6-30 意識

 ひとまず外に出た俺とヤスは、そっと戸を閉めて玄関前の軒下に立つ。夕の視界から外れて配慮しつつも、さり気なく様子をうかがう方針といったところだ。

 それで少し耳を澄ませてみれば、家の中からは「うがぁ~」といった羞恥しゅうちもだえるうめき声が聞こえてくる。事故みたいなものだけど、ヤスに一部始終を見られていたことで、相当のダメージを負ったようだ。悲しい事件だったね。

 そうして何とも言えない微妙な空気の中で互いに顔を見合わせると、


「いやいや参ったね、ハハハ」


 ヤスはそう言って、どうにも気まずそうにほおく。


「ああ。その……めっちゃ恥ずかしいとこ見られちまったな」


 顔面羞恥爆発からの大火傷となった夕ほどではないが、俺もその余波でチリチリ髪になる程度の被害は受けてしまった。それに、今後ヤスからは事ある毎にからかわれそうであり、先が思いやられるというものだ。


「いや、ほんとそれよ? 夕ちゃんが抱きついてイイムードになってきたあたりから、ぼかぁどうやって溶けて無くなろうかと必死に考えてたっての。んまぁそういうのは二人きりの時にジャンジャンしたらいいけどさ……僕が居るのマジで忘れないでね!?」

「おう……折角付き合ってくれてたのに、忘れててすまんな」


 突然の緊急事態勃発ぼっぱつではあったものの、さすがに忘れていたのは酷いと自分でも思う。


「んでも良かったな。夕ちゃんが想像以上にテンパってたから、どうやって落ち着かせようか僕も後ろで必死に考えてたよ。と言っても、お前が全部上手くやってくれたから、ぶっちゃけ僕要らんかったけどな? ハハ」

「そりゃ結果的にそうだっただけだろ? 場合によってはヤスが活躍していた可能性はあったし、そもそも事前準備とはそういうものだ」


 やれることをやっておく、本当に大切なことだなと身に染みた。


「そ、そうか? それなら良かった」

「ああ。それに、さっきまでお前と色々状況分析してたからこそ、夕を前にして上手く言葉にできたってのはあるさ」


 俺が何も考えずに夕と再会していたなら、今ごろ夕はまだ泣いているかもしれない。下手をしたら……いや、止めておこう。こうして無事に解決したのだから、もっと建設的なことをしないとな。


「そういうわけで、その……ありがとな!」

「うぉおい、照れるぞ! いやぁ、まさかこの大地からこんな素直に感謝されるとはなぁ……お前やっぱ、変わったな。もちろん良い意味でな?」

「はは、俺が変わった、かぁ。それは……うん」


 夕のおかげ、でな。まぁ照れ臭くてヤスになんか言えやしないが。

 

「もちろん、夕ちゃんのくれた『愛』のおかげだよなぁ~」


 だがヤスは、はっきりと続きを言いやがった。しかも俺の悶絶もんぜつするようなクサイ台詞を引用して!


「ぐはぁっ……それを言うんじゃぁない!」


 そうだよな! 全部聞かれてたもんな! くっそ、ニヤニヤしやがってコノヤロウ。


「くっくっ、そう照れんなさんな。まさにその通りなんだからさ? 夕ちゃんの愛が大地の閉ざされた心を開いて、そのお前の信じる心が夕ちゃんにバッチリ届いたってわけか……いやもー、ほんとお前らなんなん? 僕は恋愛映画でも見せられてんのかよ? 尊すぎて僕が浄化されて消えちゃったら、どうしてくれるんだ!?」

「んなもん知らんわ! 言いたい放題言いやがって……というか、お前もよくそんな恥ずかしげもなく言うよな?」

「はっは、さっきの大地先生のあっつーいお言葉から比べたら、全然大したことないしなぁ?」

「ぐぬぅぅぅ」


 今日のヤスには、本当に感謝しきれんほど助けられたからな。好きなだけ言うが良いさ。

 それにしても、非常事態だったとはいえ、俺もとんでもないことを言いまくったもんだ。こんなんヤスだけじゃなくて、夕とも後でめっちゃ気まずいヤツだろ。


「んーむ。こう考えると、やっぱ夕ちゃんは大地を救うために未来から来たんかもね?」

「あっ、そういやお前、前にそんなこと言ってたな。そんときは、タイムマシンをもうちょい有効活用しようぜ、とか思ったもんだが……」

「夕ちゃんならやりかねないって、今なら思うだろ?」

「……だな」


 これだけ一途に突っ込んでくる夕のことだし、本当にそのためだけに未来からやって来かねない。

 そうして、過去にまで足を運ぶ夕のフットワークの軽さにあきれていたところで、玄関の中で歩く気配を感じた。

 おっと、これは夕が復活したか? ……ど、どうしよう――いや、別に何かするわけじゃないが、気持ちの準備的にさ?

