6-39 年齢
ハラペコ緊急事態からの昼食も終わり、食後の一休みとなった。
「ふぅ~。もうお腹パンパンだよぉ~」
「はは、調子に乗って食べ過ぎたようだな?」
見た目がぽっこり膨れている訳ではないが、夕は少し苦しそうにお腹をさすっている。かくいう俺も、「多めに作ったから残りは夜にでも~」と言われていた分まで根こそぎ全部食べてしまい、夕同様に少々腹が苦しい。まさに
「だってぇ、料理してるときにすでに空腹の限界だったし……」
実に可愛らしい虫の音も聞かせてもらったもんな。以前の貧困詐欺といい、夕って意外にも腹ペコキャラだよなぁ。
「ほんともう、おなかとせなかが
「え? つい……しょうめつ? くっつくんじゃなく?」
おっと、また夕が小難しいことを言い出したぞぉ?
疑問符を浮かべて夕を見てみると、
「んっとね、粒子と反粒子が衝突して違う粒子になることだよ。本当にお腹と背中がくっついたら、それはもうお腹でも背中でもなくなって、違う次元のナニカが生まれるわけでしょ? だから対消滅とおんなじね♪」
例えの意味も含めて解説してくれた。
「なる、ほど?」
完全に理解できた訳ではないけど、どこか妙に言い得てるような気もするな。あとこんな妙チキな例えをするヤツは、きっと夕だけなんだろうなとも思う。そういや、たまに出てくるヘンテコ
そう思って感心していたところ、
「あ、これは無限やトポロジーの概念にも通じるよね。ドーナツの穴を残して食べる話と本質は一緒だわ。むむむ、この童謡ってば、とても奥深いわね……」
興が乗ってきたのか、夕はさらに訳の分からないことを言い出した。しかも割と本気の顔でだ。
「いやいやいや……」
童謡の作者は、絶対そんな高度なこと考えて作ってないからね? この子ってば、あまりに頭が良すぎて逆におバカさんなのかな? ほら、天才あるあるのヤツ。
そもそもだ、この夕の話はどう考えても高校で習う範囲すら逸脱している。つまり、大学以上の専門領域の話ってことだよな? ――となるとだ……もしかすると……。
「あのさ、未来では……その、夕は小学生じゃない、よな?」
今まではてっきり小学生だと思っていたが、それはあくまで現在の話であって、未来でもそうだったとは限らないのだ。それに、いくら未来とは言っても、こんなチート級にハイスペックな小学生が居るとはなかなか思えない。
「おおお! さっすがぁ! こんな見た目してるし、普通は固定観念に捕らわれて、そんなまさかぁ~と思うはずだけど……パパってば、やっぱすごいわねぇ」
「そう、か?」
「うん、とっても素敵だよ♪」
疑問に思ったことをそのまま言っただけなのだが、何故か褒められた。
それでどうやらアタリらしいが……小学生じゃないとすると中学生――いやもしかすると高校生、同年代くらいもありえるか? というのも、夕は無邪気な時と大人びている時の差が激しく、また女児の外見に思考がつられることもあって、精神年齢の予想がとても難しい。
「それで、パパの予想通り、向こうでは小学生じゃなくて……」
「……」
「大学生よ。あと、主に物理学を専門とする研究者でもあるわ」
「なん、だとぉお!?」
大学生! 研究者! 予想の
「え、えーと、研究者ってことは……お前ほんとは歳いくつなん?」
「こぉらぁ! レディにそんな気軽に歳を聞いちゃだめでしょ! このマナーは現在でも未来でも一緒よ! まったくもぉ、デリカシーがないんだから……」
「ごめん、つい……」
ぷんすかしている夕に、ひとまず謝罪する。突然降って
「んでも、この後で未来の話をするときにどうせ分かっちゃうし……」
人指し指を唇に当てて、むむぅと少しだけ悩む夕だったが、
「――こほん。中身は二十歳よ」
そのお歳を正確に教えてくれた。
