのがよっぽど悔しかったという訳か。


「いや、結構だ!」


 もちろん俺も手加減を断固拒否する。隠し技とは言っても、間違いなく夕の努力で身につけたテクニックであり、バグでない正当なものである以上は情け無用である。勝負の世界は非情なのだ。


「あらそう? でもそれじゃぁ、またあたしが勝っちゃうわね♪ パパも何か出し惜しみしてるなら、何でもどうぞー? ――あ・れ・ば、だけどねぇ~? にっしし」


 夕は口元に拳を当てて、意地悪そうな顔であおり立ててくる。普段の夕と違って、かなり好戦的というかSっ気が強いというか……あれかな、コントローラー握ると性格変わるヤツ? まぁそれでも根っこは優しい夕なので、煽りの中にも可愛げが残っていて……こういうのなんて言うんだっけ、ウザ可愛い?

 そこで出し惜しみと聞いた俺は、一つ奥の手があることを思い出した。


「……ほほう、何でもと言ったな」

「ん? ええ」


 不思議そうにしつつも頷く夕。ようし、言質は取ったぜ。


「よかろう。我が秘奥義を受け、地に伏すが良い」

「ぷふっ、なにその仰々しいの――あっ、闘王の台詞だね!」


 俺はその闘王のごとく大仰に頷いてみせる。ちなみに闘王はストーリーモードの裏ラスボスであり、夕が知っているとなると続編でもキメ台詞として継承されていたようだ。後ろに山盛り付いても、闘道Ⅱには違いないもんな。


「ふふっ、わらわに通じるとお思いで? 闘王パパ様のお手並み拝見といきますわよ!」


 闘道の女王様キャラに成りきってノリノリの夕である。俺は不敵な笑みを返し、続闘ボタンを押す。


『ファイッ!』


 俺は開始直後に左の壁まで寄って待機する。続いて夕が突進技を仕掛けてくるのを待ち構え、それを敢えてノーガードで受けてみせた。


「およ?」


 不思議そうな声を上げる夕をよそに、吹き飛んだ緑の妖怪は壁に当たって跳ね返り、インド人を超えて右側に落ちる――ただし、倒れずに立った状態で。そこでインド人の突進の硬直が解けて右へ振り向くタイミングで、すかさずつかみ技を掛けた。そう、この捨て身戦法で、確実に相手を掴んで投げ技へと移行できるのである。


「え、でも――」


 この夕の言わんとするところは、「割に合わない」だろう。突進技をノーガードで受けるダメージが、この後の投げ技で与えるよりも大きいからである。だがそれは、「通常は」の話なのだ。

 ただ投げただけでは、その後に技をかけに行く前に相手が起きてしまうためコンボを繋げないが……今は左右入れ替わって相手が壁の前に居るため、投げると足元へと戻ってくる――今度は倒れた状態で。

 だがそれでも、投げ技の硬直が解けるより起きる方が早いと考えているはずの夕は、特に驚きはしなかったが、


「ん~?」


 代わりに不思議そうな声を上げる。今度の夕の疑問は「なんですぐ投げなかったの?」である。投げ技の待機時間は三秒であり、上級者であれば一秒もかからずに投げるところだが、俺はギリギリまで待って投げたのだ。

 そして、投げ技で硬直中の妖怪の足元で、難なく起き上がるはずだったインド人だが……


「え! ちょ、えええ!?」


 打ち上げ技で宙に舞い上がり、夕は驚きの声を上げる。

 実はこの闘道Ⅱでは、投げ技から打ち上げ技への硬直時間に限っては掴んだ時から始まる謎仕様になっており、三秒ギリギリまで粘って投げれば、僅差きんさで相手が起きるより早く打ち上げ技を打てるのである。通常通り宙空へ投げた場合は足元に相手が居ないからその意味はないが、ここまでの壁を利用した一連の仕掛けにより、こうして相手を打ち上げることが可能になったという訳だ。

 そうして宙に浮いたインド人がボコボコに殴られて落ちる中、


「むぅぅ、無印はこんなトリッキーな繋ぎができるのね…………――ああんもう、三分の一も持ってかれちゃったじゃないの!」


 ゲージの減りを見てショックを受ける夕。甘いな、まだ俺のターンは終わっていないぞ?


「――うっそ!?」


 夕が驚くのも当然で、空中コンボのシメで壁から跳ね返って落ちてきたインド人が、着地の瞬間に妖怪に掴まれていたのだ。


「え、待って……これって……?」


 続編にも近いものがあるのか、夕はここから何が起こるか察したようだ。

 恐らくはその夕の想像通りに、俺は今度もまたきっちり三秒で壁に向かって投げ、起き上がる前に打ち上げる。


「くぅぅ……コマンド挟むすきが一フレームもない……こんなのどうしろってのよ!?」


 夕の文句をよそに淡々とコンボを続き、三ループ目に入ってからは、夕はコントローラーを持つ手をひざに置いて静かになった。俺の技量からして、ここから入力ミスすることはまずあり得ないとあきらめたのだろう。


『KO!』


 無慈悲なコンボを受けて倒れるインド人。


「……」

「……」


 そして二人の間に妙な沈黙が流れる。


「…………あー、これが秘奥義ってことで……」


 これは俺らが永久コンボと呼んでいるもので、それが始まったが最後、どうあがいてもゲージを全部削り取られてしまう。このあまりにゲームバランスを崩す必殺のコンボゆえに、少なくとも俺らの中では禁じ手としており、二回目の投げを行った時点で反則負けとしている。

 それで俺は、別にこれで勝ちを収めようと思った訳でもなく、ちょっとした余興のつもりだったのだが、


「……」


 夕は明らかに不機嫌そうで、むすっと口をへの字にして黙っている。


「ほら、あれだ……せっかくだし夕に一度見せておこうと思ってな?」

「……」

「もうやらんし、もちろん今回のもノーカンで――」

「なっ」

「な?」


 そこで拳をぷるぷるさせた夕は、


「なんてことするのっ!? 信じられないんだけどぉ! パパのばかぁぁっ!」


 俺をにらみつけて怒りをぶつけてくる。

 ――こうして激おこ夕が爆誕したのだった。

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