6-38 万倍

 完成した料理を二人で茶の間に運び、テーブルに配膳はいぜんすると、横に並んで着席する。


「無事に完成したな」

「そうね」


 目の前を見れば、外側だけは綺麗きれいな卵焼きが切り分けられて小皿に載せられ、その横に約束された勝利のうどんカルボナーラが王者の風格をまとって大皿に鎮座している。さらにはどこの妖精の泉からき出したのか、コンソメスープがしれっと並べられており……夕ってばいつの間にスープまで作ってたんだ? ――あっ、さてはうどん用に沸かした湯を予め分けておいたのかな。この料理長、マジで一分のすきもない手際だな。


「ふふっ。なんだかうれしいな」

「え?」


 俺が下手なりにも何とかマトモなもん作れたから……にしては大げさ?


「だってほら――」


 そこで夕は、その小さく柔らかな右手で俺の左手をつかんで持ち上げると、


「はじめての~、共同作業~」


 卵焼きに向かって突き出した。


「おい、料理しただけだろ!」


 お前ってやつは! 恥ずかしげもなく! すぐこういうことする!


「でも共同作業でしょ? それに切り分けたよね?」

「卵焼きを! 俺一人で! だがな!?」


 くっそぉ、妙に通った屁理屈へりくつ言いやがる。


「うふふ。パパってば照れちゃってぇ、かーわいい♪」

「くっ」


 そういうお前だってほんのり赤くなってるくせに……でもそれがまた……ええいクソ!


「はぁ……そりゃどうも……」


 絶好調に戻ってご機嫌マックスの夕に、もはや突っ込む気力もなくなるわ。二人で料理できたのが、そんなに嬉しかったんだろうか……んまぁ、落ち込んでるよりよっぽどいいけどさ。

 だが俺の方も、自分用に幾度となく作ってはきたが、こうして二人で二人のためにご飯を作るというのは……うん、確かにいいもんだな。

 あ、一緒に料理と言えば……小さい頃にお袋のお手伝いをして、それを家族皆に褒められながら喜んで食べてたことも、あったっけなぁ……懐かしいな。でもその家族は、もう誰一人としてここに居らず……だけどその代わりに、新しい小さな家族が横に居てくれているのか。本当に、世の中不思議なもんだよな。


「パパ……どうかしたの?」

「あ、いや。なんでもない」


 少し感傷に浸りながら夕を見ていたので、どうやら心配されてしまったようだ。


「ふふっ、へんなパパね。――さぁて、麺が伸びないうちに食べましょ」

「おっと、そうだな」


 夕はくすっと微笑むと、早く食べようと催促してくる。


「ではお手を合わせて~」

「「いただきます」」


 夕の掛け声に合わせて合掌し、料理への期待を膨らませる。

 さて何からいこうかと考えていると、


「じゃ、さっそく~」


 夕が卵焼きを一切れ箸で摘んで、その小さな口にひょいぱくと放り込む。

 失敗していないだろうかと不安になりながら見ていると……夕はすぐに目がキラキラ星になって、満足そうにモグモグと咀嚼そしゃくし始めた。どうやら成功のようで良かった良かった。

 その夕の様子があまりに幸せそうだったので、そのままじっと見ていると……夕は少し照れたのか口をむっととがらせて、中身をごくりと飲み込んだ。


「もぉ~じっと見ないの!」

「すまんすまん。味が大丈夫だったか気になってな?」


 半分嘘だが方便ということで。


「うん! あまあまですっご~く美味しいわよ!」

「よーしっ」


 見てて丸わかりではあるものの、そう口にして言われるとより嬉しくなる。夕のことだし、ダメならダメとオブラートに包みながらも言うだろうからな。

 ではと俺も一口食べてみると、


「あまっ! ――でも、これも悪くないもんだな」


 普段はしない味付けに少し驚くが、良い半熟具合も合わさってこれがまた美味い。うん、料理長のおかげで、調理スキルがひとつ上がったかもしれないな。


「旨味のある出汁巻きもいいもんだけど、あたしは甘々派だわ~」


 あと、夕の好みを一つ知る事ができたのも収穫だったかもな。

 続いてメインのうどんカルボナーラを取り分けて、早速と麺を一口すすってみる。


「おお、このうどんのモチモチ感がいいな。パスタとはまた違った美味しさよ」


 この太い麺に絡みつくクリームチーズが圧倒的物量の旨味を送り込んできて、さらに黒胡椒こしょうの絶妙なアクセントも相まって、最強の名を欲しいままにしている。もはや美味しいのが当たり前過ぎて、逆に驚かないまである。

