6-41 中二

「ふぅ」「ふぃ~」


 茶の間に戻って定位置に着くと、良い香りをさせているコーヒーに口をつけて、オシャンティーティータイムを堪能する。これが洋館のバルコニーで淡い日差しの中でケーキでもつつきながらとあれば、オシャンティー指数も最高値(当家比)を記録するところだが……古めかしき純和式家屋の我が家では望むべくもないし、そもそも俺みたいなザ庶民の子供には贅沢ぜいたくというものだ。

 それで気になるお味はというと、ネリネリとレンジによる絶妙な温度調整の成果なのか、インスタントコーヒー独特の安っぽい苦味が緩和されており、確実に美味しくなっていると思う。コーヒー通に言わせればまだまだなのかもしれないが、俺は違いの分からない男なんでね。

 ちなみに俺はブラックだが、夕はミルクと砂糖をたっぷりと入れたカフェオレのようだ。


「なんだ、やっぱ甘党なんじゃねぇか」


 卵焼きも甘いのが好みだったようだしな。甘いものが好きなんて言うと、子供っぽく思われそうでイヤってことなら、なんともお可愛いことだ。


「あ、これ?」


 でも夕は別にムキになるわけでもなく、自分のカップを少し傾けてこちらへ視線を送ると、


「んーとね、向こうじゃ普段ブラックしか飲まなかったけど……今は子供舌だから、こっちのあまあま~のが美味しいんだぁ」


 一般的にはありえない、その実にややこしい甘党事情を教えてくれた。


「――そうよ、そのせいで昨日は……くにゅぅ」


 そこで何やらブツブツ言いながら、少し渋い顔をしている。これでもまだ甘味が足りなかったのかな?


「てことは、卵焼きも元々は甘くない方が好きなのか?」

「あ、それだけは違って、いつの間にか甘い方が好きになっていたの。甘い卵焼きは、何というか、その……特別な感じがする……? ふふっ、言ってる自分でも良く分かんないんだけどね?」


 夕は眉間みけんに少ししわを寄せて小考したものの、すぐにフッと緩ませる。実際のところはそこまで気にしてないのかな。


「そんなこともあるんだな」


 成長と共に味覚が変化していくなら、甘党になるパターンがあっても不思議ではないだろう。

 それよりも、今の話で他に気になることがあったりする。


「それで、今は子供舌――」


 ――待てよ……未来での味覚と違うのは中身が二十歳だからだ。さらに目の前の身体にダレカが同居している事実を踏まえると、未来の夕の身体がタイムトラベルで縮んだということは考えにくく、ダレカがこの身体の本来の持ち主と考えるのが妥当だ。さらに、そのダレカは「夕」を自身の名前と認識していたので、確実に夕でもある。そうなると……あくまで予測だが、ダレカはこの時代を生きている夕であり、その身体に未来の夕の意識だけが同居している状態なのだろうか? あまりに常識外れな話ではあるものの、これまでに見聞きした情報と辻褄つじつまは合うな。うん、思わぬことが「交代」の謎解明につながったぞ!


「ああ、やっぱいい。順を追って説明してくれるんだったよな?」


 ただその案件となれば、あれこれ予想するよりも、大人しく夕の解答を待った方が良いだろう。もう非常事態は過ぎたのだからな。


「え? うん、そうね。お察しの通り例のややこいやつだし、その方が助かるかな」


 そこで夕は一口含んでカップを置き、ひざを回して体ごとこちらを向く。


「それでこの身体の説明をするには、タイムトラベルの説明からだよぉ」

「おおお!」


 待ってましたとばかりに、テンションが上がり出す俺。夢と浪漫の詰まったタイムトラベルとくれば、男子たるもの胸躍るというもんだよな!


「とゆーことでぇ」


 そこで夕は、わきの秘密の小袋から赤いメガネを取り出して装着すると、


「――おほん。では早速、タイムトラベルが実現するまでの歴史について触れていきますよ。置いていかれないように、分からないことがあったらすぐ手を上げて聞くんですよ?」


 指でくいくいっと上げて、落ち着いた口調でそう言ってきた。

 えーと、こりゃなんだろう。先生モード……んや、学者さんモードというわけか? ただまあ、聡明そうめいな夕にメガネはとても似合っていると感じるし、その仕草も自然で実に堂に入っている。こりゃ、未来だと普段からかけてたりするのかな。あと今は裸眼だろうし、するとこれは伊達だてメガネ――ってこんな小芝居のために用意してきたのかよ……そこ努力するところなの!?


「はい、お返事は?」

「へーい」


 あきれた流れで雑に手を挙げつつ生返事をしたが、これじゃただの素行の悪い生徒だな。いやぁ、だってさ……そりゃ分かってますよ? 中身はお姉さんで学者さんだってのはさ。でも、見た目がこんな可愛らしいちびっこ先生だとどうにも、な? ほら、しょうがなくね?


