幕間

幕間80 ケツイ

 いま私は大地の勤める銀河大学の研究室に来ており、目の前で実験器具の整備をしている彼へと、適切な工具を順次手渡しているところだ。こうして普段から私は、まだ高校生ではありながらも、小さな助手としてお手伝いをさせてもらっている。


「いやぁ、やっぱ夕星ゆうづが居ると助かるわ。正直言って、うちの学生より百倍優秀」

「あはは、身内贔屓びいきが過ぎますよぉ、大地せんせ? そんなこと言ってたら、学生さんがねちゃいますよっ?」

「んっ、違いない。内緒にしといてな?」

「あら、どうしよっかなぁ~? うふふ」


 大地に追いつこうとこれまで必死に勉強し、最近では研究論文も少し理解できるようになってきた。おかげで多少なりとも大地のお手伝いができるようになってきて、それがとてもうれしく、また誇らしい。

 そうして、義理とは言え父娘としての幸せな毎日を送っていて、この戻りも進みもしない関係も悪くはないけれど……私ももう十八歳だし、そろそろ決めないといけない。このままで良いとは思っていないし、先に進むにしても……そうではないにしても。

 うん。今日は思い切って、突っ込んだことを聞いてみようかな。


「ねぇ大地」

「おっ、どうした?」

「前々から気になってたんですけど……ひなさんとは付き合ったりしないんです?」

「ぶほぉッ! えええ!? と、突然どうしたってんだ?」

「どーなの?」

「そんな急に言われてもなぁ……」

「んもー、いーから答えなさいってばぁ!」


 大地はこちらから振りでもしない限り、絶対にこういう話はしてくれないので、多少強引にでも聞いていかないと何も始まらない。


「ん……ひなとはまぁ、高校からの長い付き合いにはなるが、そういうのは……ないかなぁ」

「えっ? ひなさんのこと、好き……じゃないん、です?」

「いやぁ、好きか嫌いかだったら、間違いなく好きだけどさ。昔からいろいろと助けてもらってるのもあるし? だけど今は、そうだなぁ……仲の良い研究者仲間ってとこだ。なんで、そういう男女の関係とかは何か違うかな」


 うーん、怪しさの極みだわぁ。きっかけが無いだけで、何かの拍子でいつくっついてもおかしくない雰囲気だと、私は思うんだけど……?


「それにひなだって、好き好んで俺なんかとはないだろ。あっちはモテモテさんで、対して俺は全然モテないからなぁ、ははは」


 なっ、何言ってんのよぉぉ! だぁもー、は・ら・た・つ・わぁぁ! そのあなたを世界一欲しがってる人が、目の前に居るんだっての! 気付けばかぁぁ! うがぁぁぁ!

 ――なんて声に出して言えたらなぁ……はぁ。


「ふーん。ひなさんの方は、そうでもないと思うんですけどぉ?」


 いまいち本心が読めないフワフワな人だけど、少なからず良く思ってるのは間違いない。以前に、「大地君は私の恩人なんだよぉ~」と話してくれたこともある。


「そうかなぁ? あいつは誰にでも優しいから、そう見えるだけだと思うけどな」

「はぁ、大地はにぶちんですもんね」

「む、そんなことは、ないぞ?」


 じゃぁいつになったら私の気持ちに気付いてくれるのよ……結構あからさまに、アピールしまくってると思うんだけどなぁ? やっぱり直接ガツンと言わないとダメなの、このにぶちんさんは?


「じゃぁ……他に好きな人が居るとか?」

「えええっ!?」


 勢いで聞いてしまったものの……どんな返答が来るのか怖過ぎて、今すぐ逃げ出したい。


「ど、どうなの?」


 お願い! せめて、居ないって言って!


