6-19 意外

 こうして一色の一風変わった性格や行動原理を知り、これまでに容赦なく探りを入れてきた理由も理解できた。だがそうは言うものの、何かに付けて情報を抜かれるのは、正直勘弁して欲しい。


「あー、お前の事情は分かったけど、今後そういうのは止めてもらいたいんだが……」

「え~? どぉしよっかなぁ~? か~なかな~?」


 ダメ元でお願いしてみるが、口元をニマニマさせたイジワル顔で、勿体つけた返事が返るのみ。お馴染みの悪魔の角に加えて、羽根と尻尾の幻まで見えてきたぞ。


「だーもう! んな回りくどく探らなくても、普通に聞いてくれたら正直に答えるからさ!? どう足掻あがいても丸裸にされちまうんだし、どのみち一緒ってやつだ。ぶっちゃけ俺は、お前さんの相手が務まるような器じゃねぇよ」

「むぅ~、そんな張り合いのないことぉ~、言わないで欲しいけどなぁ~、こ~す~も~くん♪」


 一色は腰掛けたまま身体をひねって前屈みになり、俺の顔を下からのぞき込んで楽しげに笑う。――かと思いきや、唐突に元の体勢に戻って真面目な顔に変えると、


「――とは言っても、先ほどのようにキミを本気で怒らせたくはないので……うむ、今度からは素直に尋ねることにするよ」


 申し訳なさそうな声でそう付け加えて、最後には弱々しく苦笑いをしてきた。なるほど、先ほどの件については相当反省しているらしい。


「ああ、是非ともそうしてくれ」


 これで無慈悲に情報を強奪される心配が無くなったのは良いが、出しなさいと言われれば自ら差し出すことにはなるので、最終結果は変わらない。ただ、自発的な分だけ気持ちは多少マシというもので、これも一つ前進と考えよう。


「ふ~ん…………………………」

「いや何でだよ!? たった今、普通に聞くって言ったばっかだよな!? 舌の根も乾かんうちに、謀略ぼうりゃくを巡らせようとすんじゃねぇ!」


 この子ってば、人を謀らないと死ぬ病気なのかな?


「くくっ、キミをからかっただけさ。はかりごとではなくて、考えごと。実に意外だったかなと?」

「何がだよ」


 そもそもの話、この一色の洞察力をもってして、「意外」という事があるのだろうか。


「一昨日に、キミは友達居ないよねと言ったことを覚えているかい? それどころか、他人に全く興味がなくて、感情も全然表に出さない、いわば能面を被った機械人間と思っていたのだよ」

「おい、遠慮のかけらもねぇなぁ!? ……ま、実際そうなんだけどよ」

「ふむ、素直に認めるのだね」


 ひなたにも近い指摘をされているので、もはや否定しても仕方ない。


「先のキミ自身へのあおりは全く通じなかった事も然り、実に意外と言わざるを得ないかな。先日の件でプロファイリングした際には、他人に迷惑もかけないが必要ともしない自己完結型、それを成しうる高水準の能力を持ち、またプライド高めの偏屈者と見立てていたからさ?」

「むっ、ぐぅ……」


 ひなたとは別ベクトルからの心理分析――いや、犯罪行動分析プロファイリングをされていた。以前にはFBI捜査官、つい先ほどは探偵っ娘と例えたが、やはり大当たりだ。とにかく絶対に敵に回してはいけないタイプ――ま、後の祭りなんだが。


「その上で、ひ~ちゃんと仲直りしようと努力し、ひ~ちゃんに応援してもらえる程の大切な子が居て……さらにはその子のことで、あれ程までに怒ったりもするのだなぁとね。いやあ、キミの意外なところが山盛りの日だったよ」

「ははっ、そりゃこっちもだって」


 ひたすら恐怖の対象であるという一色への極悪印象が、目下急変してるのは間違いない。もちろん恐ろしい子という印象は今も拭えないが、それだけではないと。そしてそれは……ひなたと一色が言うように、「見よう」、「識ろう」としなかった昔の俺では、気付き得なかったことなのだ。


「そ、それは……ええとその……」


 俺の何気ない返しに対して、一色は珍しく言いよどむと、


「……良い意味でかい?」


 恐る恐ると言った様子で、実に意外なことを聞いてきた。しかも上目遣いでときていて……こう言っちゃ失礼だが、一色がやると逆に怖いぞ。また何か企んでいそうで。


「ん、まぁな」


 まだ何とも良く解らない印象ではあるが、良い方向に向かっているのは確かなので、正直にそう答えた。


「よかったぁ……」

「っぅえ!?」


 するとなんと一色は、小声でそうつぶやき、心底安心した顔をしてきたではないか。てっきり、俺からどう思われようが気にも留めないと思っていたので、驚きのあまり変な声が出てしまった。


「――あ、いや、口が滑った。い、いまのは忘れたまえ!」


 さらには、少し照れ顔でそっぽを向くオマケ付きときた。

 ……お、おいおい、どうなってんの? 目の前に居るの、本当に一色か? 影武者とかじゃなくて? 油断したところを、後ろからグサッとヤられたりしない?


「――そう! ほら、先ほどキミを物凄く怒らせてしまったものだから……まだ怒っていたりするのかなと、少しだけ気にしてたのさ。…………少しだけだよ?」

「あぁ……いや、それは勘違いだったわけだしな。さっきも言った通り、一色が怒るのも仕方なかったかなと、今は思ってる」

「そ、そうか。それならば良かった。嫌われるのは……やはり、うん」


 なるほど。先ほどの昔語りでも人から嫌われることを人一倍恐れている様子だったので、実は俺が敵ではないと判れば、多少は気にするという訳か。


「……それにしてもキミぃ、あれほど怖い思いをしたのは久しぶりだったよ。知っての通りわたしは、どこに出しても恥ずかしくないマスターオブビビリなのだから、うっかりショック死でもしたらどうしてくれるのだい? キミの方こそ、もう少し遠慮して欲しかったかな?」

「ふん、今までさんざん俺をビビらせておいてよ。遠慮知らずはお互い様だろうに」


 軽く皮肉を言えるほどには調子が戻ったようなので、こちらも合わせて返しておいた。


「あはは……まあ、その通りだね」


 すると一色はバツが悪そうに目を逸らしてほおいており、これまた意外なことにも、少しは悪いと思っていたらしい。一色の目にも涙ってやつだな、ハハハ。

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