6-32 意識

 ひとまず外に出た俺とヤスは、そっと戸を閉めて玄関前の軒下に並んで立った。これで夕の視界から外れて配慮しつつも、さり気なく様子をうかがうことができる。

 それで少し耳を澄ませてみれば、家の中からは「うがぁ~」といった羞恥しゅうちもだえるうめき声が聞こえてくる。取り乱して泣き散らすところ、抱きついて甘えん坊になるところ、挙げ句にはキスをおねだりしているところまで見られて……完全に致命傷のようだ。ああ、おいたわしや。

 そうして何とも言えない微妙な空気の中、互いに顔を見合わせると、ヤスは実に気まずそうにほおきつつ呟く。


「いやいやぁ、こりゃ参ったねぇ、ハハハ」

「ああ。その何だ……めっちゃ恥ずかしいとこ見られちまったな」


 顔面羞恥爆発からの大火傷となった夕ほどではないが、俺もその余波でチリチリ髪になる程度の被害は受けてしまった。それに、今後ヤスからは事ある毎にからかわれそうで、先が思いやられるというものだ。


「いや、ほんとそれよ? ピンチの時はまぁ置いとくとして、夕ちゃんが抱きついてイイムードになってきたあたりから、ぼかぁどうやって溶けて無くなろうかと必死に考えてたっての。んまぁそういうのは、二人きりの時にジャンジャンしたらいいけどさ……僕が居るのマジで忘れないでね!?」

「おう……折角付き合ってくれてたのに、忘れててすまんな」


 突然の緊急事態勃発ぼっぱつではあったものの、さすがに忘れていたのは酷いと自分でも思う。


「んでも良かったな。夕ちゃんが想像以上にテンパってたから、どうやって落ち着かせようか僕も後ろで必死に考えてたよ。つっても、お前が全部上手くやってくれたから、ぶっちゃけ僕要らんかったけどな? ハハ」

「そりゃ結果的にそうだっただけだろ? 場合によっちゃヤスの力が必要だったかもだし、そもそも事前準備ってのはそういうもんだ」


 後悔しないようにやれることをやっておく、それが本当に大切なことだと身に染みた。


「そ、そうか? なら良かった」

「ああ。それに、さっきまでお前と色々状況分析してたからこそ、夕を前にして上手く言葉にできたってのはあるさ」


 俺が何も考えずに夕と再会していたなら、今ごろ夕はまだ泣いているかもしれない。下手をしたら……いや、止めておこう。こうして無事に解決したのだから、もっと建設的なことをしないとな。


「そういうわけで、その……ありがとな!」

「うぉおい、照れるぞ! いやぁ、まさかこの大地からこんな素直に感謝されるとはなぁ……お前やっぱ、変わったな。もちろん良い意味でな?」

「はは、俺が変わった、かぁ。それは……うん」


 さすがに照れ臭くて続きを濁したものの、

 

「夕ちゃんのくれた『愛』! だぁよなぁ~」


 バッチリ言われてしまった。しかも、俺の悶絶もんぜつするようなクサイ台詞を引用して。


「ぐはぁっ……それを言うんじゃぁない!」


 そうだよな! 全部聞かれてたもんな! くっそぉ、ニヤニヤしやがってコノヤロウ。


「くっくっ、そう照れんなさんな。まさにその通りなんだからさ? 夕ちゃんの愛が大地の閉ざされた心を開いて、そのお前の信じる心が夕ちゃんにバッチリ届いたってわけで……いやもー、ほんとお前らなんなん? 僕は恋愛映画でも見せられてんのかよ? 尊すぎて僕が浄化されて消えちゃったら、どうしてくれるんだ!?」

「んなもん知るか! 言いたい放題言いやがって……てかお前こそ、よくそんな恥ずかしげもなく言うよな?」

「はっは、さっきの大地先生のあっつーいお言葉からしたら、全然大したことねーしなぁ?」

「ぐぬぅぅぅ」


 今日のヤスには、本当に感謝しきれないほど助けられたのだ。好きなだけ言わせておこう。

 それにしても、非常事態だったとは言え、俺もとんでもないことを言いまくったもので……このあと夕と普通に会話ができるのか心配になってくる。


「んーむ。そうすっと、やっぱ夕ちゃんは大地を救うために未来から来たんかもね?」

「あー、そういやお前、前にそんなこと言ってたな。そんときは、タイムマシンをもうちょい有効活用しようぜ、とか思ったもんだが……」

「夕ちゃんならやりかねないって、今なら思うだろ?」

「だなぁ。ハハハ」


 これだけ一途に突っ込んでくる夕のことなので、本当にそのためだけに未来からやって来かねない。

 そうして、過去にまで足を運ぶ夕のフットワークの軽さにあきれていたところで、玄関の中から歩く気配を感じた。どうやら夕が復活したらしいが……ど、どうしよう――いや、別に何かする訳でもないが、気持ちの準備的に。

