6-20 丸裸

 一色との対話は俺の何気ない問いかけで脱線スタートとなったが、そのおかげで一色の意外な面を沢山知れたので、相互理解を深めると言う目的はすでに達成されたように思う。ただ折角の対話の機会なので、当初の予定通り、夕の件の誤解もしっかりと解いておくとしよう。


「それで、本題の勘違いの件だが…………あー、お前の場合だと、聞いてくれた方が百倍早いな」


 大概のことは勝手に推測してくれるので、一から十まで説明する必要もなく、一色の判断でピンポイントで聞いてくれれば済む。賢い子が相手だと楽なもので、ヤスではこうはいかない。


「おや、お上手」

「いや、お世辞ってか、ただの事実だし?」


 肩をすくませてそう答えると、一色は口元を少しムズムズさせたが、すぐにキュッと引き締めて質問し始める。


「こほん。ではまず、念のため最重要事項の再確認から。先の話に出た大切な子――ゆーちゃんは、キミが登校時に声をかけた小学生と同一人物で間違いないね?」

「ん……そうだな」


 ダレカと夕が同一人物とは思いたくないが、ひとまず今はこれで通しておこう。


「それでまぁ、実は小学生となりゃ、いくらお前でも勘違いするわな。仕方ない話ってやつだ」


 そう付け加えて再度フォローをしたところ、


「ん~? もしかしてキミぃ、わたしを少々甘く見てはいないかい?」


 なぜか一色は不満そうに顔をのぞき込んできた。


「いやいやいや、まさか? 甘く見てるとかありえんし」


 今でも最も警戒すべきの悪魔だと思ってるけど? とまでは、さすがに言えないが。


「ふむ。では一つ聞きたまえよ」

「お、おう」

「まずキミが小学生に恋している事実は、確かに驚きではあるが、その程度のことのみで安易に取り違えたりなどはしないさ。今や多様性の社会なのだ、それも可能性の一つとして必ず残すとも。そう、もっと広く客観的な視点から判断すべき――とまあ、こうして見誤ったわたしが偉そうに言うのも何だけれどね? ははっ」

「いや恋とかじゃ――はとりあえず置いとくとして……えっと、他に理由があると?」

「いかにも」


 なるほど。先ほど一色らしくない勘違いだと感じたのは正しく、どうやら別ルートから深読みした結果らしい。


「まず、先に述べた見立ての段階から比べると、今現在のキミはもはや別人と言っても良いほどだ。もちろん良い意味でね? それは、そのキミの大切な子である、ゆーちゃんの努力に寄るのは間違いない。ここまでは良いかい?」

「……ん、まあ、な」


 これだけ的確なプロファイリングができる一色なので、俺と夕の行動パターンも、当然のようにお見通しだった。ただこちらの一色は淡々と事実を客観的に述べてくるので、気恥ずかしさが多少薄れるのは助かる。


「しっかし、一体どこまで読めてんだよ……」

「ん? その努力の具体的な過程はもちろん知る由も無いよ。けれども、『似た者同士』なのだから、変わる――解消される要因には自ずと予測が立つさ」

「あー、さっきの臆病おくびょうの話ってことな?」

しかり。つまり、人との触れ合いに恐れを抱いていたかつてのキミは……彼女によって本当の愛を知り、それを克服した。違うかい?」

「っっ!?」


 その推測に該当する小さなヒーローの魂の叫びに加えて、ド直球で投げ込まれた告白までもがフラッシュバックし、顔が急激に熱くなってしまう。


「――のっ、ノーコメント!」

「くっくっく、キミは実に面白いなあ。今のは恋愛に限らず広い意味で愛と言っているのだから、そこまで過剰に照れると……『妙な勘違いをする』わたしは、うっかり誤解してしまうかもしれないよ? あータイヘンだなあ? フフフ」

「ぐあああぁ!」


 ええい、淡々と言われようがやっぱ恥ずかしいわ! あとわざわざ引用してからかってくるとは、コイツ地味に根に持つタイプだなぁ。


「――さて、なこなこじょーくは、このくらいにしておこうか」

「ははは……響きの割に全く可愛げの無い冗句だこって」

「くくく、そう拗ねない。それでだ、能面機械人間で偏屈者のキミをわずか数日でここまで更生させるというのは、並大抵の人間では不可能なミッションな訳だよ。具体的には、先に挙げたひたすら一途な愛は必須ひっす条件で、加えてキミを説き伏せられる程の高い知力と誠実な心、他には何度でも立ち上がる不屈の精神力も必要と踏んだけれど……どうだい?」


 はいはい、全部当たってますよー? あと俺を難攻不落の城塞じょうさいみたいに言うのヤメテなー?

