6-47 善悪

「さてと、これでタイムトラベルの仕組みは一通り説明できたかな――ハイ、ここまでの解説に何か質問あるかしら、だいちくん?」


 夕は思い出したかのように先生モードとなり、メガネをクイクイしながら問いかけてくる。


「んじゃ、一回確認な。未知のエネルギー闇エナで、瞬間移動できる穴のワームホールを開き、未来の夕は記憶と魂だけをこの時代の夕に送り、見た目は子供頭脳は大人の状態になっている。また、すでにこの世界は夕の居た世界とは歴史が変わっており、互いに並行世界の関係にあるため、夕が何をしようとも大丈夫……で合ってる?」


 自分で言ってて「そのSF小説どこで売ってるの?」ってほどの荒唐無稽こうとうむけいな話であり、それこそ相手が夕でなければ絶対に信じないだろうな。


「おおー、合ってる合ってるぅ。簡潔なまとめ、ありがとね」


 この程度のざっくりとであれば、どうやら無事に理解できていたようだ。


「それなら仕組みに関して質問はないぞ。もちろん細かいことは全然分かってないが、こんなただの高校生の知識じゃ、これ以上難しい話を聞いても到底理解できんしな。細かい事はおいといて、で次いこう」

「ん……それもそうね。じっくりと物理学の基礎から教えてあげてもいいけど、それはおいおいにしましょ」

「はは、そいつは頼もしいな」


 未来から来た優秀な特別講師にマンツーマンで教えてもらえるとは、贅沢ぜいたく極まりない話だ。まぁ傍からみれば、妹に勉強を教わる出来の悪い兄と言ったところだがな?


「それで俺が今一番気になる事と言えば……夕の身体の中に居るダレカがどうなっているのか、かな? ――っと、ダレカ呼びは失礼か」


 あの子も紛れもなく夕なんだから、そんな呼び方はしたくない。


「でもあの子まで夕と呼んだら、混ざってややこしいな……現代夕とでも呼んだらいいか?」


 少々堅苦しい気もするが、他に良い呼び名が思いつかない。


「そうねぇ……あの頃は自分を『ゆづ』って呼んでたから、それでどうかしら?」


 幼少期にありがちな、一人称が名前というやつか。大人な夕が言うと違和感ありまくりだが、あの子は見た目相応の幼い子供に思えたし納得だ。


「りょーかい」


 もちろん異論はないが、そもそもほぼ本人からの提案ともなれば、快諾以外ない。――んまぁ、同じ人なのに呼称が違うってのは頭がバグりそうだが、そこは俺が慣れるしかないだろうな。

 何はともあれ、これで正体不明の「ダレカ」改め「ゆづ」となった。こうして名前が付くと、あの敵意き出しの怖い子にも、少し親近感がいてくるのは気のせいではないだろうな。思えば最初の頃の夕は、名前すら不明な事で余計に不思議度を増していた気がするし。


「ゆづ、か……なかなか可愛らしい呼び名だなぁ」


 それで素直に感じたことを言ってみると、


「ふふっ。あたしじゃないけど、ありがとね♪」


 夕は喜んでくれたようだ。平行世界の自分だから正確には違うけれど、自身の幼少期を褒められたとも言えるからだろうな。


「……んで、夕の意識が身体に同居してる状態でも、ゆづは平気なのか?」


 同じ夕だと知った今では、ゆづの事も心配になってしまう。


「ええ、ちょうど今朝みたいに、ゆづはあたしの意識が表に出ていない時に何事もなく生活している――んや、ゆづの空いている時間にあたしが身体を借りてる、が正しい表現かな。あの子が起きてる間は、五感はあるけど動けないってところね。――とまぁそういう訳だから、それに関しては心配要らないわよ?」

「それなら良かった」

「うん……」


 ホッと息をつく俺を見て、夕はうれしいような困ったような複雑な顔をしたように見えたが、それはすぐに消えた。俺がゆづを心配することに問題でもあったのか……まぁ、何か重要なことならきっと言ってくれるだろう。


「するっと……昨日交代しなきゃと言ったのは、長時間借りられないからって意味だったんだな?」

「ええ、その通りよ。ゆづが寝てないと交代できないんだけど、ゆづはその間の記憶が抜けるから、あんまり長時間は良くないわ。ゆづにはゆづの生活があるもんね」


 予想していたように夕側が能動的に交代できるようだが、ずっと借り続けることはできないという訳か。


「それで人間の脳って不思議なことにも、記憶の抜けを勝手に補完しちゃうみたいで、多少の交代なら何事もなく過ごしてるわ。それは、あたしの記憶が同じ脳内に在るから特別なのかもしれないけど……当然比較対象がない事柄だから詳しくは分かんないや」