「いいもん、慣れてるし……」


 当然ながら俺の雑対応が気に入らなかったようで、ちょっとねてしまった。

 それで、慣れてるってのは……未来でってことだよな? ということは……。


「あー、深い意味はないんだがな? 未来での夕ってさ、身長どのくらいだったん?」

「えっ、なによ突然…………んっと、百――――五十㎝くらい、と言っても、いいかな……」


 その言い方は、どうサバ読んでも絶対百五十に届かないやつね。具体的に言うと一の位が六、下手したら五……中学生やん。

 そうか、本来の身体もかなり小さめで、しかもどうせ童顔に違いない。すると、研究のプレゼンとかしてても周りからは温かい目で見られて……それで少しでもめられないよう苦肉の策として、未来でもお堅い伊達メガネなんか着けてたり? 身長は努力じゃどうにもならんし、それに周りだって悪気はないだろうし……あくまで勝手な想像なんだけど、ちょっとだけ不憫ふびんになってきたぞ。


「でも急になんで?」


 とは言えだ、そんな失礼なこと考えてたなんてばれたら、さらに拗ねまくるだろうから、


「あー、未来のお前の姿をどう想像したら良いもんかと思ってな。純粋な興味ってやつ?」


 上手くごまかしてみる。俺も処世術が少しばかり身に付いてきたかもしれん。ひねくれたお手本様のおかげ様かもな?


「そ、そぉなの? うん、あたしに興味持ってくれるのはすごく嬉しいかな♪」

「う、うむ」


 半分は本音だけど……こうも素直に喜ばれると少し気がとがめるぞ? うん、やっぱ俺には向いてないな。ひねくれ王に、俺はなれない。


「さて! それで歴史とやらは?」


 鋭い夕が真意に気付く前に、脱線した話をドリフトする勢いで戻しにいく。


「え、うん。そうね」


 夕はふぅと息をつくと、真剣な顔をして説明を始めた。


「えっと、今からだと五年後かな? 第五の力フィフスフォースの解明が進んで、宇宙空間内のダークエナジーを利用する技術が確立されてね、そのジェネレートされたダークエナ――」

「いきなり中二臭い設定だなぁおい!」


 相手は小学大学生で中学な要素はないが、とりあえずそう突っ込んでみた。こいつはさすがに冗談が過ぎるってもんでは?


「失礼ね! ちゃんとした科学よ! そんな事言ってて、宇宙物理学者に袋叩ふくろだたきにされちゃっても知らないわよ?」


 夕は「あたしが代表として制裁しとくね」と小さな拳で俺の胃袋辺りをぺこぽこ叩いてくる。実に可愛らしい動きだけど、今その袋を砂袋サンドバッグとして袋叩きにするのはご遠慮願いたい。その攻撃は食後に効く。

 夕の反応が面白いので、ひとまず話を合わせてみようか。


「あーはいはい。それでその闇エナ(笑)とやらは何なんだ?」


 さきほどの夕のように、肩をすくめながらたずねてみた。俺の場合はさぞ小憎たらしく見えるんだろうなぁ。


「くにゅぅ、ぜっったいバカにしてるわね……」

「いやいや、とんでもないぞぉ?」


 決して悪気はない。ただ、夕が真面目な顔して面白い事を言ってきたから、ついつい、からかいたくなってしまっただけだ。ついでに、いつもからかわれているお返しってところで?


「……」


 夕は口をとがらせてジト目でこちらを見てくる。

 おっと、これはちょっと調子に乗りすぎたかな? そろそろマジで怒られそうな気配。


「いやーその、科学の歴史って聞いてたのに設定があまりにファンタジックだったもんで、てっきり夕が面白おかしく話を盛ってきたのかなーとか……思ってな?」

「――はぁ~、だからちゃんとしたサイエンスだって言ってるのに……んもぉ! 真面目に聞かないなら教えてあげないわよ?」

「すんません……」


 完全に悪ノリしてしかられる生徒である。

 となると、本当にダークエナジーとやらがこの世に実在してるのかよ。例えばそれを詰めた栄養剤が発売されたら、ダークエナジードリンク……副作用やばそう。おっと、こんなことばっかり考えてたらまた怒られるな。


「もう茶化したりしないから、続きお願いしますドウゾ」

「……んまぁいいわ。そのからかい方もなんだか懐かしいし……そうそう、特に小さい頃はよくされたっけなぁ、ふふっ」


 え、未来の俺ってば、いつもこんなことしてたのかよ……それでよく夕に嫌われなかったな。今さっきやってたヤツが言えたことじゃないけど、俺の将来が心配になってくるってもんよな。

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