6-17 臆病
教室内を進む一色の後ろに続けば、そのショートヘアの頭が自然と目に映る。その頭頂部からクリンと飛び出た二房の癖毛が、歩みに合わせてヒョコヒョコ揺れていて、そこには普段の悪魔の角の如き禍々しさはなく、どこかしら愛嬌すら感じられた。また後ろ姿だと随分と小さく見え――いや、背丈は俺の肩くらいまでなので百五十センチ強しかなく、実は随分と小柄な子だったのだと今さらながら気付く。それが今までは、俺の恐怖心から大きく見えていただけだったのだろう。
そう考えている間に一色が足を止め、当然のようにひなたと同じ席へ座ったので、同じく俺も通路を挟んで隣に座った。
「うーむ……」
この数分前と相似の状況に頭を抱えたくなるというもので、俺は弓道の修練に来たはずが、なぜ次から次へと女の子と話すことになっているのやら。それも字面だけならまるで楽しい青春イベントかのようだが、相手がこの一色とくれば、ウキウキのウの字もない。ウーは
「こほん。それでは早速──」
「ああー、その前にさ、そっちでいいのか? そのアレだ、喋り方とか?」
「うむ。キミにならばこちらで良い」
「え、おう……」
キミ、かぁ……何だかムズ
「てか何でこんな妙なことしてんだ? ネコ被ってるってのとも、ちょっと違う気がするし――あ、いや、無理に聞こうってんじゃないぞ?」
「くふっ。別に気を遣ってもらわなくて結構だとも」
一色はナゼか少し嬉しげにそう答えると、
そう考えていたところ、一色は俺の顔をじっと見つめて、再びクスッと笑う。次いでコホンと
「それは、わたしが
その理由を端的に答え、少し
「臆病、ね」
「うむ。キミならば、すでに気付いていたと思うけれど」
「んー…………言われてみりゃ、そうかもな」
たしかに、以前には極度に慎重な子だと思ったもので、それは見方を変えれば臆病とも言えるだろう。だが、それが二重人格――いや、二重性格? にどう
「で、何の関係が? サッパリ話が見えんぞ?」
「まあまあ、早く戻りたい気持ちは分かるが、そう急くものではない。そも、今キミは
「ご、ごめん」
「ふふっ、もちろん冗句さ。先の気遣い無用は、気遣いからではないとも」
「ぐ、ぐぅ」
一色からは先ほどのしおらしさもスッカリなくなり、いつも通りこちらの思考を的確に読んで、皮肉たっぷりの
「まあそれに、折角こうして二人きりで話す機会を設けたのだから、ゆるりとお喋りしようではないか。相互理解は重要と、我々はつい先ほど学んだばかりなのだから、ね? くっくっく」
「……はははっ、違いねぇ」
ただその鋭いトゲは、いつものような
「それで、私のような臆病とされる人間は、何かにつけて恐怖し
「…………ええと、単純に考えると勇気を持つ……例えば、恐怖に負けないよう根性をつける、とか?」
とりあえずで思い浮かんだことだが、そこまで間違ってもいないだろう。
「四十点」
「なにぃ……赤点かよぉ」
「くくっ。それは対症療法であって原因療法ではない。根性論で耐えられるだけで、恐怖そのものの解消はしていない。それを最適な方法と言えるかな?」
「ぐむぅ、たしかに」
いともたやすく論破されてしまった……まるで先生に小論文の添削をされている気分だ。
「ふっふっふ。このような調子では、わたしの動機には
ちっちっと指を振る一色は、まるで不出来な助手をからかう名探偵――いや、どちらかと言えば探偵を
「では聞くけれど、根性をつけるには何をすれば?」
「え、何をと言われると……うーん……」
少年漫画なら、勇気を振り絞って強敵に立ち向かい成長したりするものだが……この現実世界ではそう都合の良い展開にはならない……結局何をしたら良いのか。
「さあどうだい、根性論では厳しそうかな?」
「ん……降参だ」
俺が手を上げたことに満足したのか、一色は得意げな顔で解答を示してくれた。
「フフ、答えは簡単だよ。『
「し、る?」
意外な答えにオウム返しに聞いてしまう俺、おバカ丸出しである。
「例えばだね、よく恐怖の対象とされる幽霊は、その正体が解らないから怖い。疫病なら、何が原因か解らないから怖い。生身の人間なら、何を考えているか解らないから怖い。そう、人間は未知のモノにこそ恐怖を覚える。『知識は恐怖への解毒剤である』、そう言った思想家が居たものだよ」
「へぇぇ……なるほどなぁ」
一色の言は本質を突いていて、とても奥深い。それは夕との会話でも良く感じることがあり、二人とも様々な物事をまさに「識って」いるのだろう。
「それと、キミは
「そう、人より少し勉強が得意なのはそのせいもあるかな。もちろん、知的好奇心も人一倍強いけれども」
「全くもって少しってレベルじゃねぇが……色々と納得できたわ」
一色の根底には未知への恐れが常にあり、それゆえに何でも知りたがり、何でも暴きたがる訳だ。
「解ってもらえたようだね。さすがは『似たもの同士』だ」
「え!? ――ああ、前に去り際にボソッと言ってたやつな」
あれは確か、俺が無難や普通を望むことへの、自嘲を含んだ皮肉だった。さらに先ほど俺がひなたに打ち明けた「人との繋がりを避けた理由」も、一色にバッチリ聞かれていたので、それも指しているのだろう。ただ一色の洞察力なら、あの時すでに気付いた上で言っていたのかもしれないが……だって似たもの同士だし?
あとこの「識る」の解説を聞いて気付いたが、一色に対する恐怖が消えて話すのも悪くないと先ほど感じたのは、一色を識りつつあるからかもしれないな。
「ちなみに、そのことについては謝るつもりはないからね?」
「え?」
そのことと言うのは、たった今思い浮かべた、一色にコッソリ聞かれていたこと――って勝手に人の頭の中を覗くんじゃない! これ自体も覗きへの意趣返しってか!? ええい、これだから
「はぁ、同罪だもんな……」
立場を分かっているようだね、とばかりに満足げに頷く一色の顔を見て、この子には敵わないなと改めて思い識らされるのであった。
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