6-52 御告

「それは……不老不死の実現、か?」

「大正解!」


 夕の置かれる状況から思いついた答えであったが、どうやら合っていたようだ。


「ふふっ、さっすがパパね! ご褒美のちゅぅ~欲しい?」


 片手を口元において、投げキッスの構えを取る夕。


「ノーセンキュー」


 ちゅぱっ❤


 なぜ聞いたし! 完全に押し売りじゃないか! ノーと言っても断れなかった日本人はどうしたら!?

 ひとまずハート型弾丸を回避するイメージで、ボクサーのごとく頭を振ってみると、じとっとにらまれてしまった。


「――んおっほん。そうは言っても、違う身体への移動だから正確には不老不死ではないんだけど……同じ人間が肉体に縛られずに生き続けられるとなると、実質ほぼ同義と言えるわ。もちろん、たまちゃんの寿命が永遠ならの話だけどね?」

「不老不死、ね……」

 

 それを成す薬は、東洋では蓬莱ほうらいの薬、西洋では賢者の石やエリクシル等と呼ばれていたと聞く。それは古今東西で何千年も前から、主に富を築いた人達の究極・至高の夢であり、それを求めて身を滅ぼした者も数知れないだろう。それどころか未来でも未だかなわぬ夢であり……その秘密裏に行われたコピー実験とやらも、その類の人達が私財を投げ売って行っていたのかもしれない。そして未来のひなたはその核心となる魂の存在を証明し、完璧ではないものの不老不死を実現したということか。しかも夕という成功例付きでだ。


「なるほどなぁ。タイムマシンと同レベルの戦争の火種になっちまうよな」


 公表できない理由に思い至った俺に、夕は満足げにうなずく。

 ――ん、待てよ、これを冷静にまとめるとだ……世界大戦勃発ぼっぱつレベルの秘密を二個も、未来の宇宙こすも研究グループ(仮)のたった三人で保持してるの!? なにその闇組織、怖すぎ。


「だから他の誰かが発見するまでは公表はしないそうよ。ちなみに他の人に発表されたら、実は私もすでに……とか言って出しちゃうんだってさ。ほんとただの負けず嫌いだよね。命名といい、変なところ子供っぽい人なんだから……」

 ある意味それは武器でもあるのかな、と夕はあきれつつも感心している。――いやいや、お前さんも大概似たようなもんだと思うぞ?


「それとひなさんは『でも、この技術のキーとなる発想はまず発見できないから大丈夫。私はね、えっと……神様から素敵なお告げをもらったの。だからちょっとズルなんだけどね? ゆっちゃん、ないしょだよ♪』とも言ってたかな。ぶっちゃけ意味不明よね……」


 えらく専門性の高いお告げをくれる神様も居たもんだな。「ソコノ カイロハ ムダガアル ソナタガ オトトイ アキラメタ カイロヲ サンコウニシ カイリョウセヨ サスレバ ミライハ ヒラカレン」って感じ? 率直に言ってありがたみが全くない。


「そのお告げは良い事なのか悪い事なのか……神様もややこしい事するなぁ」

「ふふっ、ほんとねぇ。でもおかげであたしはここに来られたし、こうしてパパとイチャイチャできてるんだから、とっても良い事だよ!」


 そう言いながらうれしげに俺の両手を取ると、上下にブンブン振ってくる。


「くっ…………どうせならもうちょいおしとやかになってから来て欲しかったぜ。神様め、お告げを出すのが早過ぎたのでは?」


 もちろん夕が来てくれた事には心から感謝しているが、俺の心労的にはもう少しATK低めのがイイナァ……なんて贅沢ぜいたくってもんだな、ハハ。


「あ~ひっどぉ! ――ふふーん、パパってば、そんな事言ってていいのかなぁ? もらえるものも貰えなくなるわよぉ?」


 ふくれっ面になったかと思えば、続けてジト眼で意味深な事を言ってくる。


「な、なんだよ。俺は神様のお告げなんて欲しくないぞ?」

「神様でも悪魔でもなくてぇ、あ・た・しからのぉ~お告げ、あげようと思ったのにな? パパのこれから先の役立つこといっぱい知ってるんだよぉ? いいのかなぁ~いいのかなぁ?」


 ひざ立ちからのり足、さらに両方の人差し指をぐるぐる回しながら夕が接近中。

 たしかに、未来の情報はこれからの人生においてとても有益だろう。だが俺は、


「別に要らないな」


 きっぱりお断りし、突き出された両指をつかんでやる。ハイドードー。


「むぅ~、なんでさ?」


 夕はぷくっとほおを膨らませ、手の中の指をぐねんぐねんとクネらせてくる。くすぐったいからヤメなさい。


「だってさ、自分の未来を教えてもらうなんて、読みかけの本のネタバレされてるようなもんじゃないか。それに、そんなんで仮に上手く行ってもなんか達成感薄いだろ?」


 夕に誇れるような立派な人間になるにしても、正々堂々といきたいものだ。


「とは言っても、これをしないと死ぬよ! みたいのは教えて欲しいが、少なくとも十年後までは俺も夕も生きてるんだろ? あと現役で研究してるって事は、それなりに健康なんだろうし、それで充分だ。まぁ、平行世界だから同じとはいかないかもだが……それを言ったら結局聞いても同じだし?」

「うえぇぇっ!? そう、くるの? 確かにそういう考え方も、ありなのかな……パパらしいというか……くにゅぅぅ」


 夕は力なく指を引き抜いて、何やら悔しそうなご様子である。俺としては持論を述べただけだったのだが、夕には想定外の答えだったようだ。


「……それにさ?」

「なによっ」


 これ以上何言われても動じないわ! とばかりに、腕をクロスさせて臨戦態勢を取る。


「本当に俺が知る必要があることなんだったら、何が何だろうと教えてくれるんだろ? そんな優しい子だってちゃんと知ってるからな」

「っっ!!!」


 この夕の驚き具合と言えば、見開きすぎて目ん玉がコロンって行っちゃわないか心配になるほどであり、髪が一瞬逆立ったようにも錯覚した。


「それこそ耳ふさいでも拡声器で叫び散らしてきたりなぁ? はははっ」

「なっ、ななな……パパってばすぐそうやって…………んもぉっ!」


 様々な感情で言葉が出なくなったのか、くるっと後ろを向いてしまった。


「さっきのお返しってヤツだ」


 あっち方面ではお構いなしにやってくるくせに、特にこうした真面目な話だと照れまくるんだよなぁ。そりゃこっちも恥ずかしいから痛み分けだけどさ?


「どうだ照れたか? んん?」

「ふんだ、それは神のみぞ知る味噌汁よっ。お告げおつけは要らないんでしょ!」

「おっと、そうだったな」


 もちろんお告げなんかなくても、耳が真っ赤になっているので、後ろを向いていても丸わかりなのであった。

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