Interlude The eyes in the sunshine (8)

 こうしてわたしは、自身の彼女への恋心に気付いてしまった。だが、彼女同様に、この想いを伝えることはないのだろう。恐らく彼女は至ってノーマルであろうし、そもそも想い人が居るのだから、困らせてしまうだけに違いない。

 それはそれとて、彼女とは少しでも長く一緒に居たいと感じるし、もっと親密になりたいものである。


「ああそうだ、ひ〜ちゃん」


 そこで、さらに仲良くなるための提案しようと切り出してみる。


「なんでしょう?」

「その……できればもっと砕けて話して欲しいのだけれど、ダメかい?」


 彼女は誰にでも丁寧に話すため難しいかもしれないが、もしこのお願いを聞いてくれるならば、それは特別なことであり、とてもうれしいものだ。わたしが彼女を特別と感じて自然と口調が変わったこともあり、もしかすると彼女も応じてくれるかもしれないと淡い期待を抱く。


「あー、えーと、同級生の方にはこれが私の標準と言いますか……すみません」

「そう、だったね」


 まだまだ彼女の特別にはほど遠いようだ。昨日会ったばかりなのだから、それは至極当然なのだけれども。だからがっかりなど…………――してるさ! 悪いかね!?


「あ、あ、そんなにしょんぼりしないでくださいよぉ。仲良くなればいつかきっと、ね?」

「本当かい!? ――こほん、ではその時が来るのを楽しみにしているよ」


 彼女が心情を察してフォローしてくれると、わたしは条件反射のごとく大喜びしてしまった。――やれやれ、現金なものだ。まったくあきれてしまうよ。

 するとこれは時期尚早であったので、他の手で距離を縮めに行きたいものだが、何かしら気の利いたことは――ああそうだ。


「あー、ところでひ~ちゃん。明日の放課後は空いているかい? ええと、駅前にオシャレな喫茶店が出来たから一緒にどうかと……思ってね?」


 むう、聞いてみたは良いが、いきなりで嫌がられないだろうか――ってこれではまるでデートに誘う男子ではないか!? ど、どうしたら良いのだ……ああもう、思考が全然まとまらないよ!


「えっ? ええ、空いてますけど、わたしとでよろしいのです?」

「もちろん! ほ――こほん」


 わたしの懸念をよそにすんなりと快諾が得られて、またもや浮かれてしまう。思わず「他でもないキミとだから行きたいのだよ」と口から出てしまうところだった。鋭い彼女には、これだけで伝わってしまうかもしれない。


「分かりました。ふふっ、楽しみですね♪」

「うん! わたしも楽しみにしているよ」


 ふっふっふ、早速とデートの約束を取り付けられたぞぉ。率直に言って物凄ものすごく嬉しい! うん、ものは言ってみるものだね。彼女の性格からして、男子であったならばそう簡単には通らないお誘いだろうし、今は自分が女子であることに感謝というものだよ。まあ、そのデメリットの方がはるかに大きいが、とりあえずは置いておこうか。

 そうして内心浮かれつつ、そろそろ戻ろうとベンチから立ち上がると、彼女も頃合いと見たのか合わせて横に並ぶ。だがそこで、


「あああ、待ってください!」

「ど、どうかしたかい?」


 彼女が突然何かを思い出したかのように、大きな声を上げる。それでわたしも何かを忘れている気がして……さらに嫌な予感までしてきた。


「なーこさんの恋バナを聞いていません!」


 そしてその予感は的中した。

 そうだった。話を振った時にその可能性は考慮していたものの……今となれば困る。なぜならほら、いくら何でも片思いの相手に恋バナをする訳にはいくまいよ?


「……ええと、また今度ではだめかな?」

「ダメですぅ! それはズルイですっ! 恋バナルール違反ですよぉっ!」


 妥協案を提示するも、彼女は絶対に譲らないという強い意思を見せている。ルール違反なのかはさておき、確かに彼女の言い分は大変ごもっともである。そうなれば、方向性を変えないと説得は厳しそうか。


「でも日も落ちてきているし、そろそろ戻った方が良いのでは? 流石にそろそろ心配をかけてしまうと思うけれど?」


 これは筋も通っていて、良い逃げ口上ではないだろうか。ひ~ちゃんの優しい心につけこむようでとても気が引けるが、この状況では贅沢ぜいたくを言っていられない。


「むむむ……確かにそれはいけません。分かりました」

「うむ、納得してくれたようで良か――」

「では、好きな方が居られるかだけ教えてください!」

「んなっ!?」


 ええい、やはりひ~ちゃんからは逃げられないのか! そもそもこの子は、何故寄りにも寄ってこのタイミングで思い出してしまったのだい!? わたしがそうと気付く前であれば、堂々と居ないと言ってお終いであったところを! ぐうう……キミは本当にわたしを困らせる名人だね! でもそんなキミを好きになってしまったのだよ、まったくもう!


「お時間はかかりませんよ? 居るか居ないかの一言だけなんですから! さあ、さあ!」


 彼女はわたしをじっと見つめながら、徐々に顔を近付けて来た。

 この子ときたら、普段は大人しいのに、気分が高揚すると物凄くグイグイ来るのだね。あと顔が近過ぎてドキドキしてしまうから、二重の意味で止めて欲しいよ。

 どうやらこれは、答えずに済ませるのは不可能と……ああ、れた弱みとは良く言ったもので、わたしはもうひ~ちゃんには勝てないのだろうね。


「わ、分かった、観念するよ。わたしに想い人が居るか……だね?」

「はいっ!」


 ああもう、そんな期待に満ちた瞳で見ないでくれたまえよ。うっかり「キミだよ」と言ってしまいたくなるではないか。


「そ、それは……」

「それは?」

「い……」

「い?」


 ここで仮に居ないと言っても、彼女の瞳の前では何の意味も成さない。

 なぜなら、わたしが言いたくないのだから。例え嘘であっても、彼女に向かってなど、絶対にだ。

 だけれども、この見つめ合った状態で正直に言う訳にもいかない。

 そこでわたしは、彼女の真横に回って少し背伸びをする。

 すると彼女は不思議そうな顔をしたが、わたしはその耳元に手を当てて口を寄せていく。


 そして、唯一彼女のeyeから見えないその場所で、


「――るよ」


 見えない愛をそっとささやくのだった。

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