6-37 失敗
不肖の弟子こと俺は、割ったり混ぜたりですら苦戦しつつも、ようやく焼く段階まで
「焼くコツなんかはある?」
「そうねぇ……最初にフライパンをしっかり中火で熱しておくこと、卵液を一度に入れすぎないこと――んと、その量なら三分割がいいよ。あと、こまめに気泡を
カルボナーラソースを煮込みながら、端的にコツを伝授してくれた。夕のことだから、恐らくは他にも色々と高度なコツがあるに違いないが、今の俺ができる範囲内で見繕ってくれたんだろうな。
「了解、善処する!」
言われた通りにできるかはさておき、正解を聞いておいたのは大きいはずだ。
「おっとと、
我が家のコンロは二口であり、うどん用の鍋とカルボナーラ用の大フライパンで丁度埋まってしまっているので、卵焼き用に場所を空けようとしてくれているようだ。
「そんくらい俺がやるよ」
踏み台に乗った状態から熱湯を運ばせるのはいささか不安があるので、そう言って代わりにシンクまで運ぶ。先ほどから足を引っ張ってばかりだし、せめて力仕事くらいはして役に立たないとな?
「うふ、ありがと♪」
こんな
そうして無事にコンロが空いたので、早速と卵焼き用フライパンに油を敷いて中火で熱し、卵液の入ったお
むむぅ……ただ卵焼きを焼くだけなのに、妙に緊張してきたぞ。なんというか、夕に格好悪いところをあまり見せたくないなぁとか、思ったりなんかして。まぁ、散々「お待ちっ」を食らいまくっておいて、いまさら感が否めないんだけどさ。
ふと隣を見れば、うどんカルボナーラはそろそろ仕上げ段階といった雰囲気である。こちらもモタモタしてはいられないようだ。
「よしっ」
フライパンからうっすらと煙が出始めたので、言われた通りに卵液の三分の一ほどを静かに入れる。すると次第に表面から気泡が出てきたので、箸でツンツン突いて潰しておく。
続いて卵液の下半分程が固化したので、そろそろ頃合いと見てフライパンを手前に傾けて奥の隅から巻き始めると……うん、いい感じだ。手前から奥の隅に寄せたブロックは滑らかで色ムラもなく、美しい卵焼きに見える。
そしてそれが焦げつかないうちにとの思いから、慌てて次弾を投入し――
「「あ」」
油敷いてねぇぇぇ……せっかくコツを聞いたのに、俺は何やってんだ!
「え、えーと、初回のが少しは残ってるから大丈夫……かも? フライパンの材質や手入れ次第なとこもあるし、なんとも言えないけど……」
料理長からささやかなフォローがあったが、やはり不安しかない――とはいえ、卵液は現在進行形でジュワジュワと焼け始めている。もはや後戻りはできないわけで、このまま続けるしかない。
気持ちも落ち着かないままに二回目が固まってきたので、箸を入れて巻き始めるが……
「くっ」
やはりフライパンに
「がんばれがんばれパーパ!」
夕の方の料理は完成したのか、両手に持った菜箸を小さく左右にフリフリしながら応援してくれている。俺はそれを励みに奮戦し、くちゃっとなりながらも巻いて寄せておく。
「よし、ラスト」
ここで気持ちを切り替えて、二重の意味で上手く巻き返したいところだ。
まずは忘れずに焦げカスを取って油を敷くと、残りの卵液を
「ふぅ~、何とかなったか」
「あら、有終の美の卵焼きね」
「はは、そうかもな」
途中で失敗はしたものの、少なくとも外見に関しては過去最高の出来と思われる。料理長からの評価も上々のようだし、これで味良しなら成功と言って良いのではなかろうか。
「これも夕のアドバイスのおかげだな。助かったよ」
「いえいえ~。あたしが仕事で忙しいときはパパに作ってもらわなきゃだから、上手くなって欲しいもん。なぁんてね~? にしし」
夕は何やら意味深な発言をしながらニヤニヤしている。
「仕事?」
その単語にふと今朝の夢を思い出し、さらにこの夕の様子……ああっ!
「――ってぇそういう意味かよ!」
「むふふ♪」
はぁ、夕にとってはこれも先行投資ってわけか……まったく油断も隙もねぇな。これでは
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