「うそやろ……」
大学生ってことは、そりゃ当然そうなるんだけどさ……まさかの、歳上だった、なんてぇ……
「まじか……まじなのか……」
「おほほ、まーじですことよぉ♪」
手を口に当てる芝居がかった仕草でそう言って、俺が驚く様子を楽しんでいる。
そう言われれば確かに、これまでに度々と出現した特別真剣モードの夕は、まさに歳上らしい大人な雰囲気と言動だった。目の前に幼い姿があるからどうしても子供と思ってしまうが、例えば声だけで大人モード夕と話をしたなら、少々声が高めのお姉さんとしか思わないだろう。
そうか……昨日は「大人な子供」って例えたけど、
「となると……夕、さん、とお呼びした方が良いです?」
「あはは。パパにお姉ちゃん扱いされるのも、それはそれで新鮮で楽しいかもぉ? ――ねぇ~、だ・い・ち・くん♪」
夕は俺の鼻を指先でチョンとして、不敵な笑みでからかってくる。
「ぐぅ」
こうして本当は歳上だと知ってしまうと、余計に手玉に取られてる感が増してくるぞ! これはマズイ、狂戦士に攻撃バフまでかかったじゃねぇか!
「――んっとまぁ冗談はさておき、向こうではパパの方が歳上で、ずっと娘として過ごしてきたから、今さら歳上扱いされるとむず
「ん、分かった」
見た目とのギャップで頭が混乱するので、それは助かるな。でもちゃんと歳上への敬意は持っておかないとか……とは言っても、元々最大級に尊敬してたわけだし、今までと何も変わらんちゃ変わらんのだけど。肩書が変わろうとも、夕は夕だ。
それで二十歳と言われたものの、俺が想像する一般的な二十歳の能力を遥かに超えているような気がする。良くは知らないが、大学生=研究者ではないのだろうから。それに二十歳と言えども俺と二歳しか違わない訳で、それがみな夕ほどに優秀だったなら世の中はもっと良くなっているはずだ。
つまり、元々からして超ハイスペックお姉さんで、それが小学生の身体になって完全チートレベルになったってことかぁ。いやぁ、こんな夕に誇れる人間になるとか、とんでもない目標を立てちまったもんだよな……そりゃ俺なりに頑張ってはみるけどさ。
でも、もしやこれは朗報でもあるかもしれないぞ。ほら、夕の中身が歳上ということは……例の件も実質セーフなのでは、とか思ったりなんかしちゃったりして? 今朝のなーこ先生も属性に寄るものではないって言ってたしさ――ってもしかして、なーこはここまで読んだ上で、あの見立てを!? そうだよ、夕を小学生とは到底思えないって言ってて、それが実際にこうして当たってた訳だしな。……うん、あいつの洞察力やっぱ尋常じゃねぇな! マジで一生勝てる気しねぇわ!
そうしてひとり黙考している間に、
「あっ!」
夕が何かとてもイイコトでも
うん、夕のこの声色の「あっ」は絶対ろくでもないこと。オレシッテル、コレヨクナイ。
「でもあたしの方からは、たまに『だいちくん』って呼んであげるね? そういうのも新鮮でイイもんでしょ? にっしし」
ほーらやっぱり。オレシッテタ、コレヨクナイ。
「……ちなみに拒否権は?」
「あると思ったぁ?」
「でっすよねぇ……」
それが本来適当とされる呼び方だから、これ以上なんも言えねえぇぇ…………ああもう、歳下がこんなに不利だったとは! こんなことなら知らなきゃ良かったよ!
「せめて、ヤスとかの前でだけは勘弁な……」
「あら、遠慮しなくてもいいのよ? だいちくん♪」
「ぐぬぅぅぅ……」
ああ、今後こうして増々と手玉に取られるんだろうか……こんなんじゃ、夕を見返すなんて夢のまた夢、十年早いってやつだ。それにしても、あっちの世界の俺はどうやってこんな
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