Interlude The eyes in the sunshine (5)

 中庭南東のベンチまで連行されたわたしは、ひ~ちゃんと二人仲良く並んで座った。校舎の時計を見上げれば、現在時刻は十七時頃。初夏の日暮れ前の柔らかな陽光が木々の隙間すきまから差し込み、時おりそよ風が身体を吹き抜けていく、とても心地良い空間である。


「さて、それでわたしと――っ」

「……どうされました?」


 今さらながらに、いつの間にか飾らない硬い口調になっていたことに気付き、慌てて口をつぐむ。ちなみに飾るとは言っても、今では偽りの自分を演じているという感覚もなく、場の雰囲気に応じた使い分けに過ぎない。ただ、それも相手を選ぶものであり、飾らずに話すのは手芸部の子達と真面目な話をする時くらいのものだ。でなければ……


 ――なぁおい、お前ぜってー俺らのこと見下してるよな?

 ――そーそー、ちょっと勉強できるからって、何でいつもそんな偉そうなんだ?

 ――てかさぁ、この前のA子の話とかさぁ……どっから知ったわけぇ? ぶっちゃけキモイ。


 ……うっかり嫌なことを思い出してしまった。だがそれは、何もかもを暴こうとし、誰彼構わず無遠慮な物言いをしていたわたしの不徳の致すところであり、加えて当時は彼らが何に怒っているのかもイマイチ理解できない馬鹿者であったのだから、これぞまさに黒歴史と言うものだ。そうして刺さった黒いとげは、今でもわたしの心をさいなみ続けている。だがそのおかげと言って良いのか、諍い薔薇の種をかぬよう、が立たぬよう、無害なで飾り立てることを覚えたのだけれども。

 ともあれ、ひ~ちゃんを驚かせてしまってはいけないね。もはや手遅れ感は否めないが、少しばかり飾り物オシャレをさせてもらうとしよう。


「……どんなぁ~おっはなしぃ――」

「ふふっ」

「えっ?」


 前触れもなく微笑んだ彼女の様子に、わたしは首を傾げてしまう。


うれしいです」

「えっ!? …………――なんのことぉ、かなかな~?」


 一体どこに嬉しがる要素があったのだろうか。彼女が何を考えているのか、本当に読めない。ただ先ほどの件もあって、それを怖いとは感じなくなっており……今わたしの中にあるのは、純粋に彼女のことを知りたいという気持ちのみだった。


「その、何と言ったら良いか分からないんですけど……しゃっきりとした? 途中からはそんな話し方をされてましたよね」

「――っ。そのぉ……イヤ~、だったかなぁ~?」


 彼女に嫌われたくない、そう思って焦りが混じる。


「いえいえとんでもない! それが嬉しかったと言ってるんですよ」

「ええっ!?」


 想定外の返答に驚くと共に、内心でホッと胸をで下ろす。

 理由は分からないものの、幸いにも彼女は飾らない口調の方が好みらしいので、そうさせてもらうとしよう。


「……そのような事を言われたのは初めてだよ。キミ、相当に変な子だね――っとごめ――」


 マズイ、変えた拍子につい。


「うふふ、よく言われますよ。ありがとうございます」


 一人で焦るわたしをよそに、またもや予想外の返答をする彼女。


「いや待ちたまえよ。何故お礼を言われるのか、まるで分からないのだが……」


 一般的に、変な子と言われて返す言葉ではないだろうに。それこそ変な子だよ。


「えと、だって褒めてくれましたよね?」


 逆にわたしの疑問が分からないとでも言うように、小首を傾げられてしまった。


「な!? そ……そうか。うむ、確かにそうだね。キミが正しい」


 なぜならすでにわたしは、彼女のヘンテコで不思議なところに魅力を感じているのだから。心の機微にさとい彼女には、表面的な言葉などよりも、内なる思いの方がよほど伝わっているのであろう。


「……それで、嬉しいと言ったのは?」

「はい。このしゃっきりなーこさんの時は、今の変な子と仰ったように、飾らない本音でお話しされてますよね」

「ふむ? その通りだが、それは大抵の人間には疎まれるもので…………痛いほど身に染みている」


 それだと言うのに、何故キミはそう言ってくれるのだろうか。


「いいえ、しゃっきりなーこさんも、とてもカッコ良くて素敵です! なので、ええと……その方達を悪く言いたくはないのですが……きっとなーこさんの素敵なところが、ぜんぜん見えてなかったんでしょうね。とても、悲しいことです……」


 そう言った彼女は、まるで我が事のように辛そうに目を伏せる。彼女の身体は慈愛でできているのだろうか。


「そう……か……」


 この心に聡い彼女に言われると、わたしが間違っていただけではなかったのだと、そう思えてくる。その彼女の言葉は、陽光のようにわたしの心を照らし……長らく刺さっていた黒い棘が、少しばかり抜けたように感じた。

 なのでわたしは、しっかりと彼女の瞳を見つめ、心からの感謝の気持ちを伝える。


「ふふっ、キミにそう言ってもらえただけで、救われた気がするよ。本当にありがとう」

「そっ、そんな、なーこさんってば大げさなんですからっ!」

「大げさでも何でもないのだがね? くっくっく」

「もぉ!」


 ほおを染めて照れている彼女も実に可愛らしく、機会があれば積極的にねらっていきたいものだ。


「――こほん。それとですね、これは予想なんですけどぉ……手芸部の皆さんには、普段この話し方をされますよね?」

「え!? そ、そうだね……時と場合に寄るけれども」


 これまた驚いた……一体全体どういうことだろう。彼女の前では何もかも筒抜けではないか。ことわりもって推し量る――推理はわたしの専売特許のはずなのだが、これでは廃業かもしれないね。それが何業かは知らないが……探偵?