 夕は、むむーと言いながら自身の頭を両手でこねこねしている。


「ふーん。今のゆづの脳内がどうなってるのかはさておき……その多少ってのは、具体的にどのくらいなん?」


 これから夕と過ごす事が増えるとなると、活動限界を把握しておくことはとても重要だろう。


「えっと、ここに来た時に色々と試した感じ……日中の活動時間の半分――八~九時間くらいまでなら平気かなぁ。もちろんゆづの予定や意識の強さにも寄るけどね?」

「ふむふむ。んじゃ夜は?」

「夜間はゆづが元々寝てるから交代自体は簡単なんだけど、そもそも眠って身体を休めなきゃいけない時間だから、あたしが出しゃばる訳にはいかないかなぁ」

「オッケー。覚えとくな」


 すると活動時間は、安全マージンを取って七~八時間と言ったところだろうか。しっかりしている夕には無用な心配かもしれないが、俺の方でも気をつけておくとしよう。


「ん、待てよ……日中はそうそう都合よく寝てる事はないと思うんだが、どうやって交代してるんだ?」


 夕は朝昼夕といつでも現れるから、自由に眠らせる方法があるのかもしれない。こっそり子守唄こもりうたでも脳内に――いや、残念ながら夕の歌じゃ眠れるものも眠れんか、ハハハ。――っとと、こんな失礼なこと考えてるなんて知られたらヤベーぞ。


「あーそれはね、あたしが頑張って表に出ようとするとゆづが急に眠たくなるみたいで、少し待てば交代できるよ」


 主導権が夕にあるから、身体が勝手にそうなるということだろうか。どうやら子守唄も麻酔針も要らないようだ。


「でも、今朝みたいに極度に感情が高ぶってる時は完全に無理だったわ……それで、すぐに交代してパパを追いかける事はできなかったの……」


 夕のことだから、もし可能だったなら追いかけて弁解しようとするはずだよな。出るに出られずで相当苦しんでいたんだろうし、それが再会時の動転に拍車をかけたのかもしれない。


「そっか、辛かったんだな……」


 そう思って、少し悲しげにしている夕の頭をでてあげる。


「んっ……ありがと。でももう平気だからね」


 夕はそう言って微笑むと、頭に乗った俺の手の上をサワサワと撫でてくる。俺はそれにうなずいて、手を自分のひざに戻しておく。


「――こほん。そいじゃぁ、ゆづの話とタイムトラベルを合わせて補足説明もしておくわね」

「おう。よろしく」


 合わせ技が出てくるとなると、未来説明会もそろそろ大詰めといったところだろうか。


「まずね、さっき話したワームホールを抜けて飛んできたあたしの記憶は、ゆづの脳の使っていない部分を借りる形で存在しているわ」


 シェアハウスならぬシェアブレインと言ったところか。人間は脳を常時フルで使用してはいないらしいので、そんな器用なことも可能なのだろう。特に睡眠中のような意識のない時は、働いてない部分も多いはずだし。


「ちなみにパパが予想した通り、自分と同じ脳を持ったゆづの身体にしか飛べないよ。端的に言うと、現段階の技術では送るときの目印が必要なのと、記憶や魂に対する受け皿としての親和性からね」


 ここまでの話からするに、夢のタイムトラベルと言っても、とにかく制約が多いらしい。まあ、実現できただけでとんでもない大偉業なんだから、ケチなんてつけようもないけどな。


「そうなると……ゆづは、脳というHDDの空き部分に、未来の自分という記憶データを書き込みされたようなものか。しかも意識が二つ――いわばダブルOS状態って訳だな」

「ふふっ、言い得てるわね」


 夕を真似て風変わりな例えをしてみたが、正しく表現できていたようだ。


「その例えでいくと、ゆづは自分の記憶にしかアクセスできないけど、あたしはどちらの記憶にもアクセスできて、しかもゆづに強制終了をかけられる。そんな感じね?」

「ふむ……そうなると、旧OSが新OSに乗っ取られて管理されてるみたいに聞こえるぞ?」


 管理される側のゆづが聞いたら、怒りそうなもんだ。もし俺の頭に未来の自分が住み着いていたら、何を勝手にと思うだろう。


「むむぅ……実際その通りだし、ゆづには悪いとは思ってるけど……いいじゃない、広義では自分自身なんだしさ?」

「うーん……そう、かも?」


 人様の身体を乗っ取って迷惑かけてる訳じゃないし、法的にも自傷は傷害罪にならないからな。


「………………やっぱり悪いこと、なのかなぁ?」


 俺の曖昧あいまいな反応に、夕は少し不安そうな顔をしている。


「悪いことか、と聞かれると…………俺からは何とも言えない、かなぁ……」


 例え自分自身と言っても、違う意識を持って生きているとなれば、ある意味他人とも言える。なので、ないがしろにするのは悪いことな気はするが……逆に夕の存在がゆづにとって益になる場合もあるはずだ。思慮深く優しい夕のことだし、むしろその可能性の方が高いのではないか。――そうは言っても、結局のところ二人の問題な訳で、俺の立場から言えるのは精々一般論くらいだが……状況があまりに特殊過ぎて、既存の倫理観じゃ善悪の判断がつかない。近い話だと、クローンとかになるのかな?


「そう、だよね………………――っとと、ごめんね? ややこしいこと聞いちゃって!」

「そんなことねぇよ。こっちこそ力になれず、すまんな」

「んにゃ……あたしが考えないといけないことだからね。パパは見守っててくれるだけでいいんだよ? ふふっ」

「おうよ!」


 夕はそう言っているが、何かあれば全力で助けてあげようと思い、力強くうなずくのだった。

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