6-48 霊魂
夕も冷静さを取り戻してくれて、無事に自爆テロを未然防止できた。
「――さて、イチャイチャはこのくらいにして本題に戻ろっか」
「……ソウダナ」
ハッハッハ、もうツッコんでやらんぞぉ?
「それで、そもそも何故そんなややこしい事になるんだ? よくあるSF映画なんかでは、本人がそのままビュンと飛んでお終いだよな?」
「……それは色々と複雑な事情があってねぇ」
夕は
「事情ってーと……さっき軽く説明してくれた過去改変とか平行世界の話が関係あるとか?」
「んーにゃ。さっき言った通り、そもそもあたしは平行世界に移住するつもりで来てるわけだし、それ自体は別にいいの――あっ、んやぁ、実は無関係でもないんだけどぉ……この方法だと飛ぶだけなら分岐を防げるから……だからこそ許してもらえた訳で……でもあたしは……」
「んん……ん?」
夕は段々と小声になり、何やらボソボソと意味深なことを言っているようだが、残念ながらさっぱり分からない。
「――えっとぉ、今は気にしなくていいわ。また後で話すね?」
「おう」
順を追ってってやつね。了解了解。
「それで問題はそっちじゃなくて、技術面……と言っていいのかな」
夕は断定を避け、何やら言いにくそうにしている。
「というと?」
「あー、その説明の前にさっきのワームホールの補足説明になるんだけど、実は割とそこら中に存在してるの。世界は穴だらけってわけ」
「え……それ大丈夫なん?」
突然ワームホールに飲み込まれたりしたら、大騒ぎどころの話ではない。まあ、そんなことが起きていないということは、大丈夫なんだろうけど。
「平気よ。自然発生するホールは、あたしらを作っている細胞どころか、原子や電子なんかよりも
「……クォーク?」
俺らの身体は原子が組み上がって作られていて、その原子は陽子、中性子、電子で出来てるってとこまでは習ったけど、クォークさんとやらは初耳だな。
「クォークは、陽子とかを作る最小部材のひとつと思ってくれていいわ。とにかくホールが途方もなく小さいから、あたしらからすれば無いのと同じ――んーとぉ、例えば……目に見えない小さな粒で出来ている空気が、そこの網戸を自由に通過できるのと同じって言ったら、イメージつくかな?」
夕は例え話をしながら、縁側の網戸を指差す。
「あーなるほど。あまりに小さ過ぎるから、身体の
「そそ」
あまりにミクロ過ぎる世界の話で正直想像はつかないが、サイズ差を考えればそうなってしまうのだろう。そもそもそんな小さい穴をどうやって確認したのかは分からないが……きっと未来では
「だからホールの中を通るにはそれを広げなくちゃいけなくて、そのための斥力を生むエネルギーとしてさっき説明したダークエナジーのご登場ってこと」
「なるほどなぁ。
つまり闇エナの抽出方法が発明されるまで過去へのタイムトラベルは不可能であり、だから最初にその説明してくれたと。
「だけどあたしが居た未来であっても、その時点の人類の技術的な限界というやつで、原子か頑張っても低分子サイズくらいまでしかホールを広げられないわ。そうなると、肉体をそのまま過去に送るなんて事はまだまだ到底不可能ってこと。でもその拡張技術に関するボトルネックが広がるのを待ってたら、あたしおばぁちゃんになっちゃうし、色々と遅過ぎるの……」
とても悔しそうな顔で夕はそう言った。その技術のボトルネックが、きっと夕とは異なる分野の話で、夕達だけの努力ではどうにもならないことなのかもしれない。
「ふーむ。今までの話を聞いてると何でもアリな気になっていたが、そうでもないんだなぁ」
「うん。こればっかりは、生まれた時代でできる事をするしかないわ」
科学技術の積み重ねだから、現状でできないものはできない。それこそ魔法でもないと無理ってことか。
「なのでパパのご明察の通り、あたしたらしめる最小構成要素である、あたしの記憶とたまち――魂だけを過去のあたしの身体に送って、今ここに居るということ」
「へぇ……――って待て……たま、しい? 確かに今そう言ったよな?」
「うん。パパが今イメージしてる魂のことだよ」
「魂、ね……」
未来の超サイテンティフィックな話をしているところに、突然オカルティックな話が出てきて戸惑ってしまう。まあ、科学の進歩によって現象の解明が進んでも必ず最先端は未解明なんだから、それはその時点の
