6ー50 通称

 こうして夕とゆづの不思議な関係について知ることとなったが、未だに二人――特にゆづの事を知らな過ぎるので、問われた二人の在り方については正直何とも言えないのが現状だ。だがそれも、二人との付き合いが長くなればいずれ見えてくるものもあるだろうし、ここはひとまず置いておくとしよう。


「……あー、そうだ」


 それよりも、たった今思い浮かべたクローンという話から、一つ非常に気になることがいて出てきた。


「まず確認なんだけど、記憶だけを飛ばしたってことは、それは記憶のコピーをってことで……いいのか?」

「そうよ。データと言っても良いわね。あたしが居た未来では、人間の記憶に関する研究がだいぶ進んでいて、電子データ化が可能になったのよ。もちろん膨大なリソースが必要だから、とても気軽にできる話じゃないけどね?」

「うおう、すげぇな……それって人間の記憶を操作したりできるってことだよな?」


 まるで漫画で出てくる記憶操作系の超能力だとかの話じゃないか。もしそれが可能だったら、記憶障害の治療などができるだろうし、もちろん医学の進歩と言えるけど……人間が踏み込んではいけない領域、とでも言ったら良いのか……少々怖いと感じる。


「んや、生物の脳はそんな単純なものじゃないから、中身を確認したり、ましてや部分的に切ったりったりなんて不可能よ。さっきの例えで言うと……中身が完全に不明のファイルを丸ごとならコピーできるようになっただけ、ってとこかな?」

「……ん、なんか安心したわ」


 一般的な事柄では、「できない」より「できる」方が良いはずだが、こればかりはそうとは言えないだろう。ただ、フルコピーは可能となると、先ほど気になった事が現実味を帯びる。


「――となるとだ、未来の夕は何事もなかったように生活していて――ってか待てよ……今こうして話してるお前は、もしかして未来の夕のコピー……ということになるのか?」


 良く良く考えてみれば、これはクローンどころの騒ぎではなかった。クローンは同じDNAを持つが、オリジナルとは違う記憶や意識を持っているので、結局は肉体が物凄く似ているだけの別の生物なのだろう。だが夕の場合は、肉体の年齢は多少違うが、記憶や意識は完全に同一の存在……まさに生物としての本質的な「コピー」と言えるかもしれない。そしてそれは、先ほど懸念した記憶操作やクローンをはるかに超えるほどの禁忌、その領域に踏み込んでいるのでは……?

 そう考えて、俺の中に言いしれない不安が広がるが……


「ふふふ、さっすがパパ、良い着眼点だよぉ! でもこのあたしは、ちゃんと本物の天野あまの夕星ゆうづだからね?」


 それは杞憂だったようで、夕からは完全否定の答えが返ってきた。


「そ、そっか。そうだよな、ハハハ」


 仮にコピーであったとしても、俺はこの夕を大切に思っているのだから別に問題はない……と強気に言ってはみるが、やはりホッとしてしまう。その様子を見ていた夕は、俺の複雑な心情を察したのかうれしそうに微笑んだ。


「この記憶のコピーが可能になった当時、各国で秘密裏に様々な生物の同一個体のコピーを作る実験がされたけど、ことごとく失敗したらしいわ。それと同じ理由で、未来のあたしの身体に記憶データは残っていても、自我を持って活動できないの」


 つまり、記憶データ以外に生物として成立するための要素があるという事なのだろうか。もしかすると、さっきチラッと出てきた魂とかが関係あったり?


「ふむ……それでその理由ってのは?」

「それはね、Foundamental Soul Coreが無かったからよ」

「――え? ファンクなメタルはソウルとコーラ?」

「ぷふっ、なによその面白い空耳~」


 夕の発音があまりに流暢りゅうちょう過ぎて、上手く聞き取れなかった。それは英国幼女と言われても誰も疑わないレベルであり……うーむ、学者さんってのは当たり前のように英語を話せるんだろうか。


「ファンダメンタル・ソウル・コア、ね」


 夕はしょうがないなぁと言って、カタカナ英語で言い直してくれた――っておい、ソウルしか聞き取れてねぇぞ。俺のリスニング力……低すぎっ!?


「日本語だと、基礎きそ魂核こんかくとでも訳したら良いかしら。これがさっき言ってた、生物の意思を司るもの、『魂』のことよ」

「……たしか記憶と一緒に送ったと言ってたヤツ?」

「そそ」


 このファンなんたらがなければ、いくら記憶だけをコピーできたとしても、そのコピーは生物として活動できない……つまり抜け殻状態ということだろうか。それで魂と聞いてもやはりピンと来ないが、さっきは後で詳しく話すと言っていたので、今から解説してくれるのかな。


「えーと、それは一体どんなもんなんだ?」


 現在においては、この問に対して明確に答えられる者は居ない。だが、夕の魂がこうして現代に送られたということは、それは科学的に解明されたものなのだろう。


「このファンダメンタル・ソウル・コアは、脳内を高速で動き回っている波のようなものと推測されていて、記憶データを参照して意思決定を下す――つまり自我を維持する器官と言えるかな。生物の脳組織が一通り完成された頃に、ファンダメンタル・ソウル・コアもいつの間にか生成されていて、成長して活性化される事で自我を発現するに至るわ」


 波のようなものと言われても、全くイメージが湧かない。だがそれも推測となると、未来でも実はまだよく分かってないということかもしれない。


「ちなみに、ファンダメンタル・ソウル・コア自体は複製どころか単体保管もできず、あくまで記憶とセットでしか存在できないわ。あとこのファンダメンタ――」

「ちょい待った! そのファンダメンタル・ソウル・コア、何か通称のようなものは無いのか? 長過ぎてイチイチめんどい」


 何でもかんでも略したがるのは万国共通で、英語もそのはずだ。そのイギリスと言えばたった四文字だが、正式名称だと世界一長い名前の国だしな。


「つ……通称、ね……」


 そう思ったのだが、どういうことか夕は渋い顔をして言いよどむ。


「もしかしてまだ無かったりするのか? んじゃ無難に頭文字を取ってFSCか、そのまんま魂とでも――」 

「そもそも、これは正式名称じゃないわ」

「んんん? どういうことだ? それなら何でこの無駄に長い通称で? ――あっ、正式名称はもっと長いパターンか。それなら納得だわ」


 これ以上長かったら、話をするにも支障をきたしまくりだよな。じゅげむじゅげむ


「正式名称はね……――すぅ」


 そこで息継ぎをする夕。とても長い名前を言い切るためかと思いきや、


「たまちゃんよ!!!」


 想定外に短く、そして謎めいた台詞を叫んだ。


「…………は?」

「このファンダメンタル・ソウル・コアの正式名称が『た・ま・ちゃ・ん(英名:TAMA―CHAN)』だって言ってんの!」

「!!!」


 バカなっ!? 俺たちは皆、脳内に海棲かいせい哺乳類ほにゅうるいを住まわせて生きていたというのか……衝撃の事実が今明かされた!

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