6-43 会話

「それじゃ安心してくれたみたいだし、話を戻すわね」

「よろしく」


 タイムパラドックスの問題にひとまず納得したので、これで心置きなく未来話を聞けるというものだ。


「えっとぉ……ダークエナジーが取り出せるようになったところからかな?」

「そっからだな。――あーその、俺の杞憂きゆうで脱線しちまって、なんかスマンな?」

「んにゃ、パパの心配はごもっともだし、それにどのみち後で話すことだったから平気平気」


 夕は「そんなの気にしなーい」と手首から先をフリフリして、さらに言葉を続ける。


「そもそも、パパが望むのでもなければ説明を急ぐ必要もないし、いつでも雑談どんとこーいだよっ♪」

「……たしかに、俺が未来のことを聞きたがっただけだもんな」


 今朝の件以外には、緊急性のある情報はないということなのだろう。


「うん。だからパパが気になる事をどんどん聞いてね? それに、あたしはこうしてパパとお話すること自体が何より楽しいわけで、ぶっちゃけ話題なんて何でもいいの」

「む……なるほど」


 もちろん俺だって夕と話すのはとても楽しい。未来の話だけでなく、多岐に渡る深い知識や、独自のオモシロ解釈とか、ずっと聞いてても全然飽きない。それに同じ賢い子でも、夏なんとかさんよりもずっと優しい――いや、あちらさんも根っこはすごく優しいんだけど……地表に出る時にひん曲がっちまっててなぁ。


「それで人類はついに夢のエネルギー生成法を得たわけだけど……さてここでぇ、未来くーいずっ! その後の世界情勢はどうなったでしょーか?」


 ハイそこのだいちくんっ、と夕先生に当てられてしまった。


「え、えーと……そうだなぁ……」


 新たな技術革新が起きたら世界がどうなるか……これは実に難しい問題だな。学校の授業で当てられるレベルとはまるで次元が違う。それで素人には想像もつかんが、お手上げ状態ってのも情けないので、何かしら言ってみるか。


「たぶん、従来の化石燃料の発電が不要になって、産油国なんかは大変なことに――」

「お?」


 俺の答えの途中までを聞いて、夕が少し驚いた顔をする。


「――いや待てよ。そもそもそんな超すごい最先端技術を先進国以外がホイホイ使えるとも思えんし、仮に技術があっても電気って遠くまで送るのに向いてないから、各地に作るには膨大なコストが要るよな? つまりエネルギー資源が無尽蔵にあっても、それを使えるようにするためのコストは別問題ってわけだろう。…………なので、実は今とあまり変わらない?」

「おおお! パパすご――っぐっ」


 最後まで言い終えると、夕はさらに驚いた拍子に飴玉をのどつかえさせて目を白黒させている。

 背中をさすってやると、どうやら落ち着いたのか、


「――ふぃ~死ぬかと思ったぁ。ありがと」


 そう涙目で答える。こんな先生で大丈夫か? 死因:ダークマター、とかやめてくれよ?


「んーむ。でも最初は情報が錯綜さくそうするだろうし……エネルギーが安くなれば物価も著しく変動するといった流言で、一時は世界大恐慌のような混乱状態になったとか? そんなん下手したら戦争まで起きかねないな――って、すっかり夕の話に引き込まれてるじゃねぇか、ハハ」


 さらに思考を進めているうちに、だんだん楽しくなってきた。学校の社会科もこのくらい面白ければなぁ。


「(……パパはやっぱ賢いなぁ)」

「ん?」

「なっ、なーんでもないよー? あたしのお話が面白いと感じたのは、パパが――コホン、そう、あたしのはち切れんばかりの魅力の成せる技かもねん? ウフフ」


 夕はいつぞやのようにクネッとしなを作ると、自信満々の顔でぱちんとウインクしてくる。


「ぶふぉっ」


 うっかり吹き出してしまった。凹凸皆無ではち切れ度ゼロのちびっこが良くぞ言ったもんだ。食べ過ぎでお腹ははち切れるかもしれんけどな? まあ、そのポーズに色っぽさはないけど、大変可愛らしいとフォローはしておこう。


「ああー! ひっどーい! そんな態度だと、未来のあたしの魅力に土下寝することになるわよ? その時になって謝っても遅いんだからね!?」

「どげ、ね? 何だそれ」


 また新しい未来の専門用語かね。


「五体投地みたいな体勢の土下座で、最上位のジャパニーズ=シャザイ=スタイルとされてるわ。ジャンピング土下座と双頭を成す誠意ある謝罪らしいから、ここぞというときに使ってね」


 それが役立つような「ここぞ」っていつだよ。正義のロボットに負けた時か? あと、夕の色っぽさに土下寝することもきっとないと、思う、ぞ? ……そこでふと、夢に出てきた大人夕がクネクネと思考に割り込んできたが、首を振ってシャットアウト。


「それ、誠意あるのか……?」

「えぇ~? それはぁ――ぷふっ、無いんじゃ――くくっ、ないかしら? あははは」

「だよな!?」


 この一連の流れは冗談で言っていただけのようで、夕は首を傾げていたずらっぽく微笑む。さっき言っていたように、こんなどうでも良いやりとりが、ただただ楽しいといった雰囲気だ。

 んじゃこちらもお返しに。


「それはそうと、俺は賢くなんかないさ」

「はぇ? ……――え、ちょっ、ばかっ! ちゃんと聞こえてたんじゃないの! そういうとこよ!?」


 突然褒められたのが気恥ずかしくて、実は聞こえないフリしてたってやつだ。


「ハハ、今聞こえた。どうやら台詞までタイムトラベルしたらしいな?」


 でも顔を赤らめて抗議してくる夕が面白いので、話を合わせて追加でからかってみた。だが反省はしていない。だって……


「ぐにゅぅ~、その飄々ひょうひょうとした返しぃぃ! 今も未来も変わらないんだから……まったく、ほんとに、パパってば……んもぉ」


 ぶつくさ言いながらも、どこかうれしそうなのは気のせいではないだろうからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る