Interlude The eyes in the sunshine (3)

「……なんだいもう、ひ~ちゃんではないか」


 顔を上げると、両手を上げてアワアワしているひ〜ちゃんの姿が目に入ったので、すぐにスタンガンをポケットへと戻して立ち上がる。


「なっ、なーこさん………………おかしいなぁ……なんでぇ……?」


 首を可愛らしく傾げる彼女は、わたしに先手を打たれて驚きつつも、わたしであることは分かっていた様子だ。なれば部室を出た後から尾行されていたと考えるべきだが、そうして怪しまれるような行動は取った覚えもなく、一体どうしてバレてしまったのだろうか。……うーむ、彼女のことを良く知らないこともあって、現状の手持ちで推測するのは難しそうだ。

 それはさて置くとしても、ここで隠れて構えていた理由にも見当がつかない。ベタな理由として、いわゆるドッキリという線もあるにはあるが……ひ~ちゃんの生真面目な性格からすれば、恐らくはないと思われる。


「……どうしてぇ~ここに~?」


 別に全く怒ってはいないけれど、あえてジト目で見つめながら、曖昧あいまいな問い方をして出方を探る。こう問われると、人はより話しやすい方について答えるため、先に出なかった方が本題――もしくは共通の理由と予想できるのだ。


「え、えーとそのぉ、ですねぇ…………さっきはちょっとイジワルされちゃったので、お返しにびっくりさせちゃおう、かなぁ、なんて思っちゃいまして……ごめんなさい」


 ひ~ちゃんは、そう言ってしょんぼりと肩を落とす。


「はぁ~もぉ~……」


 なんと、まさかの本当にドッキリのためだったとは! この子ってば、ふわふわしてる割には意外と負けず嫌いなのだなぁ。それにこんな真面目な顔をしておいて、なかなか茶目っ気あふれることをするものだ。いやはや、何とも不思議で行動が読めない子だよ。


「結局~あたしが驚かせたしぃ~? 別に〜いいよん?」

「しゅみません……」


 少しフォローしてはみたものの、彼女は依然と哀れなウサちゃんの顔をしている。それはわたしと仲良くしたいと思ってのことであり、そんなもの怒るどころか逆にうれしいと言うのに。多少茶目っ気が混ざろうとも、やはり生真面目には違いないのだ。……さてはこの子、カワイイの塊なのでは?


「もぉ~、そんなしょんぼり〜しないのぉっ!」

「あ……はぁい♪」


 わたしが両頬りょうほほをツンツンとしてあげると、すぐに頬を緩めてくれた。うん、さらに可愛くなったね。


「――ええと、でも何で私が居ることが分かったんです?」

「ん~? それは簡単~だよだよっ!」


 わたしはそう言って、角の先の地面を指差してネタばらしをする。そこには、南西から差す太陽光によって生じる建物北西角の影が北側の通路に映し出されているのだが、その建物の直線的な影に沿う形でわずかに曲線の膨らみ、つまり人の影が混ざって写っていた。


「えっと……影、ですか……? ――あっ、ほんとです!」

「そゆことぉ~」

「むむむぅ、こんなちょっとの影なのに見つけちゃうなんて……やっぱりなーこさんには敵いませんね、えへへ♪」

「!」


 そう言って微笑んだ彼女は信じがたいほど可愛らしく、きっと男子ならばコロリとやられてしまうほどで……いやあ、危ないところだったよ。――っとそれよりも、本題となるもう一つの疑問、わたしの行動が読まれた件について再考しなければ。

 まず、わたしはかなり速歩きで玄関へ直行しているので、部室を出た後すぐに追わないと行き先は分からない。また、ドッキリをするなら部室の入り口で良い事もあり、最初からお手洗いではないと確信して追いかけて来たことは確実だ。そうなると部室内で気付く要素があったことになり……実は窓の閉まる音が本当は聞こえていて、聞こえていないフリをしていた――いや、そのようなことをする意味が全くない。加えてこの子は、さっちゃんいわく隠し事が「ド下手」なのだから。

 やはり分からない。いかなる推理を経て辿たどり着いたのか……悔しいけれど聞いてみるしかないようだ。


「……どうしてぇ~分かったのぉ~?」

「えっと……なーこさんがお手洗いじゃないと分かった理由、でしょうか?」


 この曖昧な問いにそう答えるということは、やはり偶然に見つかったのではなく、何かしらの根拠があってのことのようだ。


「そ~そ~」


 さあさあ、わたしを出し抜いたそのカラクリ、早く教えたまえよ。


「そうですねぇ……そんな気がしたから、でしょうか?」

「…………はい? いやいや、何――なにを言ってるの~かなかなぁ~? あははは……」


 本当に意味が分からなかった。

 そのような曖昧な理由で行動を読まれてしまっては、こちらはたまったものではない。

 やはり何か隠して――いや、そのような雰囲気ではないし、まずこの子は隠し事をできない。


「んーとぉ、なーこさんがそんなをしていましたから……」

「!?」


 それはつまり……わたしと目が合ったあの一瞬で、わたしの考えを読んだという、こと……なの?


 怖い


 つい昨日会ったばかりの付き合いだというのに? 


 怖い 怖い


 それはもう……超能力の域ではないだろうか。


 怖い 怖い 怖い


 不思議な子だとは思っていたが、もはや何を考えているかすら全く分からない。


 怖い 怖い 怖い 怖い


 今もこの澄んだ瞳で、わたしの心を見透かしているのだろうか。


 怖い 怖い 怖い 怖い 怖い


 臆病おくびょう者のわたしの中で、理解の及ばない彼女への恐怖が膨らんでいくのを感じる。


 怖い 怖い 怖い 怖い 怖い 怖い


 ――っ……いけない、ひ~ちゃんはアイツらのような悪意を持った子では……でも……。


「キ、キミは……」


 ここまで恐怖が膨らんでしまっては、もう止めるのは無理だった。


「ごっ、ごめんっ……」


 気付けばわたしは、彼女から逃げるように駆け出していた。

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