6ー51 秘匿

「「……」」


 生物の意識を司る超重要体組織の正式名称が、まさかの「たまちゃん」であると告げられ、現在茶の間には妙な沈黙が流れている。

 一般的な話であれば、名前は名付け親が心を込めて付けたものであり、そのセンスにとやかく言うのは良くない――いや、宇宙こすもに関しては文句しかないけど! だがこれに関しては命名センス以前の問題であり、百人に聞いて百人がおかしいと答えるだろう。それも通称ならともかく、正式名称だとくればなおさらである。


「えーと……なんでそんな珍妙な名前に? もしかして冗談――――ではなさげか」


 もしやまた夕がからかってきたのではと疑ってみたが……この苦々しい表情からしてそれはなさそうだ。


「う、うん……どうしてたまちゃんなのかと言うとね……魂の『たま』から取ったのもあるんだけど……あと魂って、イメージ的に白色の風船みたいな――ほら、漫画でよくあるでしょ?」

「あー、アレね」


 フワフワ飛ぶ吹き出し状で、中に顔が書かれてたりする事が多いが……それがどうつながる?


「……似てるでしょ?」

「………………あ、あぁ、うん。ソウダナ」


 まさかそんな理由で付けられたとは……ちなみに何が何と似ているかということは、伏せておくとしよう。


「……仕方ないのよ。この体組織というか現象? を発見した人がそう名付けちゃったんだから。それであまりにあんまりだから、あたしがファンダメンタル・ソウル・コアと、ちゃんと意味が伝わるような名称でとりあえず呼んでるってわけ」


 そういえば新しい物理現象って、重大な発見をした人の名前がよく付けられてたよな。例えば電圧のボルトとか。だからって、なぁ?


「こんな無茶苦茶な命名をするって……一体どんなセンスしてんだよ……まあ、もちろん凄い人なんだろうけどさ?」


 これは宇宙こすもに匹敵する程のやらかし案件と言えるだろう。天才とナントカは紙一重とは良く言ったものだ。


「あー、その……すでにパパのお友達なんだけどね?」

「へぇそうなんだ……――は? え? 俺の周りにそんなエキセントリックなヤツは……」


 そもそも俺に友達なんて片手で足りるほどしか居ないが――ん? エキセントリック……?


「――おい、もしかして!?」


 俺の記憶の中のエキセントリック少女ガールを思い浮かべてみると……


「ええ、ひなさんよ」


 見事に大当たりだった。


「マジ……かよ……」

「それがマジなのよぉ。ひなさんはこのタイムトラベル関連の研究者仲間でね、未来パパ含めて、ずっと一緒に頑張ってきたんだ」

「そ、そうなんか……。それはそれとして、なぜ周りは止めてあげてさしあげなさらなかったんでしょうか……?」


 どうしてこんな名前になるまでほっといたんだ……。


「そんなの止めたに決まってんでしょ。こんな名前で公表するとか正気? ってね」


 そりゃそうだよな。全世界の人がソレをたまちゃんと呼ぶ事になるわけで……偉い博士達が真面目な顔してたまちゃんたまちゃんと議論しているのは、はっきり言ってシュール過ぎる光景だ。


「それでね、ひなさんに言ってやったの。この研究の論文タイトル言ってみなさいよ、ほら! 堂々と言ってみなさいよ! ってさ?」


 その時の事を思い浮かべているのか、夕は苦々しい顔でそう説明する。きっと未来でも小澄ワールドに飲み込まれて苦労してたんだろうなぁ……夕がひなたに苦手意識を持っている理由が、良く分かった気がする。


「すると……なんて?」

「『そうねぇ~、たまちゃんと脳内記憶領域連結による自我発現メカニズムの解明およびたまちゃんを内包する個体の唯一性の証明、から始まって3本立てにしましょ♪』だそうよ」

「たまちゃんの圧倒的存在感よ!」


 良くは知らないが、論文タイトルに「ちゃん」が入ることってまずないのでは?


「ほらほら絶対おかしいでしょ!? って文句言ったんだけど……『でも私、書いてはみたけど公表する気はないの。だから今のところは私達三人くらいしか使わないし、別にたまちゃんでも困らないよぉ? ほら、可愛いからいいでしょ、ねっ、ねっ?』ってさ……」

「え、可愛い……から?」


 言い終えた夕はうつむき加減になり、疲れた大人のようにため息をついた。ちなみに、夕がするひなたの声真似がなかなかに上手いせいで、俺までバーチャルひなたワールドに連れ込まれてしまい、同じく何とも言えないザンネンな気分になっている。


「いやいやいや、どうしてそうなるよ?」


 当の本人は居ないどころか未来の話だが、これはツッコミを入れざるを得ない。せっかく書いたのに世に出さないって、一体何がしたいんだ……素人が聞いてもおかしいと分かるぞ。


「ほんとそれよね。出せばノーベル賞当確の成果なのに何でだろうって、最初は思ったわ……」

「そこまでの!? ――いや、そのくらいの成果なのか」


 かつて誰も見つけられなかった魂の存在を明らかにしたともなれば、世界最高峰の表彰を受けるのは当然だろう。


「……でも、良く考えたら出せるわけがないよねって納得したわ。ちなみに未来のパパは公表しない事を予想してたみたいで、最初からひなの好きにさせようって言ってたわ……くにゅぅ」


 その時は、二人のきずなを見せつけられたようで悔しかったとのこと。


「……そのこころは?」


 未来の俺は分かっていたようだが、今の俺はやはりその理由に検討がつかない。


「この研究成果には、たまちゃんを記憶データに付随させて輸送する技術も含まれているの」


 たまちゃんの輸送……海から水族館へ――じゃなくって! うーむ、どうにもたまちゃんの違和感がぬぐえないが……まずは話に集中しよう。


「その技術のおかげで、あたしはこうして別の身体に移動してる――ま、それが目的ではないけどね? ただ、これで世界が躍起になって秘密裏に試していた生物のコピー――はできないけど、その実験が目指していたそもそもの最終目的がほぼ達成されるの。……それは何だと思う?」


 ここでしばらくぶりの夕先生クイズが飛んできた。


「目的、ね……」


 この技術で成し得たことは、別の身体に移動すること……それで夕は元々二十歳の身体で、今は小学生の……――あ、もしかして!

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