6-44 手品

 夕の画力に驚かされるだけでワームホールの概念図は結局分からず仕舞となったものの、そのお陰でちょっとイイ話な感じにはなったので、それはそれで良しとしよう。それにワームホールの性質についてはそれなりに分かった気がするので、次に進めてもらうとしようか。


「んじゃワームホールの次の話いこうか」

「……その、ごめんね? 絵が全然伝わんなくてぇ……」


 夕はまだ少し気にしているのか、両人差し指をツンツンしてしょんぼりしている。


「んや、いいよ。後で適当に検索でもしたら見つかるんだろ?」

「あ、うん。この時代でも変わらないから、それでお願いね」


 俺たちにはイヒペディア先生という強い味方が居るからな。それでも分からないことはヤブー知恵袋あたりに聞けば、大概のことは有識者が解決してくれる。まあ、流石に未来のことは教えてくれんけどさ。


「んむむぅ……でもそれだと何だか未来人の立場がないわ! な・の・でっ!」


 夕はそう言いながらわきの袋を開け始める。


「そう、こんな事もあろうかと……」


 あーなんだ、科学者ってその台詞好きよね……もちろんただの偏見だけど。あと、どういう場合を想定してんだよ、と突っ込むのは野暮なんだろうなぁ。


「これを用意してあるわ!」


 夕は空の筒状ポテトチップス容器を取り出し、勢い良く掲げた。


「ほ……ほう?」


 お菓子のガラで何をしようと言うのだね、お嬢さん?


「そして、これをこうして、こうよぉ!」


 そう叫んで手元に持って来ると、スポンと底を抜いた。

 これは……またお得意の手品かな? まあ夕のことだし、きっと面白い事をしてくれるんだろうから、何でもいいか。


「さぁてここに取り出しますは、何の変哲もない筒と飴ちゃんでーす」


 夕は妙な口上と共に、ポケットから先ほどと同じ黒色の飴玉を取り出した。


「ヨーシ、イイゾー」


 何が良いのか分からんが、とりあえず合いの手ということで。エンターテイメントは観客側のノリも大切だ。


「さてさて、そこでこの飴を筒の中に落とすとぉ………………――ハイッ!」


 そして夕の掛け声に合わせて、筒の上からお菓子が投入される。


「!!!」


 その様子を見た俺は、驚愕きょうがくのあまり言葉を失い、目を見張った。

 どういう原理か、筒の下から何も落ちてこない。


「ちょ、どうなってんだ!?」

「むふふ」


 さらに夕が筒を傾けて中を見せてくるが……空である。

 おいおいおい……マジで消えたとでも言うのか? んな馬鹿な。


「ちょっと貸せぇい」


 筒を手に取って調べてみるが、何の変哲もなく、どう見てもただのお菓子の容器である。種も仕掛けもない……ように見える。

 中をのぞいてみるが、筒の向こうにドヤ顔の夕が映るだけで内側には何もない。


「どういうこった……」


 手品というものは基本的に何か他に目をく仕掛けを用意して観客の視線を逸らし、そのすきに本命をどうこうするのがセオリーだ。先ほどの手品はうっかり見逃してしまったので、今回は夕の手から一瞬たりとも目を逸らしていなかったが……手元に隠すような不審な動きは確認されなかった。


「本気で仕掛けが分からんのだが?」

「んふふ、そりゃ種も仕掛けもないもんね?」

「なわけないだろ……」


 手品師の常套句じょうとうくだけど……本当に口上通り仕掛けがなかったら、手品じゃなくて魔法だ。


「そぉねぇ、過去にでも飛んでったんじゃないかしらぁ~? 今頃昔のパパが食べてるかもね~、にしし」


 まさか本当に過去へ飛ばしたとでも言うのだろうか……こうして本物の未来人が言うものだから、もしやありえるのではと思ってしまいそうになる。


「いやいや、マジでお前なにもんよ?」


 それに対して夕は大平原のような胸を張って、


「ふっふっふ、ただのタイムトラベラーだよぉ!」


 そう言い放った。

 どうやら手品師ではないらしい――って確かに未来人だからそうなんだけど、トラベラーは飴玉をタイムトラベルさせないだろ……トラベルするのは自分だ。


「まぁこの話は置いといて――」


 しれっと話を終わらせようとする夕だが、


「絶対何か仕掛けがあるはずだ……」


 俺はまだあきらめきれていない。一つくらいは仕掛けを見抜けないと、何だか悔しい。

 すると夕はずぃっと筒を突き出すと、


「ふーん。んじゃ手品だと思うなら筒に手を入れてみる~?」


 にんまり微笑むと、その目が怪しく光った……ように見えた。


「……」


 その様子に俺は思わずつばを飲み込んでしまう。


「……遠慮しとく」


 どこか薄ら寒いものを感じたのもあるが、手を入れたところで仕掛けは分からないだろう。それに俺の右手が過去のとんでもない物を摑んでしまったら困る。黒歴史本とか?