 気付けば次々と口に吸い込まれていき……こんなん永久に食える気がするわ。


「気に入ってくれたみたいね。でもそんな慌てなくても料理は逃げないわよぉ? むふふ」


 夕は先ほどのお返しとばかりに、取りかれたようにがっつく俺を丸っこい目でじーっと見つめてきた。


「……あ、ああ」


 子供っぽいところを見られて恥ずかしくなり、目線を外して冷静なフリをしておく。


「にしても未来料理、大したもんだ」

「もー、そんな大げさなものじゃないのに。なんだったら百年前でも作れるわよ」

「ん、そりゃそうか」


 流行を先取りしただけで、特殊な材料があるわけでもない。情報って大切だよな。


「んにゃ……やっぱ中華調味料がないから、この味を百年前に完全再現は流石に言い過ぎだったわ」

「調味料?」

「うん。赤い缶に入ったペーストのやつね。スタンダードだと顆粒かりゅうコンソメだけど、これはあたしのアレンジ要素のひとつかなぁ。とってもコクが出るの」


 あぁ、何と書いてあるかすらも読めない缶から、淡黄色で流動状の怪しげな調味料を入れてたっけか。当然夕が持ってきたわけだが、騒動の後にそんな余裕は絶対無かっただろうし、今朝の玄関に置いてあった秘密の袋に入ってたのかな。


「へぇ。そういう調味料、てっきり夕はあんまり使わないのかと思ってた」


 何というか、一流の調理人は邪道みたいに思ってそう。誠に勝手なイメージだけど。


「そんなことないわよ? 鶏骨と豚骨から出汁を取るなんて、本来はすっごい手間と時間がかかることをすでにしてくれてるんだから、最高峰の時短とも言えるからね? こんなの使わない手はないわ」

「へぇ」


 どんな怪しげな調味料でも、良いものなら認めて積極的に使うと。なるほどね。

 解説は終わりとばかりに、夕の方もむしゃこらと食べ始めた。

 その食べっぷりは見ていて気持ちの良いもので、ついつい見入ってしまうが、またねられても困るので俺も食事に専念する。


「ぷはぁ~」


 夕はスープを飲んで盛大に息継ぎをすると、すぐに箸休めと卵焼きに手を伸ばす。


「う~ん♪ この甘味が身体に染み渡るわぁ~」

「こんなんで良ければいつでも作ってやるよ」

「やったぁ!」


 夕は左手だけで万歳をして嬉しそうにしているが……そこまで喜ぶことか?


「そうは言っても、お前のが百倍上手く作れるだろうに。大げさなヤツだな」

「ええっ!? ……まさかそれ本気で言ってるの?」

「そりゃそうだろう」


 例え天地がひっくり返って星が大地に落ちても、夕の調理技術に勝てる気なんて一ミリもしない。


「はあぁぁ~~~」


 ついさっきまで喜んでいたかと思えば、夕はすぐにあきれた様子になってため息をつく。


「な、なんだよ」

「調味料!」

「え?」


 なんのこっちゃね。特に怪しいもんは入れてないぞ? 星ウィンナーじゃあるまいし。


「だーかーらー、前に靖之やすゆきさんが言ってたでしょ?」

「……ヤスが?」


 あいつはいつも意味不明なこと口走るから、どれのことやら。

 夕は察せない俺にしびれを切らしたのか、


「もぉ! あ~い~のっ、調味料!」


 恥ずかしげもなくそう言い放った。


「んな!」


 弁当のときにアホが叫んでたあれかよ……そういや夕は感心してたもんなぁ。


「パパがあたしのために作ってくれるってだけで、あたしにとっては万倍美味しくなるのよ。そんなの、あたしが仮に百倍美味しいの作ったところで勝てるわけないでしょ? もぉ~、ほんとおバカさんなんだから……」

「えぇ……」


 夕は左手の平を上に向けて肩をすくめ、軽く首を振ってヤレヤレしている。欧米人が呆れたときにやる、あのイラッとくるジェスチャーな。ただ、夕がやると可愛らしさの方が勝って、別に腹が立ったりはしないけど。


「なによ、納得いかないって顔ね?」

「ん」

「それなら、パパだって……その、美味しいって言ってくれた……よね?」

「いやそれは、お前の腕が達人級だからであって――」

「それだけ?」

「……むぅ」


 ……えっとまぁ、本当は分かってるんだけどさ、単純に料理が洗練されてるからだけじゃないって。こうして、夕の想いの丈を知ってしまった今ではな……。

 でもさ、そんなん、照れくさくて言えるかよ! こちとらお前みたいにATK全振りじゃねぇんだよ!


「……そっか」


 そうして黙って答えないでいると、夕は少しだけ悲しそうな顔をしてうつむいてしまった。

 むぬぬぅ…………ええいもう、わかったよ!


「調味料」

「え?」

「すっ、少しは足されてるんじゃないかな?」


 でもやっぱりこっ恥ずかしいので、反対側を向いて言ってやった。


「!」


 すると横で息を飲んだ気配がし、すぐさま俺のそでがちょいちょいと引かれる。

 それで向き直ってみれば、そこにはなんと……少しほおを染めつつ、いたずらっ子の目でニヤニヤしている夕が居た!


「おっ、おまえ! おまえってやつは!」

「えへへ」


 だからさぁ、そのしおしお演技はマジでズルイからやめろってのに!

 そこで反則技にはジャッジからの厳しい制裁とばかりに、


「んひゃっ」


 宇宙頭砕拳でこぴんを食らわせておく。


「ごめんなさぁい。…………あと、ありがと」


 すると夕は、少し反省の色を出しつつも嬉しそうにニヤけるという、何とも器用な顔をして見せた。いたずらが半分、でも本心も半分……なんだろうな。ほんと困ったやつだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る