6-55 部屋
お金の問題は片付いたので、もう一つの片付けるべき物について考えよう。
「それで、コレ、どうするん?」
俺は置かれた巨大ダンボールを指差して、夕に問いかける。夕は当然家に持ち帰ることはできないが、かと言ってこのまま茶の間に置いておくわけにもいかない。
「んーと……そこはご相談なんだけど、中の服一式を仕舞える場所はないかしら?」
「んー、そうだなぁ………………ひとまずは洗濯機横の収納
「えっ、うん……」
夕は俺の提案に何やら不満げ――というよりも困った顔をしている。
「……でも、そこって普段パパが使ってるのよね?」
「そうだけど?」
洗乾して隣の箪笥に放り込むのが、結局のところ一番効率が良いのだ。
「何か問題でも――ってああ。多少俺のスペースが減るくらい、別に構わんぞ?」
恐らく夕は、俺の収納スペースを取ってしまうことを気にしているのだろう。だが俺はそんなに服を持っていないし、
「あ、えっと……そういうことじゃなくて」
「?」
スペースの問題じゃない、ということ?
「そのぉ、言い辛いんだけどさ……こういう上着だけじゃなくて…………――とかもあるし」
「んん? 何があるって?」
残念ながら、肝心なところが小声で良く聞き取れない。それに、なぜか頬を少し赤らめてもじもじしている。
「だ・か・らぁ! 下着とかもあるって言ってるの!」
「なっ!」
そっ、そういうことか……服一式ならそうなるよな。あえて上着が挙がった時点で気付けよな……察し悪すぎだろ俺……。
「そりゃ
言うが早いか、箱の中から何かを取り出そうとする夕。
「ごめんなさい! 早急に他の場所考えるから、どうか早まらないでください!」
俺が着替える度に、そういうのがチラチラ目に入るとか、マジで勘弁して欲しい。
「まったくもー、そーゆーとこよ! ふんすっ!」
逆再生のように定位置へ戻ると、両手を腰にぷんすか怒っておられる。
「めんぼくねぇ……」
物心がついてからは親父と二人きりだった事もあり、全く気が回らなかった。姉や妹が居たらまた違ったのだろうか。そのせいでまた夕に恥ずかしい思いをさせてしまって、本当にすまぬよ。
うーむ、ここはひとつ名誉
「なぁ、夕」
「……?」
まだ少々ぷんすかが残っているのか、黙って弱めのジト目を向けてくる。
「どうせなら仕舞う場所だけじゃなくて、着替える部屋もセットであった方がいい、か?」
「――えっ、いいの!?」
気を回してみたのは大正解だったようで、いとも簡単に喜びの表情へと変わった。それにしてもこの子ってば、中身が大人とは思えないチョロさだなぁ……悪い人に
「そのぉ、贅沢なお願いだけど……もしできるなら?」
「んじゃ衣類箪笥がある空き部屋だな。そうなると、客間には箪笥が無いし…………あー、昔お袋が使ってた部屋でも、いいか? 衣類は全部処分されてるけど、箪笥の他にもドレッサーとか、大きい家具は残ってるからさ」
女の子なんだから、親父や祖父の部屋よりは絶対に使いやすいはずだ。
「亡くなったお母様のお部屋……」
夕はそう
「あーその……故人の部屋となるとあんまり居心地は良くないかもしれんが――」
「とっ、とんでもない! そうじゃなくって……そんな大切なお部屋を本当にあたしが使ってもいいの?」
夕は小首を傾げながら、申し訳無さそうにこちらを見てくる。
「ああ、もちろんだ。俺は夕なら全然構わないし、別に遠慮しなくていいって。だってほら、お前はもう……家族、みたいなもんだしさ?」
「ぱ、ぱぱぁ……」
「それに、お袋のことはもう良く覚えちゃいないが、きっと喜んでくれるんじゃないかな……息子の恩人が使ってくれたらさ? もちろん親父も、あの性格だしイイゼの一言だろうよ、ハハハ」
昨晩の夢の中でも、夕を大事にしてやれって言われたくらいだしな。まぁ、俺の夢だから俺の意思が反映されるに決まっているというのは、言いっこなしで。
「そっか……ありがと」
夕は胸の前で両手を組み、少し潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。その向けられる熱い視線がとても照れくさくなってきたので、
「――よ、よしっ! それじゃぁ早速運んでしまおうか!」
むず
二人で茶の間を出たところで、
「えっと、二階の一番奥の部屋で……合ってるよね?」
前を歩く夕が行き先を確認してきた。
「え、そうだけど――ってあぁ、未来で住んでたならそりゃ知ってるよな」
「うん。というか実はね……未来でもその部屋を使ってたんだ。八年も居たくらいだから、割と使い慣れた部屋だったりするかな?」
「そうかそうか。なら丁度お
恐らく夕の世界の俺も、養子として迎える際に同じ考えに至ったのだろう。
そうして二人で話しつつ二階に上がると、左へ向かって進む。ちなみに、階段正面に親父の書斎、右に洗面所とトイレと物置、左側には俺の部屋と両親の寝室、その一番奥に目的地のお袋の部屋がある。もちろん現在は、俺以外の部屋は使われていない。
先を行く夕が戸を開けてくれたので、一緒に部屋へ入ると、俺は衣類箪笥の前に荷物を下ろす。
この部屋へは随分と久しぶりに入ったものだが、たまに後見人の叔母が掃除に来てくれているためか、カビ臭さや
「へぇ~、基本的な家具の配置はこの頃から一緒――あ、でもあたしの机やパソコンなんかはないわね。まぁ、そりゃそうなんだけど? ふふっ」
夕は部屋内を歩いて見渡しながらそう言うと、未来の部屋との違いを楽しんでいる様子だ。
「それに……あの傷もないわ! うん、今度は気をつけましょ……」
さらに壁の一部を触りつつ意味深に
「さて、これなら落ち着けそうだな?」
「ええ。こんな素敵な部屋を……もう一度、ありがと」
夕からすれば、俺から二度
「ははっ、礼ならお袋に言ってやってくれ」
微笑む夕へそう答えると、元気良く返事が返ってきた。仏壇の場所も知っているはずだし、きっと後で挨拶にでも行くだろう。
「――さて、そいじゃササッと服を仕舞っちゃおっと」
続いて夕は、ダンボール箱の方へと向かいながらそう呟いた。
「ん、俺も手伝――えんかったな……」
反射的に答えようとして、言葉を止める。それでは何のために専用の箪笥を用意したか分からないってものだ。
「ふふ。ついでに着替えてから降りるから、パパは先に行っててね~」
「了解」
言われた通り部屋を出かけたところで、
「あっ」
背後から短い呼び声がかかり、半身で振り返る。
すると夕はイジワルそうな顔でこう言ってきた。
「……のぞいちゃダメよぉ?」
「んなことするかい!!!」
お前は俺を何だと思ってやがるんだ。――いやまぁ、やむを得ず手芸部を
俺は足早に部屋を出ると、ツッコミを兼ねて戸をパシッと閉める。
「……むぅ~」
だがその際に
そうして俺は、頭痛がしそうな思いで階段を降りて、ひとり茶の間へと戻って行った。
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