6-18 二色

 一色先生の講義が思いのほか面白いので、こうしてノンビリ聞き続けるのも悪くはないが、弓道の練習時間も確保したいので巻いていこう。


「じゃ、続きよろしく」

「うむ。それで中学の頃には、色々と上手く立ち回ろうと、キミにしたような調子で周囲を探っていたのさ。…………でも今ほど知恵も回らなかったし、何よりも他人の心に疎すぎた」

「え……疎い、か?」


 散々手玉に取られている俺からすれば、途轍とてつもなく人心掌握に長けていると思うし、どう考えても謙遜けんそんが過ぎる。


「ふふ、キミは意外に思うかもしれないが、あの子達と出会う前のわたしは――うむ、それは置いておこうか」

「おう。それで?」

「……ええとまあ、色々あって……友達全部失くしちゃった、かな……あははは……」


 一色は自嘲じちょう気味にそう呟くと、寂しそうに目を伏せた。合わせて頭の触角も、再びしおしおとしおれているように見える。


「そりゃ、なぁ」


 一色としゃべる度に全部情報を抜かれ、さらにおバカなヤツなら抜かれている事実にすら気付かないし、普通は気持ち悪いヤツ扱いになるだろう。恐怖を取り除くために識り過ぎ、それゆえに自身が恐怖され疎まれるとは、何とも皮肉なことだ。

 それにしても、実に意外な一面だった。向かうところ敵無しの完全無欠悪魔超人か何かで、凡俗ぼんぞく共から何を言われようが気にも留めないような人種かと思っていたが……そう、普通の悩みを持った、普通の女子高生なとこもあるんだなぁ。よし、一色に普通免許を交付しようじゃないか。あ、でもまだ仮免だからな?


「それで、臆病おくびょうにも増々磨きがかかったって訳か?」

「いかにも。我ながら情けない話だがね」


 そうなると、先ほど俺が突然逃げ出したのも実は結構ショックだったり……むぅ、なんか悪いことしちまったかも――っいや待て、これまで俺にしてきたことを考えたら、逃げて当然だよな!? あっぶね、あまりのしおしおギャップにほだされるとこだったぜ。


「だから高校からは同じてつを踏まないよう、誰にでも好かれるような、ただただ明るいだけの子を演じて――いや、それも違うかな。そう、『ネコを被るのとは少し違う』とキミが薄っすら感じてくれたように、今ではどちらもわたしであると思う。――だぁってぇ~、すっごく楽しい~も~ん♪ えへへぇ♪」

「うおぅ!」


 ごく自然かつ瞬時に満面の笑みへと変え、一オクターブ上の間延び声で能天気な発言をする一色からは、その陽キャモードも紛れもなく一色の一側面なのだと感じられた。ただそれにしても限度があるというもので……一体どうやっているのか、声色どころか声質レベルで変わっているので、こちらは別の人間と話していると錯覚しそうになってしまうほどだ。いっそのこと、苗字も二色にしきにしてはいかが? ……ま、変えられるもんなら俺も喜んで変えるがな!


「――こほん。それで普段は、人の秘密を探ることを控えるようにしていた。とは言え、手芸部の皆――わたしが親友と思っている子達には、お遊び半分ですることはあるけれど? ふふふ」

「ああ、ひなたの時みたいに――っておいおい、じゃぁ俺のは何だったんだよ……」


 あなた完全に殺意き出しでしたよね? こちら恐怖百パーセントのガクブル状態で情報抜かれましたが? 魔王様は毎回絞り尽くしたボロ雑巾のことなど覚えておいででない? え、食べたパンの枚数? はぁ、そっすか。


「あはは。キミはねえ、てっきり恋敵だと思っていたものだから、容赦しなかったかな? 今となっては――めんごめんご~だよぉ~?」

「お、おう……」


 陽キャモードでてへぺろっと可愛くウインクされれば、許したくなる気持ちもいてしまう。まったくコロコロと器用に使い分けるもので、本人が「どちらもわたし」と言う通り、気軽にスイッチを切り替えるような感覚なのだろう。それも以前とは違って、目もとても自然に笑っているので、笑顔が似合うごく普通の女の子と言って差し支えない。……よーしよし、本免許取得も近いぞ?

 それと今の口ぶりからすると、手芸部メンツはとても大切な親友達らしい。そうなると、ひなたの件を抜きにしても、その場をこっそりのぞき見ていた俺が超絶敵対視されても致し方無しというものか。

 そうして一色を識り、少し気を許しそうになっていたところへ……


「でもキミの場合……少なからず楽しくなっていたところも、あるかな?」


 トンデモ爆弾発言が飛び込んできた。


「なん、だとぉ!!!」


 おいおい、こっちが恐怖に震える様を見て喜んでたとか、ヤバすぎんだろ。マジもんの悪魔じゃねぇか。うん、やっぱぜんぜん普通の女の子じゃなかったわ。仮免、取り消し処分とする!


「その辺の男子などザルも良いところで、実につまらないものだろう? それに引き替えキミときたら、随分とセキュリティが高くて……凄く気持ちが高揚してしまうかな。ほら、強い男を倒すってさ……んふ、あはっ♪ ゾクゾクぅってぇ、するよねぇ!? ねぇ!?」

「俺に! 同意を! 求めるな!」


 恍惚こうこつとした表情で詰め寄ってくるあでの悪魔に、全力でツッコミを入れざるを得ない。大人しくしていたら、悪魔の触角にぐるぐると巻き取られそう……よし、もしまた興奮して寄ってきたら摘んでやる。


「――っとと、失礼」


 一色はハッと我に返り、慌ててすまし顔で取りつくろっているが、ほんのり上気したほおは戻っていない。


「ったく、お前ってヤツはよ……」


 うん。間違いなくこの子、根っからのドS娘だわ。でも臆病者のドSってのは、ちょいと特殊過ぎでは? ひなたの件といい、ほんと個性的な属性を沢山お持ちのようで! そんな特殊ドS娘ちゃんには、ヤスとか割れなべぶただと思うけど、いかがかな?

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