 すると案の定と夕が戸を開けて顔をのぞかせ、不安げにこちらを見てきた。

 続いて表に出て俺らの前まで来ると、


「……どもです」


 伏し目がちに小さな声でそう言った。


「っ……げ、元気になったみたいだな?」


 とりあえず声をかけてはみたものの……どうにも気恥ずかしくて、夕の顔をまともに見られない。


「はい……この度は本当にお騒がせしました」


 夕は俺とヤスに頭を下げると、心底気まずそうにそう言った。


靖之やすゆきさんにまでご心配おかけしたようで、すみませんでした」


 さらにヤスの方へ向き直り、夕は再び頭を下げる。


「いやいや、僕のことは気にしなくていいって。夕ちゃんが大丈夫なら万々歳さ! だからそんなションボリしなくていいからね?」

「……ありがとうございます」


 夕はお礼を言って納得した様子ではあるものの、まだ少々浮かない顔をしており、いつもの天真爛漫らんまんさはすっかり影を潜めている。

 

「んー…………」


 そこでヤスが腕を組んでうなったかと思うと、妙なことを口走った。


「夕ちゃん。ちょっとさ、イーってしてみて?」

「――えっ? どうしてです?」


 突拍子もないヤスの発言に、夕は当然の質問をしつつ首を傾げる。


「いいからいいから。ほら、イー」

「い、いー……こうでしょうか?」


 ヤスの動きを真似て、夕が口を横に引き伸ばす。えっと、君ら何の儀式してんの?


「うーん、なんっかまだ固いなぁ。それじゃぁせっかくの美人さんが台無しだよ? ほらほら夕ちゃん、いつもみたいに笑った笑ったぁ!」

「え――あっ! はいっ♪」


 ヤスに発破をかけられて、夕はようやく元気に笑ってくれた。

 なるほどそういう意図だったとは……さすがはフォローマスター、実に見事な手際である。俺も割と習得したいと思うほどだが、残念ながら俺向きのスキルではないのが悔やまれる。途中で照れくさくなって失敗するオチしか見えない。


「おっ、いいじゃん」

「あぁ、やっぱり夕は笑ってるのが一番似合うよな」


 せめてと、ヤスの流れに便乗して思ったことをそのまま言ったのだが……


「んええっ!? パパぁ……あり、がとぉ……」


 夕は顔を赤くしてまたうつむいてしまった。

 だぁぁもー、調子狂うわ! いつもみたいに、「ふふっ、その調子でどんどん褒めてね?」といった余裕の返しを想定してたんだが……どうしてこうなるよ!?


「「……」」


 これは何ともやり辛いなと、頬を掻きながら夕を見ていると……俯いていた夕もチラリとこちらに視線を向けてきたため、意図せずして目が合ってしまった。


「「!」」


 それで夕が慌てて向こうに目を逸らしたものだから、それを見た俺も妙に恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。


「あーーーもーーーもっどかしいわ! 付き合いたての中学生カップルかよ!? ――あっ、夕ちゃんはまだ小学生だったね」

「「!?」」

「ってかさ、ポンコツ大地はともかく、夕ちゃんのいつものグイグイ行くやつはどうしたよ?」

「おい、ひでぇ言い草だなぁ?」


 こういうことにポンコツなのは認めるが、もうちょい言い方あんだろうがよ。


「そっ、そのぉ……あんなこと言われちゃったら、女の子は普通こうなりますよ……? こうして冷静になると……目を合わすだけでも……ぁぅぅぅ」


 夕は頬に含羞がんしゅうの色を浮かべつつ、バッテンになった目を両手で覆った。

 ウンウン、それなら目が合わないから安心ダネー。


「あはは、そりゃそっか。それじゃ仕方ないっか。なぁ、大地先生?」

「俺にフルな!」


 ほんとこれ、どうしたら良いんだよ。誰か教えてくれ!

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