 すると案の定と夕が戸を開けて顔をのぞかせ、不安げにこちらを見てきた。続いて表に出て俺らの前まで来ると、伏し目がちに小さく呟く。


「……どもです」

「っ……げ、元気になったみたいだな?」


 とりあえず声をかけてはみたものの……やはりどうにも気恥ずかしくて、夕の顔をまともに見られない。


「はい……この度は本当にお騒がせしました」


 夕は俺たちに頭を下げ、心底気まずそうにそう言うと、


「あと靖之やすゆきさんにまでご心配おかけしたようで、すみませんでした」


 さらにヤスの方へ向き直り、再度ペコリと頭を下げる。


「いやいや、僕のことなんて気にしなくていいって。夕ちゃんが大丈夫なら万々歳さ! だからそんなションボリしなくていいからね?」

「……はい、ありがとうございます」


 夕は社交辞令的にそう答えはしたものの、まだ少々浮かない顔をしており、いつもの天真爛漫らんまんさがスッカリ影を潜めている。

 

「んー…………」


 そこでヤスが腕を組んでうなったかと思うと、妙なことを口走った。


「夕ちゃん。ちょっとさ、イーってしてみて?」

「――えっ? どうしてです?」


 突拍子もないヤスの発言に、夕は当然の質問をしつつ首を傾げる。


「いいからいいから。ほらっ、イー」

「い、いー……こうでしょうか?」


 ヤスの動きを真似て、夕が口を横に引き伸ばす。……君ら何の儀式してんの?


「うーん、なんっかまだ固いなぁ。それじゃぁせっかくの美人さんが台無しだよ? ほらほら夕ちゃん、いつもみたいに元気に笑った笑ったぁ!」

「え――あっ! ふふっ。はいっ♪」


 そうしてヤスに発破をかけられた夕は、いつものような元気いっぱいの笑顔を見せてくれた。

 

「やるなぁ……」


 さすがはフォローマスター、実に見事な手際だ。また夕が落ち込んだ時のために、俺もぜひ習得したいと思うほどだが……やはり俺には難しそうで、途中で照れくさくなって失敗するオチしか見えない。


「おっ、いいじゃんいいじゃん」

「ああ。やっぱり夕は、笑顔が一番似合うよな!」


 フォローマスターに負けじと、便乗して思ったことをそのまま言ったのだが……


「ふえっ!? パパぁ……あり、がとぉ……」


 夕は顔を赤くして再びうつむいてしまった。

 だぁぁもー、調子狂うわ! いつもみたいに、「ふふっ、その調子でどんどん褒めてね?」といった余裕の返しを想定していたのに……どうしてこうなるよ!?

 それで何ともやり辛いなと、頬を掻きながら夕を見ていると……俯いていた夕もチラリとこちらに視線を向けてきたため、意図せずして目が合ってしまった。


「「っ!」」


 それで夕が慌てて向こうに目をらしたものだから、それを見た俺も妙に恥ずかしくなり、同じく目を逸らしてしまう。


「あーーーもーーーもっどかしいわ! 付き合いたての中学生カップルかよ!? ――あっ、夕ちゃんはまだ小学生だったね」

「「!?」」

「ってかさ、ポンコツ大地はともかく、夕ちゃんはいつものグイグイ行くやつはどうしたん?」

「おいヤス、ひでぇ言い草だなぁ?」


 女性陣からも朴念仁だのニブチンだのと言われ続けているので、もはや否定しようもないとは思っているがな。


「そっ、そのぉ……あんなこと言われちゃったら、女の子は普通こうなりますよ……? こうして冷静になると……目を合わすだけでも……ぁぅぅぅ」


 夕は頬に含羞がんしゅうの色を浮かべつつ、バッテンになった目を両手で覆った。ウンウン、それなら目が合わないから安心ダネー。


「そりゃそっか。うんうん、そりゃ胸キュン祭りだったよなぁ~。ね?」

「っ……余計恥ずかしくなっちゃうから、もう私に振らないでください!」

「おっとと失礼。じゃぁ、あんなこと言った大地先生、今のお気持ちは?」

「俺にも振るんじゃねぇ!」

「ハハハ。やっぱ君ら、最高にお似合いだよな~。尊み」

「ぐぬぅ……」「くぅ……」


 こうして俺と夕は、調子に乗ったヤスにからかい倒され、仲良く揃ってぐうの音を上げてしまうのだった。

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