Interlude The eyes in the sunshine (7)

 これでわたしの疑問もすべて解消し、本日の騒動は一通り解決となった。思えば今日は、突然取り乱したり幼子のようにあやされたりと、随分と恥ずかしいところを見せてしまったものだが……そのお陰で、こうして彼女の素敵な所を沢山知ることができたのだから、タダでは起きなかったということにしておこう。

 それでこのまま部室へ戻っても良いのだが、せっかくの二人きりの機会なので、彼女の事をもっと知りたいものだ。


「時間は平気かい?」


 空はあかね色に染まりつつあり、時刻はすでに十七時半。つまり皆からすれば、わたしがかれこれ一時間近くお手洗いにもっていることになる。ただ、気が利く彼女であるから、部室を出る前に何かしら上手く言ってくれていることだろう。


「はい。なーこさんを探しに行くと言って出てきてます。あと、あの角で待ってた時に、何かあればすぐ連絡するとメールもしてありますよ。なので心配はかけていないかと思います」

「ふふっ、流石だね」


 その適切な対応もだが、わたしが一番気にしている事を瞬時に察してくれるところが。ちなみに、あの場の全員の電話番号とメアドは交換済みである。


「では何かお話――そう、もっとひ~ちゃんのことを聞かせて欲しいな」

「ふえ? はい、そんなことでよろしければ。ええとぉ、何のお話をしましょうか?」

「そうだね。では、女子らしく恋バナの続きでもいかがかな?」


 気になる彼女のことの中でも、特にそれが断トツで気になる。先ほどの話では、二人の関係がどうなっているのかが今ひとつ見えなかったので、是非とも続きをお聞かせ願いたいものだ。


「えっえぇ! そ、そぉれわぁ……」


 だが彼女は恥ずかしそうにうつむいてしまった。つまり、突けばまだ何か出るということだ。


「まあまあそう言わず、少しだけで良いからさ?」

「………………んむむぅ、ちょっと、だけですよぉ?」

「ふふ、うれしいね」


 彼女は渋々ながらに了承はしてくれたので、わたしはそれに微笑み返す。

 こうして恋バナを振ったからには、わたしに振り返される可能性もある。だが、わたしは生まれてこの方恋心を抱いたことなど一度もないので、居ないとキッパリ答えるだけの簡単な仕事だ。万事つつが無し。ただ、そうなるとわたしが一方的に聞くだけになり、少々悪い気もするが……まあ、きっと恋バナなどそのようなものだろう。なにせ手芸部三年による恋バナとくれば酷いもので、聞いてもいないのに部長が勝手にしゃべり出し、ついでと振られた残り全員は居ないの一言なのだから。自分を含め、女子として本当に大丈夫だろうかと少々心配になる。


「それで……先ほどはああ言っていたけれど、実際のところはどうなのだい? 本当は彼のことが好きではないのかい?」

「んええ! ちょっちょ、なーこさぁん!? いきなりソレいくんですかぁ!? むぅ、ちょっとって言ったのにぃ……」


 恋バナ情緒も何もなく核心に攻め込むわたしに、彼女は大層ご不満のご様子である。さもありなん。


「ふふ、なにせ今は飾らないわたしだからね。単刀直入に聞くのさ!」


 絡め手は先ほどすでに使っており、これ以上は本当に嫌われてしまいそうなので却下である。


「そんなぁ……そのしゃっきりなーこさんは、あまり恋バナに向いてないのでわぁ……」

「くっくっく……違いないね」


 そうは言っても飾る飾らないはあまり関係なく、中身に問題があるのだ。そもそもわたしは恋愛未経験者であり、まともな恋バナなどもしたことがないのだから、司会に向いていないにも程があるというもの。論理立てて行う討論ともなれば、数々の手練手管を持ち合わせてはいるが、感情が支配するこの場においては役に立ちはしないだろう。我ながら情けないものだ。


「……それで?」

「うーん……さっき言った通り、大地君は恩人ですが……そういうのはない、ですね……」


 言葉自体は先ほどと同じものではあるが、少し弱気に言いよどんでおり、完全否定という訳でもなさそうである。もしかすると、自分でもはっきりと気持ちが分からないのだろうか。これは問い詰めてみる価値はありそうだ。


「え~、ほんとにぃ~?」

「……はい」

「ほんとにほんとぉ~?」

「…………はい」

「ぜ~んぜん、ほぉ~んのちょっぴりもぉ~?」

「……」


 恋バナ向きではないそうなので、こちらのノリでガンガン攻めさせてもらう。どうだい、それらしかろう?

