6-52 資金 

 畳に置かれた巨大なダンボール箱を前に、夕は早速と封を切って開け始める。次いで一番上の服を取り上げて確認すると、満足げにうなずいた。

 その服はパッと見でも上質なものだと判断でき、少なくとも俺の普段着よりは高価なのは間違いない。聞いた話では、子供服は小さくても結構なお値段がするらしいからな。


「前々から思ってたんだが……お前ってお金持ちなの?」

「……え、そんな事ないわよ? ――あ、この服をどうやって買ったのかってこと?」


 夕はそう言いながら、手に持った服をヒラヒラさせる。


「そうそう。並の小学生がホイホイ買える額じゃないんだろ?」


 俺が小学生の頃なんて、お小遣いは月に千円だったんだぞ。夕が手に持っている服は、どう考えても千円やそこらで買える品物ではないし、しかもそれが何着もあるときた。もしや未来からお金も持ってきたのかとも考えたが、先ほどは時計が唯一の未来品と言っていたので違うだろう。なので、今居る家がお金持ちなのかと予想した訳だ。


「えーと、それは……ちょっとだけズルしてる、かなぁ。あはは……」


 夕はほおをかきかきしながら目を泳がせている。この様子からして、何やらやましいことをしているようだ。


「ほほう……そのズル、とは?」


 暫定父枠ということで、悪いことをしたらしい娘を問いただしてみた。いや、本当はお姉さんなんだけどな?


「これは、アレよ……未来の情報でちょちょーっと、ね?」

「未来の情報…………――あっ、まさか、タイムトラベル物でよくあるアレ……か? 有名な映画だと、たしか競馬だっけ?」

「うん――と言ってもギャンブル系は基本的に年齢制限があるから、宝くじなんだけどね。二桁の数字を五つ当てるやつだよ」

「なるほど……それなら元手ほぼゼロでいけるか」


 くじの開催日と当選番号を覚えてさえ来れば、たった一口で確実に当てられる……これもタイムトラベルあるあるの方法だろう。未来人そのものがありえない事だから違法も何もないが……まぁ、本人もズルと言って気がとがめているくらいで、あまり褒められた事ではないだろうな。


「すると、今の夕はやっぱり大金持ちなのか? 一等だってバンバン当てられるんだし」


 くじを買った事がないから良くは知らないが、数字を当てるタイプのものでも、一等なら数百、数千万円になるのだろう。


「いやいやいや、そこまでのズルは流石にやらないよ!」


 だが夕は、とんでもないとばかりに、首をブンブン横に振って否定している。


「そもそもあたしは、お金持ちになるためにここへ来たんじゃないからね? こうしてパパに見せるための可愛い服を買ったり、どこかへお出かけデートしたりと、パパを攻略するためのささやかな軍資金としか考えてないよ。ほら、子供になった上に活動時間まで制限されちゃってるしで……せめてお金の制約くらいは無くしたいかなって?」

「……ん、そうだな」


 夕はタイムトラベル技術の発明という大偉業を成し遂げたのに、富も名声も捨ててここへ来てくれたんだから、この程度のズルくらい別にいいじゃないかと思えてくる。


「あと、未来の説明も一通り終わったことだし……ここで全部白状するわね」


 夕は硬い表情でそう言うと、俺の正面に正座し始めた。


「おいおい、急にかしこまって何だよ?」


 驚きつつ、俺も合わせて姿勢を正す。


「あのね……実はパパに謝らないといけないことがあって……」

「お、おおう?」


 どうやら我が娘は他にも何かやらかしていたらしい。しかもそれは、俺が困るようなことなのだろうか。


「くじの当選金の受け取りと、この通販のお買い物に銀行口座が必要で……そのぉ、パパの口座を勝手にお借りしてました……本当にごめんなさい」


 そう言って夕は頭を下げてきた。


「な、なんだって! …………――ってああ、そういうことか」


 勝手に使用されていたことに一瞬驚きはしつつも、すぐに理由に思い至った。これも服と同じ理由でゆづ関連の口座は使えないから、やむを得ず俺のを借りたという事なんだろう。

 そういう事情とあれば大目に見てあげたいものだし、


「えっと、そもそもナゼ俺の口座情報を知ってるんだ?」


 それよりも、情報の出どころの方が気になった。


「それは……未来であたしが宇宙家のお財布の管理をしてたからかなぁ……」


 夕はどこか言い辛そう答える。


「ふーん? ――っていや待て、未来の俺はナゼ自分でしないんだ?」


 どう考えても、家計管理は養われる側の娘に任せる仕事ではなかろうて。


「それがね……パパがもうほんっとーーーにお金関連の管理がずさんだったから……」


 夕はヤレヤレと力なく首を振ると、さらにこう続けた。


「例えば、うっかり未払いで水道やガスを止められた事もあって……あの時はトイレもお風呂も使えないしで、ほんとに焦ったよ。それで家計簿から各種料金支払いまで、宇宙家のお金に関することは何から何まで全部あたしがやってたんだ」

「そっ、そうだったのか……なんか未来の俺が迷惑かけたようですまんな……」


 もちろん今の俺には関係ない事だが、すごく申し訳ない気持ちになってくる。未来の自分の代わりに謝るって、ほんとどういう状況だよ……マジで頼むよ未来の俺!


「んにゃ、あたしがパパのために何かしたくて、好きでやってたことだからそれは別にいいの。――あっ、ちなみに、パパはお小遣い制だったよ。それもあたしが強制したんじゃなくて、パパに是非そうしてくれって言われた……ちょっとだけカッコ悪いと思っちゃったのは内緒」

「……おうふっ」


 これは世間一般に言う、嫁に財布を握られている――いや、握ってもらっている夫の図である。しかも嫁どころか娘にお小遣いをもらっている未来の俺……なんて情けないんだ! ――とは言え現在の俺からして、最後に通帳確認したのいつだっけ……といった管理体制であり、こうして夕が勝手に入出金しても全く気付かないほどだ。十年経ってもまるで成長してないって事なんだろうな……ほんとすまぬよ。


「それでそのぉ……怒ってる、よね?」


 夕が申し訳なさそうにこちらを見てくる。未来の俺の不甲斐ふがいなさに忘れそうになっていたが、口座の無断利用案件についてだったな。


「んや、俺としては別に構わんよ。夕が不自由なく過ごしてくれる方がうれしいしさ。それに使い込まれたならともかく、むしろ増えてるんだし? ハハハ」


 そんな事がどうでも良くなるくらいに、夕には感謝しているからな。それこそお金なんかじゃ絶対に買えない、本当に大切なものをもらっている。


「でも……銀行の規約でも違反だから……」

「そりゃルールとか言い出したら当然悪い事なんだろうけど……まあ、万一にでも銀行に怒られたら俺が平謝りしてやるよ。だから今後も必要なときは、気兼ねなく使ってくれていいぞ」


 最初の頃に不法侵入なんかもやらかしている訳で、ルール違反なんてそれこそ今さら過ぎる。そもそも未来人の時点で規約も何もあったもんじゃないし、夕を裁くことができるのは倫理観や本人の良心だけだ。そしてそれは、俺が許して本人が反省している時点で、充分になされただろう。


「んむむぅ、そう言ってくれるのは嬉しいけど……パパのそういうお金にズボラなところが、ちょっとだけ心配になっちゃうんだよぉ」

「ハハハ、違いねぇ」

「んも~、笑い事じゃないんだけどなぁ? ふふっ」


 こっちの世界でもお金の管理をしてもらう事にならないように、俺も少しはしっかりしないとだな。

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