「そっ、それは……居ない、けどさ」


 良かったぁぁ……居ると言われたら、間違いなくショックで気絶していた。実はお前が……のような展開ならどんなに素敵かとは思うけど、そこまで夢見がちな乙女でもない。でも居ないとなれば、まだ私にも望みはあるのだし、諦めてはいけない。


「ふーん。そっか」


 こうして本人はモテないなどと寝言を言っているけれど、私以外の女性から見ても、かなりの優良物件に違いない。それなのに交際相手が居ないとなると……やっぱり義理とは言っても娘の私が居るからだろう。まぁ、私の防虫活動のせいもあるんだけどね、フフフ。


「もしかしてさ……私、邪魔になってます?」


 大地が私以外と結ばれるなんて、もう絶対の絶対に嫌だけど………………でも、もし大地が心の底から愛する人が現れてしまったら……それは、身を引くべきなんだと思う。大地の幸せを否定してまで、私が幸せになるなんて、やっぱりできないよ……。


「いやいやいや。夕星は俺の大切な娘だし、そんなこと思った事ないさ――って何か突然な話だと思ったら、そういうことかよ」

「んっ……まぁ、ね」


 もし万一そういうことになるなら……やっぱり、ひなさん……かなって。ひなさんになら、大地を任せても……――っぐ、でも、つらい、なぁ。


「ったく、気にしなくていいってのに。俺は夕星が立派に嫁いで出て行くまで見守るつもりだし、俺のことはまぁ……その後でいいさ。いやぁ、何か余計な心配かけてすまんな?」

「はぁ、そんなの一体いつになるって言うんですか」


 というか永久に来ませんけど? ほんとニブニブチンのおバカさんなんだから。

 やっぱ言ってやんないとダメかなぁ。そう、ガツンと!

 ……よ、よしっ、思い立ったが告白日よ!

 い、いい、言うぞぉ!!!


「じゃ、じゃぁさ?」

「お?」


 う~~~、き、緊張で手汗がやばい。


「わっ、私と……」


 心臓もかつて無い程バクバク言って、のどカラカラだよ!

 えーい、頑張れ私!

 今こそ、このにぶちんにガツンと言ってやるのよ! 


「く、くっつくとか良いんじゃない? …………ほら、それならすぐ結婚できますよ?」


 ぐぅぅぅ、言えたには言えたけどぉ……想定してたのとちょっと違うぅ……なんで余計なの付けたのぉ……私のへたれぇ……。


「えっ! ……ぶっあっはは、それは確かに合理的だな! やっぱ科学者の卵は発想が違うねぇ――っとそんな冗談言ってないで、彼氏の一人でもつくってみたらどうだ? んー?」

「んなぁっ!!!」


 なっ、なな、なんてことよ……これでも伝わらないというの!?

 どんっっっだけにぶちんなのよ、この人はぁぁ!!! 

 くぅぅっ……まだまだぁ!


「へ、へぇ~? いいんだ~? わっ、私これでも結構モテモテで、男子達から告られまくりなんですよ? 後で泣いても知りませんからね!?」


 ま、全部一瞬で切り捨ててるけどね。大地以外の男なんて、一マイクロの興味もかない。


「ぐぅぅっ!」


 えっ、うそっ!? この反応、もしかして、脈アリ……とか?


「それは……仕方ないことだ。娘を持つ父親達には、いつか訪れることさ。その時が来たら、俺も夕星の幸せを願って、笑って送り出そうじゃないかっ!」

「……」


 だっ、ダメだぁぁぁぁぁぁ。

 ああ、大地にとって私は娘でしかなく……もはやどうやっても、「娘」という枠から、脱出、できない、のね。 

 この調子では、「あなたが好きです、恋人として付き合ってください」と本気のド直球で言ったところで、冗談と取られるか、もしくは父親目線で諭されるのがオチ……こんなのつら過ぎるんですけど。

