Interlude The eyes in the sunshine (6)

 こうして本題から脱線したかのように思えるが、実のところ根っこは同じ話だと予想している。そのため、もう疑問は解決しているようなもので、あとは確認するだけだ。


「すると、わたしがお手洗いではないと察した件も、これと同じ理由なのだね?」


 状況からの予測はまず不可能であり、あの瞬間にわたしの瞳を見て察した以外には考えられない。そもそもこの正直者な彼女が、「そんな瞳をしていましたから」と言っていたのだから。


「はい、そうです。手芸部で席を立たれた時のなーこさんの瞳からは、それまでの皆さんを想う優しさに加えて、焦りや決意のような深刻な雰囲気も感じ取れました。それは、今からお手洗いに行く人の瞳には、とても思えませんでしたので」

「……うむ。良く分かった――いや、正直なところ、わたしにはその鋭い超感覚は分かりかねるけれどね。ただ、それがひ~ちゃんという子なのだろうと、不思議と納得はしたよ」

「えーとぉ、そんなに鋭い……でしょうか?」


 彼女は小首を傾げて、あまり納得していない顔をしている。恐らく彼女にとっては当たり前の感覚であり、それを特別とは感じていないのであろう。先ほど彼女は、彼らはわたしの素敵なところが見えていなかったと言っていたが、実際に分かりあえずいさかいは起きているのであり、やはり普通の人にはそう簡単に見えるものではないと思う。


「ああ、キミはとても鋭い――とは言っても、洞察力が優れているとは少し違うのかな。うん、その瞳で心の機微をつぶさに感じ取っているのだね。率直に言ってすごいものだよ」

「うーん、自分ではそう思わないんですけど……そういえば前の学校でも、そんな風に言われたことがありましたね」


 わたしもよく人の思考・行動を言い当てたりするものだが、それは観察による情報の蓄積によって相手の人格・行動原理を把握し、整合性の取れる行動を前提に論理立てて予測する──いわゆる推理である。一方で彼女は、相手から漏れ出すわずかな感情の起伏を読み取り、思考・行動を直接予測しているのであろう。それはわたしも多少は併せて推理に用いるが、彼女のその予測精度は、もはや常人の域を逸脱しているように思える。そう、会ったばかりのわたしの瞳を見ただけで、その気持ちを読むなど信じがたい事で……つまりそれは、彼女のサトリのごとき才能なのであろう。

 そう考えて納得しかけた矢先……


「ただ、なーこさんの場合はですね……そのぉ……んんとぉ……」


 彼女が含みのある事を言い出し、途中で言葉を切ると、まゆをハの字に困り顔をした。


「なんだい? 遠慮などせずに言って欲しいな。優しく思慮深いキミが言うのだから、わたしがそれに怒るようなことには絶対にならないよ」


 名指しの情報ともあれば、是が非でも聞いておきたいものだ。なぜならそれは、彼女の類まれなる超感覚に加えて、わたしに何らかの落ち度があって読まれたという事を示唆しているのだから。


「色々な意味で、言っても良いのか迷うんですが…………なーこさんは……」


 そして彼女は少々言いよどみつつも、


「すっごく顔に出やすいのです!」


 実に意外なことを告げてきた。


「ふむ……そんな事はないと思うけれど?」


 何を馬鹿な事を。今も内心とても驚きはしつつも、こうして冷静な顔を保って──


「今もすっごく驚いた顔をされてます!」

「んなっ!?」


 ――いなかったらしい。


「………………そ、それほどに、なのかい?」

「ええとぉ……はい。それほどに、です」


 彼女は実に申し訳無さそうにしてはいるが、ハッキリとそう言い切った。


「ハ、ハハハ……なんという、こと、だよ……」


 ひ~ちゃんは隠しごとが下手だなあ、などと内心で微笑ましく思っていたのに、わたしの方がよほどド下手だったとは! こんなもの、恥ずかし過ぎるではないか!


「あのぉ……もうこの際なので、ついでにお伝えすると――」

「いやいや、待ってくれたまえよ……まだ続きがあると言うのかい……?」


 正直これ以上は、耳をふさぎたいものだが……聞かない訳にもいくまいか……はぁ。


「は、はい。お付き合いの浅い私でも気付いたくらいなので、手芸部の皆さんはとっくの昔にご存知かとぉ……」

「なん、だっ、てぇ…………うそ、だと、言っておくれ……」


 あまりのショックに、頭を抱えてうつむいてしまう。

 そうか……こちらは相当に考えを巡らせて先読みをしているのに、何故かあの子達に先回りされる事があり、とても不思議に思っていたのだが……まさかのそんなオチだったのかい!? 


何故なぜ誰も教えてくれなかったのだろう…………まさか――っいやいや」


 一瞬思い浮かんだことを、首を振って打ち消す。それは絶対にない。


「ええそうです。悪気なんて全く無くて、ただのイタズラ心からだと思いますよ? きっと、努めて冷静にお話しされているのに、表情だけがころころと変わるなーこさんが可愛くて仕方なかったんでしょうね、うふふ」

「そっ! そう、なのだろうか……でもあの子達なら、うん………………ううう、恥ずかしくて卒倒しそうなのだが!?」


 はあ、まったくあの子達ときたら……これは流石にイケズというものだよ。表情を隠せないピエロとは何とも皮肉なものだけれど……でも、あの子達がその不出来な演目を楽しんでくれていたのなら、それはそれで良しとしようか。――もちろん悔しいけれどね! 後で覚えていたまえよ!?


「あ、あ、でもですね! 口調と同じで、きっと心を許している方にしか、普段は見せないのだと思います。ふふ、やっぱりなーこさんは、皆さんが好き好き大好きなんですね♪」

「ええい、よしてくれたまえ! 面と向かって言われるとむずがゆくて仕方がないよ!」

「うふふ、照れているなーこさんもとっても可愛らしいです。これは皆さんのお気持ちも分かりますねぇ~」

「っ!」


 困ったものだ。この子にはまるで勝てる気がしない。もし過去に戻れるものなら、「なーこさんには敵いませんね」と言われて少々鼻が高くなっていた愚か者に、即刻縮めるよう伝えてやりたいものだね! 

 でも……それをうれしいと感じてしまっているわたしこそが、本当に困ったものだよ。

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