6-53 届物

 話が一段落したところで、夕はおやつを作りに台所へと行ってしまい、現在俺は毎度お馴染なじみ茶の間待機となっている。先ほどまで小難しい話を聞き続けて、頭をこれでもかと使ったので、糖分補給は実にありがたいものだ。ただ、いかに凄腕すごうでの夕料理長と言えども、この食材難に陥っている宇宙家において、果たしてお菓子など作れるのだろうか。ちなみに何を作ってくれるのかを聞いてはみたものの、「ひみつ♪」とだけ返されてしまっている。完成してのお楽しみという訳だ。

 そうして手持ち無沙汰ぶさたになったので、ここで今一度、夕関連情報を整理しておくとしよう。

 今日の話から、夕の置かれている状況については概ね把握できたと思う。それで肝心の疑問となる「夕はなぜ俺に会いに来てくれたのか」、それは夕が何度も言ってくれているように……俺が好きだからということなのだろう。ただ、現代へ飛ぶ前の時点でその動機が存在するという事は……きっと未来の俺へ恋していたのだろうな。しかも「私のヒーロー」とまで言っていたほどだ、それは他の何者でも代えがたいほどの強い想いだったに違いない。夕はそんな想いを捨ててまでここへ――いや、あれほどにあきらめの悪い夕だ、それを絶対に捨てざるを得ないよほどの理由があったに違いない。その理由は分からないものの、こうして平行世界の過去の俺と結ばれるために来た……そういう事なのだろうか。

 そうとなれば、例の件――夕への返事について、なおさら安易な判断はできなくなった。もはやこれは、俺の気持ちの如何いかんだけで済むような問題ではなく、真の意味で夕を幸せにしてあげられなければならないのだ。夕の主目的や想定からは少々外れた出来事ではあったかもしれないが、結果としてこの俺を救ってくれており、そんな素敵なヒーロー自身が幸せになれないなんて、それこそ嘘ではないか。……んまぁ、現実は厳しいものではあるが、少なくとも俺だけでもそうあろうと努力してあげたい。

 とは言えだ、このまま知らん顔をし続けるのも流石に夕に対する誠意が……でも夕は急いで返事を求めていない気も――


 ピンポーン


 そこで思考を遮るように、チャイムが鳴った。

 茶の間を出たところで、台所から夕も顔を出してきたので、「俺が出る」の意で手を振っておく。夕にこれ以上仕事を取られる訳にはいかんというのもあるし、いくら家族枠とは言っても来客の対応までさせる訳にはいくまい。

 玄関に向かいつつ、誰だろうかと思案する。ヤスが用事を終えて戻ってきた可能性もあるにはあるが、あいつは基本チャイムも鳴らさず上がりこんでくるから多分違う。やはり新聞か宗教の勧誘あたりだろうか。

 サンダルを履きつつ戸を見ると、すりガラスに映るシルエットは角張って縦横に大きい。何か大きな物を持っているようであり……宅配だろうか? このパターンは珍しいな。


「はい、どちら様ですか」

「どうも、ダイワ運輸です!」


 戸を開けると、精悍せいかんな宅配員が元気の良い声で挨拶をしてきた。


宇宙うちゅうさんのお宅ですか?」

「……ええ、そうですよ」


 訂正しても微妙な顔をされて面倒なだけなので、そのまま肯定しておく。


「お届け物です。あとハンコかサインを~」


 宅配員はそう言って手に抱えた大荷物を手渡してくる。一辺一m近いサイズの巨大ダンボール箱だったので、相応に身構えて受け取るが……想像よりはるかに軽くて逆に驚く。廊下に置いて上面の送り状を見れば、「衣類」と書かれており納得した。合わせて横の送り主を見てみるが……大手通販サイトの「尼ゾーン」としか書かれておらず、誰が送ってきたのかは分からない。


「どもっしたー!」


 差し出された伝票にハンコを押すと、配達員は時間が惜しいとばかりにすぐさま走り去って行った。日々ノルマに追われているのだろうか……大変そうな仕事だ。

 巨大な荷物を持って廊下を歩きながら、送り主を考えるものの……後見人の叔母くらいしか思いつかない。こちらは別にいいと言っているのに、たまに衣服や食料を送ってくれたりする。ただ、普段は通販を使わない人だし、そもそもこんな大量に送ってくることはない。

 それで首を傾げながら茶の間の前まで来ると、


「おおっ、届いたみたいね」


 夕が台所から小走りでパタパタと近付いてきてそう言った。


「ん? ああ、お前の荷物だったのか――っておい、なんでうちに届くんだよ!」


 家族枠ということで、危うく納得しかけてしまった。


「あ……うっかり言うの忘れてた。ごめんね?」


 夕は何でも卒なくこなす子だけど、たまにこうしてうっかり忘れをする。未来では夕の家でもあったのだから、仕方ないのかなとも思うが。


「いやまぁ、別に構わんけど――よっと」


 とりあえず茶の間の中に置いて、その横に座る。


「んで、このバカでかい箱の中身は全部夕の服なのか?」

「うん。それでここに送らせてもらったのは……あの家にあたしの物を置くと、ほら、ゆづが怪しむから……ね?」

「…………なるほど」


 夕が行動した痕跡こんせきを、ゆづに気付かれないようにしないといけない訳か。それで懐中時計のような小物ならどこかに隠せるとしても、大量の服ともなれば流石に難しいのだろう。なかなかに不便な生活を送っているようだ。


「随分と苦労してんだなぁ」

「まぁ、ね」


 夕は苦笑いしながら曖昧あいまい相槌あいづちを打つ。きっとこれ以外にも、俺が知らない苦労を沢山しているだろうけど、俺を心配させないようにと言ったところか。そうとなれば協力は惜しまないし、こんな荷物の受け取りくらいお安い御用ってものだな。

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