 俺があきれ混じりにうなずくと、一色も頷き返して解説を続ける。


「そこで今朝の件だね。あくまで遠目に見たのみではあるけれど、あれほどに敵意とおびえをあらわにしていた小学女児が、それらの一つすらも備えているとは思えなかったのだよ。だからひ~ちゃんとの話を聞いた時には、誰か別の同級生──いや、歳上の女性の可能性が極めて高いと判断したのさ」


 一色は言い終えると、ご納得いただけたかなと言わんばかりに、片手のてのひらを上に向けて首を傾げる。


「いやぁ、まさかそこまで考えての誤解だったとはなぁ……すまん、甘く見てたわ」

「フフン。分かればよろしい」


 俺へのプロファイリング結果を使って、対面すらしていない子をここまでつまびらかに……改めて思うが、尋常ではない洞察力だ。


「ただ、そうなると……今朝の子は、本当に小学生なのかい? にわかには信じがたいものだ」

「ははは、分かるわー。俺も最初は驚かされっぱなしだったもんよ。今じゃもう慣れちまったけどなっ?」


 もはや小学生だとかは正直どうでも良くなり、「夕だから」で納得してしまっている。ましてや未来人ともなれば、そもそも一般常識で判断できる範疇はんちゅうではない。


「なんだい、現金なものだね。これはまた重症だ」

「……どゆこと?」


 一色はヤレヤレと首を振って呆れているが、何のことを言っているのか全然見えてこない。


「え……まさか無自覚とはね……」

「?」

「だからさあ、キミのそのにやけづらのことを言っているのだよ」


 手袋に包まれた指先を顔へ向けられたところで、いつの間にかほおが緩んでいたことに気付く。こうして夕の凄いところを理解してもらえて、まるで自分のことのようにうれしくなっていたようだ。もしかすると、自分が褒められる以上かもしれない。


「はあ、まったくもう。そのような顔を見せられたら、揶揄からかう気も失せてしまうよ。……それと先ほどは、我ながら本当に馬鹿なことをしたものだね」

「ん……んん?」

「――ええぃもぉ~、こ~のぉ~、にぶちんめぇぃ!」


 俺の膝(ひざ)がぽふんと軽く叩(はた)かれ、その意外にノリの良い軽快なツッコミに驚かされる。


「――と言ってもまあ、キミはその方が良いよ。どちらにとっても色々とね。……ああそうだ、わたしも入団しようかな……うむ、これは随分と楽しめそうだねぇ……くっくっく」


 何やら一人で納得した節の一色だが、またぞろ悪い顔でニヤニヤしながら意味深なことをつぶやいている。やはり何のことかはサッパリだが、どうせろくでもない策略でも考えているに違いない……ったく、ほんとブレねぇなぁ。


「それでその子についてだけれど……例えば、体が成長しない病気なのかな?」

「えっ!? そんな発想があったか……んー、初等部の生徒手帳持ってたし、それはない、はず……というか、まぁちょいとばかし言えない事情があ――」

「未来人」

「ちょおぉ! なんで!?」


 まてまてマジでこれはどういうこと!? いくらなんでも推理の次元超えてない? エスパーナーコなの?


「はは、まさか当たりとはねえ。このような簡単な誘導にかかるだなんて、キミらしくないよ?」

「──っああ! はぁぁ……それにしたって、何でだよ」


 釣りをするにもエサが要るだろうに。お前は太公望たいこうぼうかよ。


「ん? ひ~ちゃんとの未来人の会話の不自然さ、その小学生の不可解さ、それらを踏まえれば、エサを出すだけであれば簡単では? だが、流石にまさかとは思ったけれどね……」

「いやぁ……お前にはほんと隠し事できんなぁ。どう足掻あがいても丸裸ってやつだ」

「ま、心配せずとも良い。この情報で何か悪さするつもりもないし、もちろん絶対に誰にも言わないさ」

「おう……それならいいけど」


 お互いに敵意がなくなったためか、こうして情報を抜かれることに対して、以前のような恐怖は感じなくなっていた。手芸部の沙也さやも「隠し事は不可能」とあきらめ半分につぶやいていたが、こんな気持ちだったのかもしれない。もう夏恋なこってばほんと困った子だよねぇ、と言ったところでさ。

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