「あら、賢明ね?」


 俺がヒヨったと見て、夕はフフッと不敵に笑う。

 その勝ち誇った夕の顔を見ていると、妙に嗜虐しぎゃく心がくすぐられたので、


「やっぱり試す」


 突き出された筒に手を突っ込んだ。さらに、筒の先にあるおもち状の物体――すなわち夕のふっくらした頬を優しく摘みあげた。宇宙こすも頬破掌きょうはしょうと呼ばれる秘奥義の一つだ。


「ふぎゅっ!」

「おお! 何か柔らかい物をつかんだぞ!」


 そんなに力を入れていないはずだが、とんでもなく伸びる。ヤッベ、すごく楽しいぞ!


「なにほすりゅぅぅ、ふぁにゃしてぇぇ」

「この柔らかさは……伝説の宇宙おもちに違いないぞ? さてはさっきのお菓子はこいつが食べていたな。よし捕獲、回収だっ!」


 ついでとばかりに左手で右頬も摘んでみる。もはや筒とか関係なくなっているが、気にしてはいけない。こういうのはノリが大切だ。


「ふぉんなものありゅかぁぁ」


 夕は頑張ってこっちの頬を摘み返そうと手を伸ばすが、悲しきかな夕のリーチでは到底こちらの顔まで届かない。


「………………ふぅ」


 ひとしきり宇宙おもちの感触を堪能したので、頬を開放した。例え宇宙外来種でも、キャッチアンドリリースは大切である。

 その夕はと言えば、少しだけ赤くなった頬をさすりながら、ジト目で口をとがらせてこちらをにらんでいる。それはもう竜をも和まさんばかりの大迫力だ。コワイコワイ。


「どうした? 頬が赤いけど、宇宙おもちにでも吸い付かれたか?」

「知らないっ!」

「なんだよ、せっかく心配してやったのに? くっくっく」


 さて、そろそろガチで怒られそうだし、この辺にしておくか――と思ったが少し遅かったようで、すでに夕は拳をぷるぷるさせている。


「くぬぬぅ、あたしの頬で遊ぶ悪いパパにはぁぁぁ」


 さらに夕はそう言ってグイとこちらに乗りだしてきた。

 これは、いつものポコポコパンチがくるか?

 前回の学習から、念のため胃袋付近を重点ガードしたが、


「こぉぉよお!」

「え!?」


 予想に反して俺の肩に飛び付いてホールドし、


「うちゅぅぅぅう」


 終いには頬に吸い付いてきた!


「ちょ、おんまっ!」


 いやいや、この子ほんとに中身お姉さんなの!? こんなんただの二十歳児じゃねぇか! 


「はーなーせー!」


 腕が封じられているので顔を横に引いて夕を引きがそうとするが、意外に強い吸引力で頬に吸い付いており、俺の頬が伸びるだけ――え、待ってくれ、普通に逃げられないんだけど!?

 ちなみに、表面上は頬にキスされていると解釈できるわけだが、状況が状況なだけにドキドキの欠片もない。完全にギャグ空間というやつだ。


「うぢゅぅぅぅ」

「ああ……宇宙おもちに喰われる……」


 どうやら安全に引き剥がすのは無理そうなので、諦めて捕食されるしかないようだ。是非もないね。


「にがひたおもひはひほくひおもひ!(逃がしたおもちは人喰いおもち!)」


 そうして、夕の気が済むまで吸い付かれてしまった。跡が残らないか凄く心配だ。

 にしても、日に日に仲が深まってきているからか、夕も随分とノリ良く――というか大胆になってきてるよな……ハハハ。仲の良い弟妹が居たら、毎日がこんな感じなのかも? それでこんな茶番でも二人が楽しけりゃいいってもんだけど、ヤスには絶対報告できんなこれ……議事録からは消しといて下さい。



   ◇◆◆



「ごめんなさい……」


 夕は宇宙おもちから変身が解けて冷静になったのか、今はしおらしく反省している。


「いや、俺もやりすぎたと思う。すまない……」


 変わらないただ一つの吸引力によって吸いつくされた頬をさすりながら、俺も自分の所業を一応は反省する。もう二度としますん。


「だが夕よ、ほんとに中身は二十歳なのか? どう見ても外見相応の――」

「パパが乙女のほっぺにあんな事するからでしょぉ! もう信じらんない!」


 まずい、余計な事言った。


「いやあれは手が勝手にだな――」


 俺が言い訳をしようとしていると、


「まあいいわ…………どさくさに――――――できたし……」

「ん?」


 夕はもごもごと何かつぶやいているようだ。よく分からんが助かったか?


「なんでもない! 今度のは聞いてないでしょうね?」

「おう。聞こえてないぞ」

「聞いてたら……どうなっても知らないわよ?」


 えっ、許されざる大罪なの? それなら小声でも言わなきゃいいのに……理不尽過ぎる。


「う、うん」


 夕の妙な圧力に、俺は無難にうなずくしかなかった。


「……じぃ~」


 ただ、先ほどの事もあってか、夕はまだ疑いの目を向けてくる。

 いやぁ、前科持ちは辛いね。夕の洞察力を考えれば、今度は本当に聞こえていなくて命拾いしたかもしれんな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る