 そうしてじっと見つめていると……


「――っ」


 わたしの視線に耐えかねたのか、彼女はスッと顔を逸らした。

 さらにそれは、しまったと言わんばかりの焦りの表情に変わる。


「ふっふっふ~、ひ~ちゃんやぶれたりぃ~♪」

「もっ、もぉ! 私が隠し事苦手なの知ってて、こんなのズルイですよぉ! むうう~」

「まあまあ、そうねないでおくれ」


 ジト目で唇をとがらせて、彼女なりに精一杯怒った顔を作ってはいるものの、申し訳ないが可愛さしかない。


「ほら、隠し事ができないのはお互い様で、わたしも先ほどは色々筒抜けであったのだから。そう、お相子あいこということでいかが?」

「むむむ……しょうがないですねぇ」


 つまり攻撃した者勝ちという、実に分かりやすい図式だ。読み合いによる巧みな攻防戦を好むわたしとしては少々面白くはないが、内容が不得意分野となれば贅沢ぜいたくを言っている場合ではないし、そもそも心の奥底まで見通してくる子を相手に裏読み合戦など、負け戦も良いところだ。


「そ~れでそれでぇ~?」


 続きを聞いてみる――とは言っても、流れから答えは容易に予想されるもので、ただの確認に過ぎない。


「はい……仰る通り少しは――」


 そのはず、であったのだが……


「ありますね」


 実際にその答えが直接耳に入った瞬間、わたしの胸にズキリと痛みが走った。

 ……なっ、なぜだ……どうしてわたしは今………………そんな、これでは、まるで……。


「どうされました?」

「あはは~、なんでもぉないよぉ~?」


 不思議そうにする彼女に対して笑って誤魔化し、内心では焦りを募らせる。この鋭い彼女は、わたし自身も良く分からないこの気持ちすらも、察してしまうのではないかと。


「……じ、じゃぁ~? 告白とかぁ~するのぉ~?」


 それで彼女の注意を逸らそうとするあまり、気付けば聞きたくもない事を口走っていた。


「ってぇ~そんなの早い――」


 だがすぐに後悔し、慌てて無かった事にしようとするが、


「いえ、それは絶対にありません」


 想定外の冷たく強い否定に遮られて、絶句する。その彼女の口調と真剣な眼差しからは、確固たる意思が伝わってきて、到底照れ隠しなどの類ではないと感じられた。またそれは、想いの深さとは関係なく、その行為自体が許されないことだと言っているようにも聞こえる。そして普段の朗らかな彼女に隠された暗い影が、その少し悲しげに伏せられた顔に垣間見えた気がした。


「どうして……だい?」


 彼女の心の奥底に秘められたその不穏な何かを、知っておきたいと思った。そしてかなうのであれば、今度はわたしが、それを消してあげたいと心から願うのだった。


「私にそんな資格――って、あわわ、喋りすぎましたぁ!」

「……え?」


 彼女は突如として語りを打ち切ると、両手を振って見るからに慌て始めた。


「こっ、これでおしまいですっ! ほら、ちょっとって言いましたからね?」

「いやいや、そうは言ってもだね……」

「だ~め~で~すぅ~」


 指でバッテンを作りながら可愛らしく舌をべぇっと出す彼女に、一瞬クラリときてしまう。――ぐぅ、その仕草は流石に卑怯ひきょうではないかね。

 ただ、直前の深刻な雰囲気とは打って変わって、不自然なほどに明るい様子を見せる彼女に……やはりわたしは不安を感じてしまう。そうなればこの件は、安々と触れて良いことではなかったのかも知れない。また、彼女が告白の可能性を否定した時に、不思議とホッとしたわたしが居て……何故かその自分をとても醜いと感じており……合わせて激しく後悔を抱くのだった。


「……無理に聞いてしまって、本当にすまない」

「んーん、大丈夫ですよ。だってこれは恋バナなんですからね? うふふ」

「ああ……それもそうだね」


 彼女がそう言ってくれているのだから、もう気にしないことにしよう。


「それに……きっとなーこさんには、いつかお話しする時が来ると思いますよ?」

「えっ!? …………ありがとう」


 これは、いずれは大切な話ができるような相手になると、期待してくれているのだろう。先ほどとは逆の立場となったが、本当に嬉しい。この素敵な彼女と互いをもっと良く知り合って、いずれはもっと特別な間柄になりたいものだ。

 ああ……この子の事が知りたい。知れば知るほど、もっと知りたくなる。それこそもう、とにかく何でも知りたい!

 それは未知への恐怖に対する手段でもなく、知的好奇心を満たすためとも違う……胸の高揚感を伴った心の奥底からくる熱い欲求であった。


「そうか……」


 そこでわたしは、この初めての感情の正体に、一つ思いあたった。

 そう、これが『恋』というものなのかもしれない。

 しかもこれは、世に言う一目れ――いや、一瞳惚れというものだろうか?


「……くっくっく」


 いやいやいや……まさかこの偏屈者なわたしが人に惚れるような日が来ようとは、それこそ夢にも思わなかった。

 しかもだ、よりにもよって女の子に一瞳惚れとは……我が事ながらに何とも度し難いことだよ。


「どうかされましたか?」

「……なんでもないよ」

「ふふっ、へんななーこさんですね♪」

「っ」


 朱色の陽光に照らされる彼女の微笑みに、大きく鼓動が跳ね上がってしまう。

 ああ、これは随分と……効くものだね、ふふふ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る