6-43 画力  ※挿絵付

「んでも、お前が新しい概念って言ったように、どんなもんか想像がつかないよなぁ。空間に空いた穴、なんだよな?」


 ワームホールの特性は少し分かった気になっているが、具体的にどんな形なのかはサッパリだ。


「えーとそうねぇ……とりあえず一般的な概念図を描くから、ちょっと待っててね」


 夕はメモ帳の新しいページを千切ると、楽しげな鼻歌まじりに絵を描き始めた。やはり壊滅的な音程だが、その様子を眺めているだけで自然とほおが緩んでしまう。

 少しして夕は描き終わり、


「はいっ、これがワームホールの概念図よ!」


 晴れやかな顔でズイとメモを渡してきた。

 きっと夕のことだから、素人の俺でもひと目でイメージがくような、分かりやすい図を描いてくれたに違いない。そう思って期待を込めて見てみると……。


「どれどれ…………――ンんっッ!?」


(挿絵:https://kakuyomu.jp/users/mochimochinomochiR/news/16816927859446684681

 ヤバイ。これはヤバイ。ハッキリ言って、何が描いてあるのか全然分からないレベル。本人には絶対言えないが、良く言えば前衛的な抽象画、悪く言えば園児の落書き、とでも表現しておこうか。

 もしかすると、からかわれているのではと思い、夕の顔をチラと見ると……自信満々の顔で「これでばっちしイメージついたよね?」と言って、巨匠きょしょうの如く深くうなずいておられる。つまり、困ったことにも、本人は本気も本気で描いているようだ。

 そうか、夕は歌だけじゃなくて絵のセンスも壊滅的だったのか。他があまりにもハイスペック過ぎるから、神様が帳尻ちょうじり合わせにきたんだろうなぁ……ショウガナイネ。


「ええと……なんだ……その……」


 とはいえ、下手過ぎて全く分からんなんて、とても言える雰囲気ではないので……頑張って解読を試みようか。

 絵をじっくり見てみると、餅のような何かの外側に四本の棒が飛び出ていて、中に不規則に点が二つ描かれている面妖な物体が、両端に一つずつある……カビの生えた餅、だろうか? そしてその間に、モジャっとした二つの塊が線でつながれている……心電図、なのか? …………すまん夕、やっぱり分からんのだが!?

 黙っていても仕方がないので、ひとまず左端の丸いソレを指して、


「これは……タイムトラベルに使う未来の装置、とかかな?」


 気合でひねり出したそれっぽい事を聞いてみる。曖昧過ぎて答えとは言えないが、これならいくら何でもかするくらいはするだろう。


「え………………あたし、だけど」

「……ん?」


 どゆことぉ!? 掠ってすらねぇのか!? 誰か助けて! 


「だからぁ、あたしを描いたの!」

「!? そっ、そうだよな! うん、もちろん冗談だ、ハハハ……」


 ヤッベェ、いきなり外したぞ? まさかの自画像だったとは……恐るべし夕の画力!

 よし、落ち着け大地。まだ挽回ばんかいのチャンスはある。まずは拾えるところを確実に拾っていこう。


「となると……こっちは、俺の絵、という訳だな?」


 夕のことだから、左側が夕なら右側は俺に違いないと踏んでのことだ。流石にこれは当たりだろう。


「うん、なかなか俺らし――」

「………………そっちもあたし」

「なぁっ!?」


 うわぁ、そう来るかぁ! いやいやいや、どうして二人とも夕なんだよっ!?

 …………――あっ、そうか。真ん中のモジャ+棒はワームホールで、これに入って出てくるところが描かれていたのか。よ、よーし、なんとか解読できたぞ!


「な、なるほど。そうなると、これがワームホールで――」

「いいもん……あたしどーせ絵下手だし……」

「!」


 夕は唇をとがらせてうつむき、幼女の如くねてしまった。つまりそのまんま拗ねている。

 やっちまったよ! 回避しようと努力はしたけどさ!? まずはフォローしなければっ!


「そ、そんなことは――」

「論文書く時に、『えーと、概念図は俺が書いとくから、夕星ゆうづは他のパートを頼むな?』ってパパに優しい目で言われたもん……」

「あー……」


 未来の俺、正しい判断だな……これを論文に載せても、読者が大混乱するだけだわ。下手すると、この絵から新たな発明が生まれかねないまである。

 にしても、こっからどうフォローしたらいいんだよ……本人が気付いてしまっている以上、今さら上手だと褒めても何の意味もない。絵の良し悪しじゃなくて、他の視点で…………――ああそうだ。


「えーと、確かに独特な絵ではあると思う。伝わらない時も……あるかもしれない」

「……だよね」

「でもさっき夕は、すごく楽しんで描いてただろ? それも大事な事なんじゃないか? 少なくとも俺は、楽しんで描いてた夕を見て、うれしくなったぞ!」

「えええっ!?」


 俺の言葉を聞いた夕は、物凄く驚いた顔でこちらを見てきた。

 これは、フォロー失敗、なのか?


「……えっと、違った?」

「そうじゃないの! そうじゃなくて、そのぉ……実は、同じこと言われたことあるんだ……」

「同じ…………――あっ! それってもしかして…………未来の俺、だったり?」


 同じであることに驚いたのなら、そうではないかと思った。それに、夕が慕っている未来の俺なら、きっとそう言うのではないかとも。

 案の定と夕はうなずくと、その時の事を語り始めた。


「昔から絵は下手なのに何故か描くのは結構好きになってたの。でも、美術の時間に描いた絵をクラスメイトに散々馬鹿にされた事があって……だけどやっぱり捨てられなくて家に持って帰ったんだけど、見てたら悲しくなってきちゃってさ。そこでパパが、『味があって俺は好きだぞ。お前が楽しんで描いたんなら、それでいいんじゃないか』ってさ。ふふっ」


 そこで夕は懐かしげな表情でメモを見ると、


「ほんと、嬉しかったなぁ……」


 胸に当ててそうつぶやき、「今もね」と付け加えた。


「そっか。いいヤツだったんだな――ってのも変な話だが」


 やはり未来の俺も、考えることは同じだったようだ。


「うん。だから……もう一回、ありがとね♪」


 そう言って嬉しそうに微笑んだ夕を見て、俺はとても暖かな気持ちになった。


「ええと……もう一回、どういたしまして、なのかな? ハハハ」


 こんな夕が見られるなら、お安い御用ってやつだ――未来の俺もそう思ったに違いないな。

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