6-17 臆病
教室内を歩きつつ一色をチラ見すれば、表情にはいつものような元気もなく、二本の悪魔の触角もへなっと
そうしてなんともなしにさっきと同じ席に着くと、一色もひなたと同じ席、通路を挟んで隣に大人しく座った。
うーん……さっきと相似の状況に頭を抱えたくなる。俺は弓道の修練に来たはずなのに、何で女の子と話してばっかなんだ? しかも今度は一色が相手とか、ウキウキのウの字もないわ。ウーは
「それで……詳しく事情を聞かせてもらえるのかい?」
「え……あー、その前に、そっちでいいのか?」
もちろん、素の状態で良いのかという意味。なにやらかつてない程の落ち着いた様子だし、こっちの方が気楽でいいけどさ。
「うむ。キミにならばこちらで良い」
「おお!? おう……」
キミて……うーん、何だかむずがゆい呼び方するなぁ。普段の見た目通りの能天気陽キャ風とは真逆のボーイッシュな
そうかぁ、一色は素だとこんな感じと。これはこれで妙にやりづらい――とは言え俺の社交スキル程度じゃ、相手しやすい女の子なんて皆無なんだがな?
「そもそも何でこんなことしてんの」
二重人格みたいに性格を使い分けてることについて、な。
「――あ、無理に聞こうってんじゃないぞ?」
「おっと、意外に優しいのだね。でも別に気を使ってもらわなくて良いよ」
まるで大したことではないとでも言うように、手袋に包まれた片手を振っている。
大した理由でもなくては、こんな七面倒臭いことをしないだろうけど……逆に気を遣わせてしまったかな。
そこで一色はコホンと
「それは、わたしが
その理由を端的に答え、少し
「臆病、ね」
「うむ。キミなら気付いていたと思うけれど」
「んー……」
確かに思い当たる節はある。以前に極度に慎重な子だと思ったが、言い換えれば臆病とも言えるだろう。
「――いやいや、でもナゼそれが?」
ただ、それを聞いても二重人格――いや、二重性格? にどう
「まあそう急かさない。せっかちな男は嫌われるよ? 折角こうして二人きりで話す機会が出来たのだから、ゆっくりとお喋りしようではないか。くっくっく」
「お、おう。それもそうだな」
一色からは先ほどまでの気まずさも薄れたのか、少しばかり楽しそうに見える。そのせいかは分からないが、いつもならば恐怖から一秒でも早く立ち去りたくなるところを、今は不思議とそうは思わなかった。
「それで、私のような臆病とされる人間は、何かにつけて恐怖し
「…………ええと、単純に考えると勇気を持つ……恐怖に負けないよう根性をつける、とか?」
とりあえず浮かんだことを答えてみたが……そこまで間違っては、ないよな?
「んー? それは方針であって方法や方策ではないので、私の問に対して正確には答えられていないよ」
「そう……なのか?」
「そうだね。またそれは、対症療法であって原因療法ではない。根性論で耐えられるだけで、解消はしていない。それでは最適解とは言えないだろう?」
「ぐむむ」
一瞬で論破されてしまったぞ。まるで先生に小論文の添削をされている気分だな……日本語ってムズカシイネ!
「ふっふふ。このような調子では、わたしの動機には
ちっちっと指を振る一色は、まるで不出来な助手をからかう名探偵――いや、どちらかと言うと探偵を嘲笑うライバル怪盗か? 何にしろ大層お似合いのハマり役なこって。
「では聞くけれど、根性をつけるには何をすれば?」
「え、何をと言われると……うーん……」
少年漫画なら、勇気を振り絞って強敵に立ち向かい成長したりするもんだが……この現実世界じゃそう都合の良い展開にはならないし……結局何したらいいんだろうな。
「さあどうだい、根性論では厳しそうかな?」
「ん……降参だ」
俺が手を挙げたことに満足したのか、一色は解答を示してくれた。
「フフ、答えは簡単だよ。『
「し、る?」
意外な答えにオウム返しに聞いてしまう俺、おバカ丸出しである。
「例えばだね、よく恐怖の対象とされる幽霊は、その正体が解らないから怖い。疫病なら、何が原因か解らないから怖い。生身の人間なら、何を考えているか解らないから怖い。そう、人間は未知のモノにこそ恐怖を覚える。『知識は恐怖への解毒剤である』、そう言った思想家が居たものだよ」
「へぇぇ……なるほどなぁ」
いやあ、一色の言うことは本質を突いていて、とても深い……夕と同様に、俺なんかが遠く及ばないほどに物事を識っているのだろうな。周りの女の子達が最強過ぎて困る件。
「それと、確かキミは
この話に繋がる内容を思い出したので、軽く
「そう、人より少し勉強が得意なのはそのせいもあるかな。もちろん、知的好奇心も人一倍強いけれどね?」
「全くもって少しってレベルじゃないけど……色々と納得できたかも」
つまり、一色の行動原理には未知への恐れがあり、それ故に何でも知りたがり、何でも暴きたがるということか。
「解ってもらえたようだね。さすがは『似たもの同士』君だ」
「え!? ――ああ、前に言ってたやつな」
俺が無難や普通を望むことへの、自嘲を含んだ皮肉だったか。それに加え、さっき俺がひなたに話した「人との繋がりを避けた理由」も、バッチリ聞かれてた訳だしな。まあ、一色の洞察力なら最初から気付いて言ってたのかもしれんが……だって似たもの同士だし?
あとこの解説を聞いて気付いたが、さきほど一色と話すのも悪くないと感じたのは、一色を知りつつあるからかもしれんな。
「ちなみに、そのことについては謝るつもりはないからね?」
「え?」
そのことというのは、たった今思い浮かべた、一色にコッソリ聞かれていたことだよな――って勝手に人の頭の中を覗くんじゃない! これ自体も覗きへの意趣返しってか!? ええい、これだから
「――はぁ、同罪だもんな……」
すると一色は、「立場を分かっているようだね」とばかりに、満足げに頷いたのだった。
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