6-42 頓智

「それで、その夢の闇エナ技術がタイムトラベルにどうつながるんだ?」


 もちろん必要あって闇エナの解説をしてくれたのは分かるが、目にも見えず想像もつかない正体不明の物を理解するのは正直厳しいものがある。それよりも、男子たるもの、ロマンあふれる話の方が気になるのは仕方あるまいよ。


「ふふっ、じゃぁ次はお待ちかねのタイムトラベル……の理論のお勉強だね」

「……オウヨ」


 いよいよか! と期待したところで理論と言われてしまい……さらに難しい話が始まりそうで身構えてしまう。夕先生よ、さっきのような高度な物理学の話をされても俺の頭じゃ絶対に付いていけないぞ?


「あーなんだ、できるだけ分かりやすく頼むわ」

「は~い♪」


 手を挙げて軽い返事をする夕に少々不安を覚えるが……まぁ、俺の理解力をしっかり把握してくれているようだし、きっと大丈夫だろう。


「まずは……そう、知ってる? タイムトラベルって理論上は現在でも可能なのよ。実現可能なエネルギーと予算がないだけで」

「えっ、まじで?」


 そんな簡単な技術だとすると、青狸あおだぬきも百年後から来る甲斐かいがないな。


「ええそうよ。未来に行くなんてのは、アインシュタインが相対性理論を考え付いた時点で理論上は可能になったんだからね。――えっと、百年くらい前かな?」

「ふ、ふーん?」


 生憎と相対性理論がどういう理論なのか知らないし、名前を聞いたことがあるという程度だ。やはり難しい話になりそうな予感がする。


「だってそうでしょ? 浦島効果ってつまり自分が未来に行くことじゃない。あくまで片道切符だけど」

「浦島……――ああ、あの話か! たしか光速に近い動きをすると、周りより時間がゆっくり流れるとかいうやつ……で合ってる?」

「うん、ざっくり言うとそうね」


 宇宙旅行に行って帰ってくると、地球に残った知り合いがじぃさんになってるって話を物理の坂本先生が余談で語ってたけど、あれが相対性理論に関係する話なわけか。そう考えると、浦島太郎って人類初の時間旅行者ってことになるのかぁ……すると竜宮城は宇宙? 浦島さんが間違って宇宙こすも家に来たときのために、舞い踊りの練習でもしておこう。


「ちなみに亜光速とまでいかなくても、こうして動いただけでも時間の流れは遅くなるわよ?」


 夕はそう言って両手をわちゃわちゃ振っている。早速と舞い踊りの練習か?


「いやいやいや…………――ってマジなん?」


 夕は至極真面目な顔をしているので、信じがたいことにも本当のようだ。


「すると、俺達はいつもタイムトラベルしている、のか……?」

「おおお、確かにそう言っても間違いじゃないわね」

「なんだと」


 まさかタイムトラベルがそんなありふれた現象だったとは。


「まぁ速くとは言っても、超超超短い時間だから実感なんてできないよ。そうねぇ……ジェット機の中で一生暮らしたら、一ミリ秒くらい未来に行けるかしら? うふふ」

「……なるほどな。そりゃ誰も気付かんわけだ」

「そゆことぉ~」


 まあ、そうじゃなかったら、日常的に問題が発生しているはずだしな。


「それでね、未来に行くよりはるかに難しいけど過去に行くのも可能なんだよ。もちろん現在ではまだ実証はされてないけどね? 理論上では、宇宙ひもを使ったりワームホールを使ったりと、いろいろ方法は提唱されてるよ」


 夕はそう説明しつつ、左手で作った輪っかに指を突っ込んで右に引くと、するすると細長いひもが出てくる。――えっ、また手品? これもまた、この話を楽しく盛り上げるために用意してきたのかな。エンターテイナーだねぇ。


「えっと、宇宙ひも? なんだそれ……宇宙レベルで依存するひも野郎か? 未来にはすげぇやつもいるもんだな。ある意味尊敬だわ」


 タコ型の火星人の女(?)に養ってもらっている駄目な男を想像して笑ってしまう。宇宙に行ける力があるなら働けよ。


「ぷふっ……なによそれぇ~。宇宙に在ると言われてる大質量の十次元のひもの事よ。詳しい説明は大変だから後で適当にぐぐってみて。今の時代でもおおよそ解明されてるから。とりあえず、それを上手く使っても過去に行けると思ってちょうだい」

