6-17 臆病

 教室内を歩きつつ一色をチラ見すれば、表情にはいつものような元気もなく、二本の悪魔の触角もへなっとしおれているように感じる。そのためか、常時より小さく見え――いや、背丈は俺の肩くらいまでだから百五十cm強といったところで、元々小さめの子だったのだと今さらながらに気付く。ただそれが、俺の恐怖心で大きく見えていただけなのだろう。

 そうしてなんともなしにさっきと同じ席に着くと、一色もひなたと同じ席、通路を挟んで隣に大人しく座った。

 うーん……さっきと相似の状況に頭を抱えたくなる。俺は弓道の修練に来たはずなのに、何で女の子と話してばっかなんだ? しかも今度は一色が相手とか、ウキウキのウの字もないわ。ウーはウーツのウー。ある意味これも精神修行と考えると、弓道の修練の一環とも言えるか……すんごくやりたくねぇけど。


「それで……詳しく事情を聞かせてもらえるのかい?」

「え……あー、その前に、そっちでいいのか?」


 もちろん、素の状態で良いのかという意味。なにやらかつてない程の落ち着いた様子だし、こっちの方が気楽でいいけどさ。


「うむ。キミにならばこちらで良い」

「おお!? おう……」


 キミて……うーん、何だかむずがゆい呼び方するなぁ。普段の見た目通りの能天気陽キャ風とは真逆のボーイッシュなしゃべり口調で、しかも低音の落ち着いた声がとても理知的というか……漫画の探偵っ娘キャラみたいだな? そりゃ中身は才女なんだから、むしろこっちがあるべき姿なのかもしれんが。でもなぁ、声を変えるにしたって限度があるだろうに……それこそ声優さん顔負けってほどに、声色どころか声質レベルで違っていて、別の人間と話してるのかと錯覚しそうになる。

 そうかぁ、一色は素だとこんな感じと。これはこれで妙にやりづらい――とは言え俺の社交スキル程度じゃ、相手しやすい女の子なんて皆無なんだがな?


「そもそも何でこんなことしてんの」


 二重人格みたいに性格を使い分けてることについて、な。


「――あ、無理に聞こうってんじゃないぞ?」

「おっと、意外に優しいのだね。でも別に気を使ってもらわなくて良いよ」


 まるで大したことではないとでも言うように、手袋に包まれた片手を振っている。

 大した理由でもなくては、こんな七面倒臭いことをしないだろうけど……逆に気を遣わせてしまったかな。

 そこで一色はコホンとせき払いすると、


「それは、わたしが臆病おくびょうだからさ」


 その理由を端的に答え、少し自嘲じちょう気味に微笑んだ。


「臆病、ね」

「うむ。キミなら気付いていたと思うけれど」

「んー……」


 確かに思い当たる節はある。以前に極度に慎重な子だと思ったが、言い換えれば臆病とも言えるだろう。


「――いやいや、でもナゼそれが?」


 ただ、それを聞いても二重人格――いや、二重性格? にどうつながるのか全然ピンと来ない。


「まあそう急かさない。せっかちな男は嫌われるよ? 折角こうして二人きりで話す機会が出来たのだから、ゆっくりとお喋りしようではないか。くっくっく」

「お、おう。それもそうだな」


 一色からは先ほどまでの気まずさも薄れたのか、少しばかり楽しそうに見える。そのせいかは分からないが、いつもならば恐怖から一秒でも早く立ち去りたくなるところを、今は不思議とそうは思わなかった。


「それで、私のような臆病とされる人間は、何かにつけて恐怖しおびえがちな訳だね。では、それを解消する最適な方法と言えば何かな?」

「…………ええと、単純に考えると勇気を持つ……恐怖に負けないよう根性をつける、とか?」


 とりあえず浮かんだことを答えてみたが……そこまで間違っては、ないよな?


「んー? それは方針であって方法や方策ではないので、私の問に対して正確には答えられていないよ」

「そう……なのか?」

「そうだね。またそれは、対症療法であって原因療法ではない。根性論で耐えられるだけで、解消はしていない。それでは最適解とは言えないだろう?」

「ぐむむ」


 一瞬で論破されてしまったぞ。まるで先生に小論文の添削をされている気分だな……日本語ってムズカシイネ!


「ふっふふ。このような調子では、わたしの動機には辿たどり着けないよ、ダイチ少年?」


 ちっちっと指を振る一色は、まるで不出来な助手をからかう名探偵――いや、どちらかと言うと探偵を嘲笑うライバル怪盗か? 何にしろ大層お似合いのハマり役なこって。


「では聞くけれど、根性をつけるには何をすれば?」

「え、何をと言われると……うーん……」


 少年漫画なら、勇気を振り絞って強敵に立ち向かい成長したりするもんだが……この現実世界じゃそう都合の良い展開にはならないし……結局何したらいいんだろうな。


「さあどうだい、根性論では厳しそうかな?」

「ん……降参だ」


 俺が手を挙げたことに満足したのか、一色は解答を示してくれた。


「フフ、答えは簡単だよ。『る』ことさ」

「し、る?」


 意外な答えにオウム返しに聞いてしまう俺、おバカ丸出しである。


「例えばだね、よく恐怖の対象とされる幽霊は、その正体が解らないから怖い。疫病なら、何が原因か解らないから怖い。生身の人間なら、何を考えているか解らないから怖い。そう、人間は未知のモノにこそ恐怖を覚える。『知識は恐怖への解毒剤である』、そう言った思想家が居たものだよ」

「へぇぇ……なるほどなぁ」


 いやあ、一色の言うことは本質を突いていて、とても深い……夕と同様に、俺なんかが遠く及ばないほどに物事を識っているのだろうな。周りの女の子達が最強過ぎて困る件。


「それと、確かキミは沙也さやちゃんの言葉を聞いていたね?」


 寡黙子かもくこ、もとい沙也のわずかな発言を順に思い出していくと、一色に関係するのは……全国模試トップレベルってやつかな? ――あぁ、そういうことを言ってるのな。

 この話に繋がる内容を思い出したので、軽くうなずいてみせる。


「そう、人より少し勉強が得意なのはそのせいもあるかな。もちろん、知的好奇心も人一倍強いけれどね?」

「全くもって少しってレベルじゃないけど……色々と納得できたかも」


 つまり、一色の行動原理には未知への恐れがあり、それ故に何でも知りたがり、何でも暴きたがるということか。


「解ってもらえたようだね。さすがは『似たもの同士』君だ」

「え!? ――ああ、前に言ってたやつな」


 俺が無難や普通を望むことへの、自嘲を含んだ皮肉だったか。それに加え、さっき俺がひなたに話した「人との繋がりを避けた理由」も、バッチリ聞かれてた訳だしな。まあ、一色の洞察力なら最初から気付いて言ってたのかもしれんが……だって似たもの同士だし?

 あとこの解説を聞いて気付いたが、さきほど一色と話すのも悪くないと感じたのは、一色を知りつつあるからかもしれんな。


「ちなみに、そのことについては謝るつもりはないからね?」

「え?」


 そのことというのは、たった今思い浮かべた、一色にコッソリ聞かれていたことだよな――って勝手に人の頭の中を覗くんじゃない! これ自体も覗きへの意趣返しってか!? ええい、これだからINT知力極振りのヤツは! 極振りは悪い文明!


「――はぁ、同罪だもんな……」


 すると一色は、「立場を分かっているようだね」とばかりに、満足げに頷いたのだった。

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