6-33 帰宅

 未だソワソワしている夕を中心に、俺たち三人は微妙な雰囲気を醸し出しながら、宇宙家こすもけ玄関前にたたずんでいた。


「……よ、よし! こんなとこで長話しててもアレだし、さっさと家ん中に入ろうぜ?」


 その何とも声を発し辛い空気の中、しびれを切らしたヤスが、皆が思っていたことを言ってくれた。


「おっ、おう。それもそうだな」

「ソウシマショ」

「――と言っても、大地んちなんだけどなー、ハハハ」


 それで早速と三人で家に入ろうとしたのだが……ヤスが急に足を止めて、首を傾げ始める。


「あー、待てよ……? 今から話すのってさ、その……夕ちゃんの未来の話、なんだよね?」

「えっ!?」


 ヤスに知られているとは思っていないはずなので、夕は当然ながら驚きの声を上げる。


「夕、ごめん! さっきヤスと相談してるときに、そこそこ事情を話しちまった。その……言っても大丈夫だったか? 事後報告でアレなんだけどよ」

「んっと、靖之やすゆきさんにはいずれ機を見て話そうと思ってたし、それは全然平気よ?」

「ん、それなら良かった」


 恐らく大丈夫だろうとは思っていたが、こうして無事に怒られずに済んで、ホッと胸を撫で下ろす。


「あのぉ……そもそもなんですけど、よくこんな突拍子もない話を信じてくれましたね? むしろそっちの方が驚きですよ」

「あ、そっちだったか」


 先ほどの夕の驚きは、ヤスが知っていた事に対してではなく、ヤスがそれを信じているという状況に対してだったようだ。


「んー、いやー、正直言うと半信半疑だったけどさ? でも大地がめっちゃ真剣な顔で『俺は夕を絶対に信じる!』とか熱く語ってたし? そんでまぁ、ほんとなんだろうなぁと」

「パ、パパぁぁ」

「おいヤス!」

「え、さっき言ってたじゃん?」

「そりゃ、言ったけど……」


 だから、それを、わざわざ、夕に言うなってんだよ! ほらぁ、目をキラッキラさせて熱視線を送ってきてるしさ?


「っとそれでさ、僕も事情を聞きかじっちゃいるけど、この後の突っ込んだ話? も聞いて良いもんかと」

「えっ、ええ。別に構いませんよ? それじゃぁ、三人でお話しましょっか」

「「おおー!」」


 これほどに込み入った状況での二つ返事に、感嘆の声を上げる男二人。もちろんヤスが信頼されているのが前提とは思うが、話すことは全部本当だし知りたかったらご自由に~、といったスタンスなのかもしれない。これが後で、「知られたからには生きて返さぬぞ、フハハハハ」のような展開にならなければ良いのだが。


「おい大地、未来の話だぞ! なんかこれ、めっさテンション上がるな!?」

「ははっ、分かるぞ」


 昨晩は子供のようだと夕に笑われてしまったが、目の前のヤスもまさにその状態になっており、こんなもの男の子はハシャぐに決まっている。

 だがそこで……


『おーるぅぇのーハートがぁー真っ赤にもぉえぇるぅぅぅ ファイアアア!!!』

「――っもしもし、瑠香るか?」


 非常に暑苦しい着メロが鳴り、ヤスが大慌てで携帯に出た。

 それで瑠香というと……ヤスの妹の名前だった気がする。 


「何かあっ――」

『――――!』

「はいぃぃ!?」

『――――!』


 内容は全然聞き取れないが、どうやら電話越しで怒られているようだ。まぁヤスだしな。


「えー、なんで僕が――あぁはいはい、分かったってば!」

『――』

「はぁぁ」


 がっくりと肩を落としつつ、ヤスは電話を切る。


「うふふ、大変そうですね?」


 その様子を見て、なぜか夕がクスクス笑っている。


「うん……――って何で夕ちゃんそんな楽しそうなの?」

「えっ? あはは、これは失礼しましたぁ。ちょっとお仲間っぽい方を応援したくなって」

「んー? ――っとまぁ、僕は急いで帰らないといけなくなった! まったくヒデェ話だ!」


 酷い話と言いつつ、お前そこまで嫌がってない――どころか喜んでるよな? ハハッ、このシスコンドMめ!


「それは残念ですね。頑張ってお兄ちゃんしてきてくださいな?」

「うん。ほっとくと後が怖すぎるからね…………っということで、夕ちゃんの話はまた大地からでも聞いとくよ」

「はい」

「んじゃ僕はこれで………………おっと、忘れてた。ちょいちょい夕ちゃん」


 ヤスは家の門へ向かって数歩歩いたところで、何かを思い出したらしく、夕へ手招きしつつ声をかける。


「えと、なんでしょう?」


 夕がちょこちょことヤスに近付くと、ヤスは少ししゃがんで夕に目線を合わせ、申し訳無さそうに手をすり合わせてこう続けた。


「さっきはその、イイところで邪魔しちゃって、ほんっとーにごめんね?」

「イイとこ……――っっっっ! んもぉぉ! 早く忘れてくださいよ! …………はぁ、それはもういいです。だってこれからは、いっくらでもチャンスはあるんですから? 慌てずにじーっくりと、でも確実に、ね? にしし♪」


 ヤスの言葉に照れながらほおを膨れさせるが、すぐにいつもの余裕の表情に変わって不敵に笑った。


「おおお、さすが夕ちゃんだ。ガンガン攻めていこう!」

「はい! もちろんです!」


 あー君たち、本人が居る前で物騒な相談するのはやめような?


「よーし、だいぶ調子出てきたんじゃない?」

「ええ、いつまでも落ち込んでなんて居られません。それに、こっちの方が私の性に合ってますからね? でしょぉ?」


 もうすっかり元気になったのか、夕は得意げに答える。たしかに夕の言う通りで、しおしおしている夕など、てんでらしくないというものだ。


「はは、まったくだね。何にしても僕はずっと応援してるよ! 大地も、ちゃんと応えてやれよー? てことで、またな」

「ありがとうございます。本当に心強いです。それではまたぁ~」

「んじゃな。詳細はまた明日にでも」


 片手を上げて門へ小走りで向かうヤスを、二人で見送る。


「おう、楽しみにしてる。あ、でもイチャイチャ報告はほどほどで頼むよ? 僕が砂糖吐かない程度でよろしくなっ!」

「なっ!? んなことしねーし、報告もねぇよ!」

「えっ、しない……の?」


 そこで夕がとても残念そうな顔をして、上目遣いでこちらを見てきた。


「夕までノらんでくれよ……」

「えへへ~」

「はっはっは、今まさにしてんじゃねぇかぁ!? ってなもんでぇぃ~」


 そうしてヤスは最後にツッコミを入れると、笑いながら帰って行った。

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