6-16 解消
一色の行動の意味が全く理解できず、目の前で礼儀正しく下げられた頭を
「うっそやん……」
絶対強者の一色が、ただの弱者の俺に、謝ってきた、だと……!? その事実にまず
「いったい、何のつもりだ?」
疑心暗鬼に駆られる中、その意図を率直に尋ねてみるが、一色は依然と頭も上げずに黙したままだ。この真剣な様子からすると、どうやら本気で謝ろうとしているようであり、他意はなさそうに思われる。もちろん、俺が怒ったことへの恐れから謝るようなタマではないので……このたった数秒の間に、何らかの心境の変化があったのだろうか。
そうしてしばらく沈黙が続いた後、一色はゆっくりと面を上げると、静かに俺の問いかけに答えた。
「ええと……今の反応で、勘違いだと解ったから……二人は同じ子だったのだね……本当にまさかのまさかだったよ……」
その暗い表情で伏し目がちに唇を
「二人は同じって何のこと……………………あぁ、なんだよ……そういうことだったのか。ったく、妙な勘違いしやがってよ」
これでようやく、一色が
「ああ、同じ子だ。無事に勘違いが解けたようで、なによりだな」
「うん……その大切な子を馬鹿にしてたつもりではなかったし、それと怒りのあまりにどうかしていた……なんて
あの一色が、こうして再度謝ってきている事実が
以上を一色視点で整理してみると……朝におつまみ感覚で小学生をナンパするロリコン
一色がひなたを好きなことを考えれば……うん、そりゃブチキレて当然だわ。例えばもしそんなヤツが夕に寄ってきたなら、間違いなく俺も全力で排除しようとする。
さらに俺がのらりくらりと誤魔化そうとしているように見えて、イライラも限界に達し、今朝の幼女を使って情報を引き出そうと乱暴なカマかけをした。すると、想定以上にクリーンヒットして俺がブチキレてしまい、「今朝の幼女=
「なるほどな……」
あと今になって思えば、ひなたが全力で応援するとまで言った子を
そうなると今回の件は、相互理解が皆無だったために起きた不運な事故……とは言え、お互いにもう少しばかり冷静さがあれば回避できた人災ではあるが。
「事情は分かった」
「うん……」
一色は消え入るような声で
「勘違いと分かれば、お前の怒る気持ちも理解できたような気がする。なんで、さっきはキツイ言い方して、その……俺の方も悪かった」
「ええっ!?」
俺からの謝罪を聞くや否や、なぜか一色は顔を勢い良く上げ、驚きの表情でこちらを見つめてきた。
「……俺、何か変なこと言ったか?」
喧嘩両成敗ということで、こちらも謝るのが筋かと思ったのだが……「お前なんかに私の気持ちが分かるわけないだろう!」とかだったら辛い。
「ああ………………そうか、これ程までに」
「んん?」
「――いや、気にしないで。ふふっ」
何かに納得した様子の一色は、依然と硬い表情ではあるものの、口元のみを少しだけ緩める。それはいつもの攻撃的な悪い笑みではなく、確かな優しさを含んだ微笑みに見えて、何とも不思議な気持ちにさせられた。
「まぁいいか。つーわけで、不幸な勘違いだっただけだし、今回の事はお互いキレイサッパリ水に流すってことで……いい、よな?」
「もちろんだとも! その、許してくれて、本当にありがとう」
一色は感謝を言葉にしつつ、再び頭を下げてきた。
「お、おおお……」
「……?」
「あっ、いやいや、なんでもねぇ」
ここまで素直な一色を見せられて、逆に不安になってしまったのだ。さてはこいつ、いつもの
◇◆◆
無事に仲直りもできたので、射場に戻るため
「あ、もう少し話せない?」
一色が片手を前に出して待ったを掛けてきた。
「…………ああ、ちょっとくらいなら。誤解は完全に解いておきたい、って訳だよな?」
「そう。それと――んっ?」
そこで一色が言葉を切ると、軽く小首を傾げつつ、視線を俺の後ろへと向けてきた。それで肩越しに振り返ってみれば……少し離れたところで、後輩らしき女子二人が肩を寄せて何かを話していた。その二人はこちらをチラ見しているが、俺を気にしたり話しかけたりする物好きな後輩など居ないので、俺ではなく一色に用事がある――いや、そういう雰囲気でもなさそうか。ならここはひとまず、俺が様子を見てくるとしよう。
「みーちゃん、やっぱやめとこ? 普段から怖いのに……今は絶対ヤバイやつだってば」
「で、でもぉ、もし喧嘩だったら、誰かが止めないとだよぉ」
「そだけど、ウチ声かける勇気なんて──わわわっ!」
「せせせ、先輩っ!?」
俺の接近に気付いた二人は、驚き顔を向けると、次いで背筋を伸ばして直立不動になる。
「どうかしたか?」
「え、えと、廊下に出たら大きな音がしたので……」
「なにか揉め事だったら、どうしよう、と……?」
「ああ……」
俺も一色もテンパっていて気付いていなかったが、一部始終を遠くから見られていたようだ。それでこの二人は、面倒くさい先輩が揉め事を起こして、弓道部が道場出禁にでもなったら困ると思ったのだろう。
「ハハッ、心配せんでも――」
「だって先輩はウチらのエースだし、それに次で最後の大会ですし……」
「怪我とかして、出られなくなっちゃったら……ボクも悲しいです」
「っ!?」
なんてこったい。俺が名前すら覚えていないこの後輩達は、純粋に俺の身を案じてくれていた、のか……しかもこんなにビクビクしながらだ。それなのに俺ってヤツはよ……ああ、ほんとすまねぇ。
「ごご、ごめんなさいっ!」
「余計な心配、でしたよね?」
自分の不甲斐なさに歯噛みしていたところ、機嫌を損ねたと思われてしまったようだ。
「あっいやいや、そんなことない! その、アレだ、心配してくれてありがとなっ!」
「「!?」」
優しい子達を疑ったせめてもの罪滅ぼしに、いま俺ができる限りのフレンドリーな顔を作って感謝を述べると、二人は目をまん丸にして互いに見合った。……慣れない事をしたから、不自然だったかな。
「でさっきは、ウッカリ足を滑らせて軽く壁にぶつかっちまってな? んでクラスメイトにからかわれてたんだ、ハハハ。……ってな訳で別に何でもねぇから、二人は気にせず練習に戻ってくれ」
「はっ、はい!」「し、失礼しますぅっ!」
二人がいそいそと射場に戻っていくのを横目に、一色の所へと引き返す。
「待たせたな」
「ああすまない、場所を選ぶべきだったね」
「まぁ、特に俺はな」
「ん……それも直に。ふふっ」
一色が意味深に微笑んで横の教室へ入って行ったので、俺は首を傾げてその後ろ姿を眺めつつ、後に続くのだった。
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