後編

6-35 昼食

 すでに座っている夕に急かされつつ茶の間に入ると、俺も隣に座布団を敷いて座る。夕は先ほどまでの落ち込みからはすっかり回復したようで、いつもの元気を取り戻しているようだ。うん、良かった良かった。


「えっと、さっきの事情の説明というか弁解をしなきゃなんだけど」

「おうよ」


 早速本題とばかりに、夕が切り出してきた。

 事情というと……何故、誰と、どういう仕組みで、「交代」していたか、だよな。


「ただ、昨日も言った通り、その前にいろいろと話しておかないといけない前提があってね?」

「……未来の知識?」

「そそ。それで、まずはタイムトラベル――」


 くぅぅぅ~


「はうあぁっ!?」


 言いかけたところで、突然夕のお腹から、小動物の鳴き声のような可愛らしい音が鳴る。

 あーこれ、貧困詐欺のときを思い出すなぁ、懐かしいなぁ。そう思って自然と遠い目になる。


「なっ、な、なんでこんなぁ……」


 一瞬前までは真面目な顔で解説しようとしていた夕だが、今は顔をで上がらせながらお腹を押さえてワタワタ大慌てしている。うーん、なんというか、ちょっと気の毒になるな。

 ここで俺はどう反応してあげるかだが、聞こえなかったフリするのも流石に無理があるし、


「……まずはタイムトラベル、よりもまずはご飯、かな? 俺も腹減ってたしその方が助かる」


 ひとまずと昼食の提案をし、俺もお腹空いてたしシカタナイヨネー感を匂わせておく。


「は……はい……」


 すると夕は、消え入りそうな声で提案に同意するものの、


「……そのぉ、さっきまでの極度の緊張から解放されて、ほっとしてたらつい……あぁぁ、もぉぉぉ、恥ずかしさで溶けてなくなりそうよぉ!?」


 随分と気にしているようで……あぁそうだ。


「そんな腹の音くらい全然気にしなくてもいいのによ。まったく気にしぃだなぁ?」


 そうは言っても、女の子としてはもちろん大問題なわけで、


「んな! 乙女は、き・に・す・る、に決まってんでしょぉ!?」

「うおっとと」


 そうくることは想定済み。めっちゃにらまれて想定よりビビったけど。


「――さて、元気出たようだな?」

「えっ? あ……んもぉ! ………………ありがと」

「はは。んじゃ飯にしよう」

「うんっ♪」


 なーこのひねくれ誘導スキルの見様見真似と言ったところだが、上手くフォローできたようで良かった。あと、まさか夕から一本取れるとは、ひねくれ名人に感謝感謝。



   ◇◆◆



 そうして早速と二人で台所へと向かう途中、


「……にしてもパパってば、一体どこであんなテクを?」


 さきほどの俺らしからぬ一本に不正の匂いでも感じたのか、審判のチェックが入る。


「……秘密だ」


 なーこのことを出すと、何やらあまり良くない気がしたのでひとまず黙秘。


「ん~~? あやすぃ~」


 すると夕は、さらに何かを察したのか、こちらをじぃとジト目で見つめてくる。


「はっは、秘伝奥義につき、そう簡単には教えられんなー」


 そんなやましいことではないにしろ、そう濁して目線から逃れるように台所へ速歩きで入るが……


「あっ! なんてこった……」


 そこでゆゆしき問題に気付く。


「え、どしたの?」

「食材が、全く、ない!」

「あ」


 夕の交代騒動でそれどころではなかったので、買い物になんて当然行けていない。もちろん夕の方も、そのような精神的余裕など全くなかったはずだ。


「まずいな……今から買い出しに行っていたら、ゆ――俺が餓死してしまう」

「うん、パパが餓死しちゃマズイもんね? ほんとしょうがないんだから~」


 いや、本当はお前のが余程ペコちゃんで大ピンチなんだからな? 状況分かってます? またお腹で飼ってる小動物が鳴き散らしてもフォローしないぞ?


「……パンはないし、とりあえず炊飯器をセットして二人で買い出しかな」


 最寄りのスーパーで買い物して戻ってくると、それだけで一時間はかかるが……それしか手はないのでやむを得まい。まぁ二人でシリアルをもしゃる手もあるにはあるが、たぶん料理長が許してくれないだろう。


「パンは無いけど、冷凍うどんがあったよね?」

「あ、そだな」

「んじゃ主食はうどんにして、あとタンパク系の食材は……確かチーズと牛乳と卵に、少しだけベーコンがあったかしら。野菜はプチトマトくらいしかなかったけど……うん、いけそうね」


 料理長殿は、昨日の冷蔵庫探索の際に宇宙家食材を全て把握したらしい。マジ優秀。


「でも、うどんに合うのは卵くらいか……たまにはそういう質素なのもありだが」

「んや、全部使うよ?」

「ま?」


 うどんにチーズはいくらなんでも無茶じゃ……いや、料理長の腕を疑うわけじゃないんだけどさ、常識的な感覚ではおかしいよね?


「ええ、だってカルボナーラだもん」

「……え? パスタはないぞ?」

「うん。だから、うどんカルボナーラよ」

「え! そんなんアリなん!?」


 確かに同じ麺類には違いないし、いける……のか? 素人には分からん。


「うふふ。実は何年か後にプチ流行する料理なんだ」

「なんと!」


 まさかの未来料理――ってほど大それたものではないけど、そういう流行の先取りみたいな不思議なこともできるわけか。ささやかなお得感だなぁ。


「手早く作れてすごく美味しいから、期待しててね?」

「おうよ」


 まぁこの料理長がそう言ってるんだ、美味いに決まっている。未来の流行なんかよりよほど信頼できるってもんよな。

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