「――いやしかし、すごいものだね。キミにはそのような場面を一度も見せていないのに、何故そう思ったのだい?」

「うふふ、そんなの簡単です。あとそれがさっきのご質問の答えですよ♪」

「なんと……」


 それなりに物事を識っていると自負しているわたしが、全く分からないというのに……キミにはそれが簡単な事だと言うのかい? 正直ショックを隠せないのだが。


「それはですね……」

「……う、うむ」

「瞳です!」

「………………メ?」


 バッチリ種明かしをしましたよ、と言わんばかりに、彼女はドヤ顔で大きくうなずいている。

 それが大層可愛らしいのは認めるが、またもやその説明では流石に困るというもの。まさかこの子は、読心サトリの瞳を持っているとでも言うのだろうか。魅了チャームに加えてそれもとは、少々欲張りが過ぎるのではないかね。

 それは例えにせよ、どうにも彼女は独特の感性を持っているようで、それを人に説明するのが少々苦手なのかもしれない。根気が入りそうなものだが……それを、理解したいと思う。


「……すみません。これではさっきと同じでしたね、えへへ」


 わたしの困り顔で説明不足に気付いた彼女は、照れくさそうに微笑むと、詳しく話してくれた。


「そのですね、なーこさんが皆さんに向けられる瞳が、ものすごぉーく優しいのですよ。なので皆さんを本当にとっても大切に想っておられると、それこそ一目で分かりました。またそれは、皆さん側からなーこさんへも感じられるものです。さっきわたしが兼部を申し出た理由はいくつかありますが、それがその一つなんですよ。とても心優しい方が集まっている、素敵な部だと思いましたので!」

「おお! 嬉しい事を言ってくれるではないか。ま、少々照れくさいけれどね? ふふっ」


 皆はわたしに心の居場所をくれた掛け替えのない存在であり、今日訪れたばかりの彼女にさえそう感じてもらえたことを、心から喜ばしく思う。


「ああ……それでという訳かい」


 これでようやく彼女の話が一筋につながった。


「はい。飾らない本音で話すというのは、心を開いている方にでないと、難しいですから。なので、こんなに早く私を仲間と認めてくれたんだなぁって、すごく嬉しいなぁって……」

「うむ。先ほどまでは、わたし自身もハッキリそうとは自覚してはいなかったのだが、キミの解説を聞いてその通りだと気付いたよ。そういう訳で、もうキミはわたしの大切な仲間だ」

「ふふっ、ありがとうございます♪」


 わたしに認められたことがよほど嬉しかったのか、彼女は満面の笑みを浮かべる。……うむぅ、そこまで喜ばれると何とも面映いものだね。


「あとそれに、ついさっきは慌てて口調を変えようとされましたよね?」

「ん……そうだね」


 ここまでの話からすると、飾ろうとしたことで残念がるはずなのだが、あの時彼女は逆に嬉しがっていた。これは一体どういうことだろうか。


「昨日お会いした時や今日部室に居た時には、なーこさんの口調に……ええと、バリア? のような一歩引いた雰囲気をわずかに感じていました。でも他の皆さんに話される時は感じられませんでした。それについては、さっきのお話で過去にお辛い経験をされたのだとお察しして……色々納得していたところです」

「う、うむ……」


 今では飾ること自体を楽しんでいるのは間違いないが、依然とバリアとしての役割も兼ね備えており……実に正確な分析である。


「ですが、さっき口調を変えられた時には、ただただ私を気遣う思いやりの心を感じました。なので、なおさら嬉しくなっちゃったのですよ♪」

「なるほどね……」


 つまりそれは、「気を使う」と「気を遣う」の違いという事だろう。普段の飾ったわたしは周りとのいさかいを防ぐために気を「使って」いるのに対して、先ほど慌てて飾ったわたしは彼女を驚かせないように気を「遣って」いたのだと。……いやはや、本当に良く見ているものだ。わたしは非科学的なことを信じないたちだが、先ほど例えたサトリというのも、あながち間違っていないのではと思ってしまう。


「なんと、キミはそこまで察して……いやはや、今日はキミに驚かされてばかりだよ。ドッキリは失敗したけれど、これで十分に意趣返しができたのではないかい? くっくっく」

「そっ、そんなつもりじゃないですよぉ……むぅ、分かってて言ってますよね?」

「いやいやまさか。わたしは察しが悪いものでねぇ?」


 もちろん彼女をからかってのことであり、ついでとばかりにニヤニヤしながらすっとぼけておく。


「んもぉ~っ! やっぱりなーこさんはちょっとイジワルですぅっ!」

「うむ、違いないね。ふふふ」


 案の定と彼女は頬を膨らませて、ぷいっと横を向いてしまった。

 キミがそんな可愛い反応をしてくれるものだから、わたしもついついイジワルをしたくなってしまうのだよ。つまりはキミの自業自得、カワイイは罪なのさ、くくく。


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