6-20 意外

 こうして一色の話をじっくりと聞いてみて、容赦なく探りを入れてきた理由を納得できた気がする。ただそうは言っても、事あるごとに同じように攻め込まれてはこちらの身が持たないので、ここはひとつお願いをしてみるとしようか。


「それでだ、できれば今後はそういうのは止めてもらいたいんだが……」

「え~? どぉしよっかなぁ~? か~なかな~?」


 だが、一色はニヤニヤするだけで、どうにも素直には聞いてくれなさそう。ちなみに、角に加えて羽根としっぽの幻まで見えるほどに、すんごくイジワルな顔をしているぞ。


「あーもう! 普通に聞いてくれたら正直に答えるからさ!? そもそもどう足掻あがいても丸裸にされちまうんだし、どの道一緒だってのもあるしな。ぶっちゃけお前さんの相手が務まるような器じゃねぇよ」

「えっ!? ――むぅ~、そんな張り合いのないことぉ~、言わないで欲しいけどなぁ~、こ~す~も~くん♪」


 一色は身体をひねって前屈みになり、俺を下からのぞき込んで楽しそうにしている。

 だがそこで急に元の体勢に戻り、真面目な顔に変えると、


「――といっても、先ほどのようにキミを本気で怒らせたくはないから……今度からは普通に聞くことにするよ」


 申し訳なさそうにそう言って、最後には弱々しく苦笑いをしてきた。先ほどの件は、相当反省しているってことなのだろう。


「是非ともそうしてくれると助かるわ」


 よし、これで無慈悲に強奪される心配は無くなったか。それでも、出しなさいって言われたら自ら差し出すことにはなるから、結局結果は変わらんわけだが……まぁ自発的な分だけ気持ちは多少マシってやつで。一つ前進と考えようじゃないか。


「ふ~ん…………………………」

「だぁもう! なんでだよ! たった今、普通に聞くって言ったばっかだよな!?」


 言ってる側から謀略を巡らせようとすんなよ。この子ってば、人を謀らないと死ぬ病気なのかな?


「くっくっ、冗談だよ。はかりごとではなくて、考え事。意外だったかなと?」

「何がだよ」

「一昨日に、キミは友達居ないよねと言ったのを覚えているかい? それどころか、他人に全く興味がなくて、感情も全然表に出さない、いわば能面を被った機械人間と思っていたのだよ」

「こっちの素のお前は遠慮の欠片もなくハッキリ言うなぁ! ほんと両極端なこって……中庸って概念はないのかよ?」

「あっりませぇ~ん♪ だってこの方がぁ~、た~のしぃ~しぃ~?」


 舌をぺろっと出して、全く悪びれる様子もないが……不思議とそこまで腹も立たない。やはり、ひなたにもされたこの指摘が当たっていると実感しているからだろうか。


「――それに、素直に認めるんだ? さっきのキミ自身へのあおりは全く通じなかったことといい、それも意外と言わざるを得ないかな。今のプロファイリング通り、他人に迷惑もかけないが必要ともしない自己完結型、それを成しうる高水準の能力、同時にプライドが少々高めな偏屈者と見立てていたからさ?」

「むっ、ぐぅ……」


 ひなたとは別ベクトルで心理分析――いや、人格分析? されてるしよ。以前にはFBI、さっきは探偵っ娘って例えたけど、やっぱ大当たりだわ。何にしても、絶対に敵にまわしちゃいかんやつ――あ、元々そうだったな。


「その上で、さっきひ~ちゃんと仲直りしようと努力したこと、ひ~ちゃんに応援してもらえるほどの大切な子が居ることや……それに、あれほどまでに怒ったりもするのだなぁとね。いやあ、キミの意外なところが山盛りの日だったよ」

「そりゃこっちもだって」


 ひたすら恐怖の対象であるという一色への極悪印象が、目下急変してるのは間違いない。そりゃ恐ろしい子という印象は今もあるけど、それだけじゃないなと。だがそれは……ひなたと一色が言うように、俺が見よう・知ろうとしてなかっただけなのかもな。


「そ、それは……その……」


 そこで一色にしては珍しく言いよどむと、


「……良い意味でかい?」


 恐る恐ると言った様子で、実に意外なことを聞いてきた。しかも上目遣いであり……こう言っちゃ失礼だが、一色がやると逆に怖いぞ。


「ん、まぁな」


 まだ何とも良く解らない印象ではあるが、良い方向に向かってるのは確かなので、正直にそう答える。


「よかったぁ……」

「んええ!?」


 小声でそうつぶやいた一色は、心底ホッとしたという顔をしているではないか。てっきり、俺からなんてどう思われようと気にも留めてないと思っていたのだが。


「――あ、いや、口が滑った。い、いまのは忘れたまえ!」


 さらに、少し照れ顔でそっぽを向くというオマケ付きである。

 お、おい、どうなってんの? 目の前に居るの、本当に一色か? 影武者とかじゃなくて? 油断したところを、本物に後ろからグサッとヤられたりしない?


「――そう! ほら、先ほどキミを物凄く怒らせてしまったものだから……まだ怒っていたりするのかなと、少しだけ気にしてたのさ。…………少しだけだよ?」


 なるほど。さっきの話じゃ、人に嫌われるのを人一倍恐れている節があったしな。それで俺が実は敵ではなさそうとなったら、多少は気にするというわけか。


「あぁ……いや、それは勘違いだったわけだしな。さっきも言った通り、一色が怒るのも無理はないかなと思ってる」

「そうか、それならば良いんだ。…………それにしてもキミぃ、あれ程に怖い思いをしたのは久しぶりだったよ。知っての通りわたしは物凄いビビリなのだから、うっかりショック死でもしたらどうしてくれるのだい? キミの方こそ、もう少し遠慮して欲しかったかな?」

「ふん、今までさんざん俺をビビらせておいてよ。遠慮知らずはお互い様だろうに」


 軽く皮肉付きの文句を言えるほどに回復したようだし、こちらも合わせて返してやる。


「あはは……それを言われてしまうと、痛いところだねぇ」


 一色は少しバツが悪そうに、目を逸らしてほおいている。

 へぇ、これでも少しは悪いと思ってたのか。一色の目にも涙ってやつか、ハハ。

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