「びっくりすると思うけど、魂や霊魂――いわゆる生物の意識を司るものは、確かに在るんだよ」
夕はそう言って、自分と俺の頭をサワサワと
「へえぇ…………本当に在るんだな、魂って」
科学技術の進歩した未来では、そんなものまで発見してしまうのか……面白いな。こんな風に現代では絶対知り得ないことを先取りで教えてもらえて、凄く
「ま、魂の詳細は次のステップでお勉強ね?」
「おう」
恒例の順番ね。理系科目は積み重ねだからな。
「――となると、物を過去に運ぶことはできないんだな?」
身体は運べないし、それとたぶん片道切符なのだろうから、昨日タイムマシンは無いと言っていたのも納得だ。超最先端技術に文句を言う訳ではないが、使い勝手は悪いな。そう思いきや、
「んにゃ、生き物みたいな複雑な有機物は無理だけど、単純な無機物なら送れるよ。原子レベルまで分解してホールを通過させて、過去で3Dプリンターのように再構成すればいける」
少しは融通が利くらしい。一度バラバラにしているとなると移動と呼べるのかは怪しいが、生き物でなければさほど気にする必要はないだろう。
「そうなんだ。となると何か持ってきたん?」
「うん。実はこの時計がそうなのよ?」
夕は腰のチェーンを外し、両手の上に懐中時計を乗せて見せてくれる。
「ああ、いつも着けてるやつね。……ふーん、まさかそれが未来品だったとはなぁ」
「ふふっ。未来から唯一持ってきた、とても大切な宝物よ」
夕はそう言って、俺、夕、時計の順に指さした。すぐには何をしているのか分からなかったが……ええと、夕にとっての大切な順番ってこと、かな? ――って俺の優先順位が高過ぎだから! もっと自分を大切にしてくれ。
「ちなみに、不安定なワームホールを安全に抜けることを最優先するから、まずは記憶と魂だけを送ってもらってるの。その後に別のホールで、少し後の時間
「ははっ、夕らしいな」
どんな時でも真理の解明に努めるとは、ほんと研究者気質なことで。
「いやぁ、にしても……お前にしろその時計にしろ、ほんととんでもねぇルートでこの場所に来てたんだなぁ……」
木から降って来た時にはふざけた事をしやがると思ったものだが、まさかこれほどの大冒険を経て会いに来てくれていたとは……もうそれだけで
「ええ、一瞬だけど長旅だったわねぇ……」
そうしみじみと言った夕は、目を
飛ぶのは一瞬かもしれないが、過去という誰も到達し得ない彼方まで来ており、加えてそれを成すために果てしない努力が必要だっただろうしな。本当にスゲー子だよ。
「……でもその技術不足のせいで、あたしの意識と魂はこの身体に……っ!」
恨めしそうに自分の身体をぺたぺたと触る夕。敢えて詳細な記述は避けるが、特にお気に召さないと思われる部位を重点的に確認しておられる。元の身体は二十歳となると、流石に今よりはだいぶ……あるんだろうな。
「まぁ……うん、その身体でも別に死ぬわけじゃないんだろ?」
自分がそうなった訳でもなく気持ちは正直分からないけど、せめて気休めにでもなればと慰めてみる。
「そうよ!」
「おおぅ、急にどうした?」
また余計な事を言ってしまったかな。女の子の扱いって難しすぎる。
「今はこんなでもいずれは成長するんだし、大局的に見てミッションに支障はないっ! それに逆境ほど燃えるというものよっ!」
突然の一念発起、やる気の炎で満ち満ちる夕。まぁ元気な方が似合ってて良いけどさ。
「そのミッションってのは――あぁやっぱいいよ、うん」
先が読めてしまったので即中断。右手で制止の構えをするが、
「もっちろん! パパを
予想通りの続きを
「ですよね……」
「――チラッ」
さらに夕は、いつぞやのように身体を
「はぁ……そういう事を堂々と言うのヤメロってのに」
「い・や・よ! パパには事あるごとにアタックしなきゃダメな決まりなのっ! そう、ロウラクは一日にして成らずよ!」
夕は自分ルールとヘンテコ
「さいですか……」
そんなローマ帝国を築く勢いで突貫して来られてもさ? そもそも、そういうのは本人に言っちゃダメなんじゃ――ってそれも
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