「ふーん」


 ひも野郎(十次元)を使ってどうやって過去に行くのかは分からないが、どうやら未来のひも野郎は机の引き出しよりも凄いらしい。四次元より六つも次元が上らしいから相当なもんだ。


「んまぁ、ひも理論は使わないのでおいといて――んっく」


 夕はぱっくんとさっきの紐を口に入れる。


「それも喰えるのかよ!」


 何でもかんでも口に入れていく手品師な幼女学者先生に、思わず突っ込みを入れてしまった。この子の口の中は宇宙なのか? あ、そういや昔こんなお菓子があった気がするなぁ……地球産の三次元品だったけど。


「今度はのどに詰らせるなよ?」

「失礼ね。抜かりないわ!」


 いや、さっきはこれでもかと言うほどベタに抜かったから、こうして心配してんだが? ――ってもしかすると、今は未来夕より口のサイズが小さいから? んー、流石に考え過ぎか。

 俺の心配をよそに、夕は無事に三次元紐菓子を飲み込んで説明を続ける。


「それで、あたしはワームホールの方を使って過去に飛んでるよ」

「ワームホール……虫の穴?」


 ただの素人の感想だが、ひも野郎と比べればそれらしい話に聞こえる。


「うん、虫食い穴のことね。ザックリ説明すると、入ると瞬間移動できる穴で、出口を亜光速で通り抜けると過去に行けるんだけど……んっと、まずはこれを見てもらったら分かりやすいかな?」


 夕はそう言ってポケットからメモ帳とペンを取り出す。続いて一枚を破って机に置くと、点を離れた位置に二つ描いた。


「ではクイズです。だいちくん、この二点を結ぶ最短経路はどこでしょう?」

「えっ?」


 またもや夕先生からのクイズだが、今度はあまりにも簡単過ぎて驚いてしまった。これは小学生でも分かる問題だ。


「最短経路って、そんなん……――こうだろ?」


 逆に裏がありそうで不安になりつつも、至極当たり前の解答である、二点を結ぶ直線を書いてみせる。


「うん、正解。ただし……経路をこの紙面内――二次元に限定したら、だけどね?」


 俺の答えが想定通りとばかりに、不敵に微笑む夕。

 やはりか。ここまでの話の流れで、そんな簡単なクイズの訳がないよな。うん、知ってた。


「…………と、言いますと?」

「ふふっ、真の正解はねぇ……――こぉよっ!」


 そう言って夕は、なんと…………紙を折曲げて二点を接触させた!


「ハイッ! 経路そのものがなくて、距離はゼロッ!」


 ドヤ顔で、バーンと目の前に紙を差し出してくる。


「――は? いやいや、そりゃズル過ぎだろ!」

「にっしし」


 夕はイタズラが成功した子供とばかりに、楽しそうにクスクス笑っている。まさかの、ただのトンチクイズだったとはなぁ……割と悔しいぞ。


「うふふ。でもね、パパをからかうためのクイズじゃなくって……この『ズル』こそがワームホールなんだよぉ?」

「えっ!?」


 驚きはしたものの、よく考えればワームホールの説明の途中で出たクイズなんだから、そりゃそうか。それでさっきは、瞬間移動できる穴って言ってたが……ええと、つまり?


「今あたしは紙を折り曲げて、紙面上以外の場所、紙面と紙面に挟まれた空間に経路を作ったの。つまり、二次元の紙にある二点を、三次元でショートカットしたって解釈できるわね」


 夕は解説しながら、紙を開いて閉じてと繰り返す。


「ふむふむ………………――ああ! そういうことか!」


 今の補足説明で、クイズとワームホールの二つが、この二点のようにバッチリ繋がった。


「俺たちが居る三次元上の二つの点を、四次元の経路を通ってショートカットして、瞬間移動する。その経路がワームホールってこと?」

「正しくは四次元ではないけど……ほぼ正解でーす! やっぱりパパはこねこねが上手ぅ!」


 今度はひざドラムではなく、膝をこねこねされた。さっきのコーヒーの話と同じで、応用力があるって言いたいのかな?


「まぁ……夕の例えが上手かったから、な?」


 これは常々思っていたが、夕の例えは実に分かりやすい。気を抜くと見た目にだまされそうになるけど、やはり賢い学者さんなんだなぁと思う。


「んー、この例えだけで新しい概念を理解するのは、とってもセンスあると思うよ?」

「そ、そうか」


 俺に対してだから補正が入っているのかもしれないが、こうして賢い夕に褒められると、嬉しさ反面むずがゆくなってしまうな。

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