Interlude The eyes in the sunshine (2)

「ふぃ~」


 わたしは玄関に向かって廊下を進みながら、緊張からの解放で軽く息を漏らすと、直前にこちらを見てきたひ~ちゃんの意図を考える。あれは偶然目が合っただけとは思うのだが、彼女のことは正直まだ量りかねていて分からない。それというのも、生真面目で心優しい子であることは間違いないが、合わせてどこか不思議な雰囲気もまとっているのだ。特にあの心を見通すような澄んだひとみを向けられると……思わずドキリとしてしまう。やましいことではないものの、隠し事には違いないので、余計にそう感じるのだろうか。

 そうして答えの出ないことを漫然と考えながらも、足早に中央玄関を出て西側へと歩き、渡り廊下を横切って校舎裏へと回り込む。ちなみに我が銀高校舎は「冂」の形をしており、正門および中央玄関が南向き(下向き)に対し、目的地の部室前の小道は校舎北側(上側)を東西に伸びているのだが、西側からしか入れない袋小路になっている。どう考えても不便な構造なのだが、普段は誰も使わないのだから誰も困らないのである。現に部室前の小道に続く校舎北西角に近付いた頃には、周りには誰も居らず閑散としていた。

 そこでわたしは、一人で犯人と鉢合わせした場合を想定して、ポケットの中でスタンガンを握っておく。これは直径三㎝強の筒状USB充電器に偽装された暗器のようなもので、市販品と同様に直接相手に押し当てても使用できる。さらに、振る等による反動も利用して内部の電極線がテーザー銃のように射出される機構にしており、それが触れた時にボタンを押しても感電させられる――とは言え激痛にのたうち回る程度であり、法には触れない威力だ。そのように突如手元から高速伸張し迫るケーブルともなれば、武術の達人でもない限り避けられない、はず。もちろん自分以外の生き物相手に使ったことなどないけれども、物相手にはそれなりに練習してある。ちなみに、指紋認証でわたし以外は使えないため、紛失したり奪われたりしても安心だ。

 そうして身構えながら、ゆっくりと建物の陰から先をのぞくが……小道には誰も居らず、犯人はすでに立ち去った後であった。だがそれはもちろん想定通りであり、ここには痕跡こんせきを探りにきたのだから何の問題もない。それにもし変質者だった場合は、いくら武器があるとは言えども戦うのはとても恐ろしくあり、うっかり遭遇する事態にならなかったことは素直に喜ばしい。

 それでまずは現場検証と、周りを警戒しつつ部室の窓まで移動していると、窓付近の地面に白い手袋状の物を発見した。拾い上げて観察してみれば、右手の親指から中指の三本と甲だけを覆う薄手の布手袋であり、特殊な用途が想定されるものだ。また所どころ擦り切れて表面には満遍なく汚れが見られるものの、これは通常の着用によるもので、長期間野晒のざらしとなったことによるものではない。そうなれば、犯人の所持品にほぼ間違いないと言える。

 そこで弓道部の宇宙君達が犯人と仮定するならば、これは弓道で着用するものと思われる。たしか弓道では特殊な厚手の手袋状の物を右手に着用しており、この薄い方も右手用となれば、厚い方の内側に着ける布地なのだろうか。そう、人体の中でかなり強い筋肉である背筋を十全に使用して引き切るとすれば、弦はその高い張力に耐え得るべく相応に硬くあり、つかむ手に相当の高負荷がかかるはずで……その手袋も同様に硬質となり、内部に中敷きとして柔らかな布地を配して手を保護するのはごく自然な発想だ。やはり、弓道部である彼らの所持品として妥当である。さらに言えば、宇宙君の几帳面きちょうめんな性格からすれば手入れを怠らないと思われるので、この状態からするとヤス君が落としたものであろう。何とも迂闊うかつで、彼らしいことだ。

 続いて屈んで窓を下から観察すると……ごく最近に窓を開けた証拠がすぐに見つかった。先日の台風でレールの上に数㎝積もった草葉やゴミが、外側の窓のスライド方向に十㎝程度押しのけられているのだ。ちなみにわたしならば、その部分まで元に戻して証拠隠滅してから逃げるものだが、彼らは慌てていて気が回らなかったのであろう。

 ついでに窓サッシから指紋を採取することもできるのだが……犯人が宇宙君達ならば、そこまでする必要はないだろう。万が一に外部犯だとしても、危険を冒してまで消しに来るとも思えないので、必要になればまた取りにくれば良いだけである。

 ……さて、一通り現場検証も済んだので部室に戻るとしようか。早く戻らないと皆に心配をかけるかも知れないし、それと蚊に無料提供するほどわたしの血は安くないものでね。

 そうして足早に小道を西へ引き返していたところ、北西角の五m手前ほどで何か違和感を覚えて、静かに立ち止まる。

 その違和感の正体を探るため、視界の隅々まで確認すると…………――ああ、なるほど。そういうことか。

 あることに気付いたわたしは、目の前の角の向こう側で恐らく犯人が待ち構えていると分かった。犯人は現場に戻るものとは言ったものだが、それにしては早過ぎやしないだろうか。何にしてもこちら側からしか帰れないので、このまま通るしかないのが辛いところだ。戦闘だけは勘弁して欲しかったのだが、相手がこちらに気付いて隠れているとなれば、先手を打たざるを得ない……あの子達が付いて来なくて本当に良かった。

 そこでわたしは緊張して少し震える手をポケットに入れ、スタンガンをすぐに取り出せるように握っておく。

 そうして校舎の壁面沿いにカニ歩きでゆっくりと近付き、角まであと一歩の所で屈む。

 恐怖で高鳴る胸を押さえて心を落ち着けると、勇気を出して低姿勢のまま飛び出す。

 するとすぐ目の前に犯人の下半身が現れたので、飛び出した勢いのままその腹部にスタンガンを押し当てるが……


「動くな!」

「ゎっひゃぁっ!?」


 手に柔らかな感触が伝わると共に、可愛らしい悲鳴が聞こえた。

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