Interlude The eyes in the sunshine (1)

 我々手芸部は、ひ~ちゃんこと小澄こすみひなたを新入部員として迎えることとなり、和気藹々わきあいあいと手芸に勤しんでいた。手芸部は家庭科室を部室としており、並んだ長机の中の一台を囲う形で、部長と沙也さやちゃんは対面に、左側にさっちゃんとひ~ちゃんが座っている。ただ今日は他の部員も居ないため、作業面積や効率を考えれば一箇所に集まるメリットはないように思われるが、誰が言わずとも同じ机を囲んで肩を並べているのだった。

 そこでふとくだんのひ~ちゃんを見れば、師匠となったさっちゃんに早速と裁縫の手ほどきを受けており、わたしを含め皆とも仲良くできそうな雰囲気である。彼女の入場喜劇を見た際には少々迷ったものだが、思い切って勧誘した甲斐かいがあったというものだ。そう、アレには流石のわたしも驚いたもので、あの宇宙こすも君が衆目の面前でツッコミを入れるほどであったが……彼女を観察していればアレが演技――多少は天然によるものと思われるが――であったと推測できたためだ。さらに先ほど聞いた話を踏まえれば、アレは彼への意識付けあたりと踏んでおり、何やら複雑な関係の二人のようである。

 そうして思考を巡らせつつ、わたしは手元の刺繍ししゅうえてのんびりと縫っていく。そう、わたしは裁縫があまり得意でないことになっているが……機械類の工作ほどではないものの、それなりには得意である。実は入部したての頃には、角が立たないよう下手なフリをしていたため、いわゆるその名残という訳なのだ。今となってはそのような気を遣う仲ではないが……別の理由で誤解されたままの方が都合が良かったりもする。なぜならわたしは、ただこうしてのんびりと作業をしながら、大切なこの子達を見ていることが、何よりも好きなだけなのだから。

 そうして日溜ひだまりの暖かさに浸る思いで、ゆったりと針を動かしていたところ──


「!?」


 正面六メートルほど先に積まれた荷物、その陰となる窓辺りから音が聞こえた気がした。

 即座に四人の様子をうかがってみれば……部長、沙也ちゃん、ひ~ちゃんは気付いた素振りはないが、さっちゃんだけは窓の方へ一瞬だけ顔を向けた。つまり、わたしの気のせいではなく、物音がしたことは確実となった。

 その彼女の向けた目線の先は、わたしが聞いた正面方向と一致しており、部屋の隅角部に位置する窓だ。ただしそれは、荷物が邪魔なため普段開けることがなく、さらに先日の台風で鍵が破損したままのはずである。……うーむ、やはり学校任せにせず、わたしが直しておくべきだったか。とかく組織と言うものは、三社見積もりだの承認決済だのと、費用が生ずる案件の動きが遅過ぎる。

 ここまでの情報から、わたしはまず音の正体について思考を巡らせる。窓は山に面してはいるが、これまでに何かが飛来して衝突してきたことはなく、ましてそれが都合よくその鍵がない窓に当たるとは偶然にしてはでき過ぎている。すると人為的なものとなるが……窓の外は校舎外周となる小道があるものの、そこを通らなければ行けない場所は存在せず、加えて今の季節は山から襲来する虫で誰も好き好んで通らないとなれば、偶然通りかかった可能性はほぼない。したがって、誰かが確たる目的を持ってあの窓を開けたことになり、その目的として一番高いのは……わたし達をのぞき見るためであろう。わたしの癒やしの空間を、わたしの大切な子たちを、不埒ふらちな目で覗き見るとは……断じて許されないことだ。

 では次に、その不届き者の正体と動機について確認。最近ストーカー被害が急増していると聞いており、外部犯の線もあるにはあるが、まずは今特有の状況に起因していると見るべきであろう。すなわち、転校生であるひ~ちゃんの存在に起因しており、その彼女が目当てとなれば内部犯、さらに言えばクラスメイトが第一本線、次点でうわさを聞きつけた他クラス生徒というところだ。また、女子や社交的な男子ならば女子会におくすることもなく正面から来るであろうし、ひ~ちゃん狙いという点も踏まえると、非社交的な男子生徒の可能性が最も高い。そしてこのような陰湿な手段を取ってまで行動に移したとなれば、よほど特殊な事情を抱えていると見るべきだ。

 そこで先ほどのひ~ちゃんの話、さらに脳内プロファイリング帳とも照合すると、犯人は……宇宙君が濃厚筋――九割以上と言ったところか。だが、彼は用心深く頭もキレるので、このような下手を打つとは到底考え難く、そもそも開けた際に窓の立て付けの悪さは判るはずであり、閉める際に気を払わないのはあまりに不自然だ。ともなれば、別の者が閉めた……彼の唯一の友人で粗忽そこつ者なヤス君あたりが居合わせていたのだろうか。……ふむ、奇しくも犯人はヤス君という訳だね、くくく。

 さて、事前考察も済んだところで現場検証に向かいたいが……宇宙君達説はあくまで推測であり、危険な変質者や別の線も残っている。私は自作の小型スタンガンを隠し持っているため大抵の相手ならばどうとでもなるが、他の子が居て万一があっては怖い……そもそもそのような場面を見せたくはなく、この子達には心穏やかな時を過ごして欲しいものだ。なので、ここはわたし一人で確認しに行くべきだろう。そう、わたしの心の置き場所をくれたこの子達を、わたしが守らなければ。


「……夏恋なこ


 そうして数秒ほど手を止めて全速力で思考していたところ、その私の様子から何かを感じ取ったのか、沙也ちゃんが声をかけてくれた。彼女は寡黙ながらにわたし達をいつも気にかけており、今も小首を傾げた拍子に揺れた前髪の隙間すきまから、少し心配そうな目を覗かせている。――はぁ~しゅき。持って帰――っといけない、さっちゃんのセクハラ癖が伝染してしまったかもしれないね。でも沙也ちゃんが可愛い過ぎるのがいけないのだよ? 自重したまえ。


「あはは~、ちょぉっと~お花摘んでくる~」


 正確には、悪の芽を摘むのだけれど。


「……我慢はだめ……いってらっしゃい」


 わたしが微笑み返すと、沙也ちゃんは手元──ノートパソコンに視線を戻す。彼女は手芸部の活動はそっちのけで趣味のゲーム作りをし始めており、そうとなればPC部にでも行って作業した方が効率は良い。つまりそれは、ただ皆と一緒に居たいからということを意味しており……わたしと同じ在り方という訳だ。

 わたしは布地を机に置いて立ち上がり、体の動きに合わせて一瞬だけ目線を左隣のさっちゃんに向けるが……黙々と刺繍作業をしている。何かを察して一緒に来る可能性を懸念したけれど、物音は気のせいとでも解釈したのか、わたしの真意には気付いていないようだ。

 そのままさらに左隣のひ~ちゃんに目線を流すと、彼女の髪と同じ栗色くりいろひとみが真っ直ぐこちらに向けられており……さっちゃんの様子にばかり気を配っていたこともあって、内心かなり驚いてしまった。

 そこでわたしは、動揺を顔に出さないよう努めながら微笑み返すと、部室の出口に向かうのだった。

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