 そりゃ八つも離れてる上に、六年も娘として面倒見てきたんだから、今さらそういう目で見られない、わよね…………うぅぅ、こんなの完全に手遅れの手詰まりじゃないのぉ。


「そ、そう……私の気持ちを尊重してくれて、ありがと、ね?」

「いやいや、父として当然のことだしな、ハハハ」

「あは、は……」


 だあぁぁもう、大地なんて大っ嫌い──になれたら、どれだけ楽かしら……そんなの、絶対無理なんだけどね。ああ、なんで私、大地の娘なんだろ……。

 そう嘆く気持ちもあれど、娘になったおかげで六年間もずっとお世話になれた訳で、娘として愛してくれたことに感謝の念は尽きない。それに、片思いでヤキモキしながら一緒に居るのも、それはそれで悪くはなかった。だからこうして父娘としてだとしても、大地と一緒に過ごせたことは、本当に幸せだった。

 だけどここで、まさにその娘という設定が、唯一絶対に決めたい人生最大の一手を、どうにもできないレベルで阻んでくるという。世の中そう上手くいかないものだとは良く言うものの、私はそんなにも大それたことを望んでいるのかしら……大好きな人に振り向いてもらいたいだけで、他には何も要らないのに。振り向いてもらうために、釣り合うような女の子に成れるように、これまで必死に努力してきたのに。

 あぁもう、こんな運命にした神様を呪ってやりたいわ!



   ◆◆◇



「よーし、これで上手くいきそうだな」


 引き続き作業していた大地が、一段落したようで、少し満足そうに話しかけてきた。


「おお、タイムトラベルに近付きました?」

「んむ。と言っても、まだ数年、下手したら十年かかるかも判らない。だが大事な一歩だ」

「うん。応援してますよ? ちなみに、完成したらまずは何したいです?」

「お? そうだなぁ……夕星の小さい頃でもこっそり見に行こうかな? 父親としては、是非とも見ておきたいな。ふっふっふ、そんなん絶対可愛いに決まってる! ああ、楽しみだなぁ!」

「ちょっ、やめてよ! そんなの恥ずかし過ぎます………………あっ……過去……そうか」

「どした?」

「あっ、あはは。なっ、なんでもないですわよぉー? おほほほ」

「んん?」


 そうか! その手があったわ!

 もう完全に手遅れの状態なら、手遅れになる前に手を打てばいいだけじゃない!

 ふふふふふ。神様の言う通り、なんて私らしくなかったもんね。

 そうよっ、やっぱり道は自分で切り開くものだわ! やってやろうじゃないの!

 よーし、そうと決まれば!


「ねぇ大地」

「またまたどうした?」

「私ね……銀大に入ることに決めました」

「おっ? 俺としては嬉しいが、ここでいいのか? 夕星ならそれこそどこへだって入れるし、この前もMITからの特待留学の話来てたんじゃないか? やっぱ数学オリンピックで優勝したのはでかいよなぁ、全世界から引っ張りダコのモテモテさんだ」


 文系科目はほどほどだけど、理系科目では全国模試でも誰にも負けたことはない。大地の言う通り、理系の大学にならどこへでも入れると思う。


「んーん、いいの。勉強なんてどこででもできますし? それに一番の理由として、私も大地と一緒にこの研究を完成させたいんですよ」

「そうか、ありがとう。まぁぶっちゃけお前は、すでに学部の授業を聞く必要ないレベルになっちゃってるしなぁ……ほんと末恐ろしい限りだよ」

「あはは。それはね、もちろん大地先生の教え方が良かったからですよぉ?」

「おっとぉ、そいつは照れるなぁ」


 大地は片思いの相手であり、義父でもあり、先生でもあったから。元々科学の話は大好きだったけど、それをここまで伸ばしてくれたのは、間違いなく大地の力だと思う。

 だってほら、大好きな人に教えてもらえるなんて、そんなのいくらでも勉強できるに決まってるじゃない?


「にしてもこりゃあ頼もしいぞ。すでに相当この研究に精通していて、しかも全国一の理系才女殿が助っ人に来てくれるなんて、こりゃぁ実現も近いな!」

「うふふ。完成させましょうね? 絶対に!!!」


 私の大願を果たすためにも、絶対に完成させてみせるわ。


 そう、神様の決めた運命なんて、ぶち壊してやるんだから!


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