6-13 呼名

「えっとそれで……小澄からの意見とかは、もうなさそう?」


 これ以上は欲張りというものだが、もしまだ何かあるのなら聞いておきたい。


「ええ、今のところは私が言えることはこのくらいです。また何か思いついたらお声掛けしますね?」

「おう、すごく助かる。んでもまぁ、こうして応援ももらったことだし、あとは俺が頑張るさ――と言っても俺から夕に何かできるわけでもなさそうなのが、辛いとこなんだけどな。ハハハ」


 結局のところ、夕が元に戻ってくれることを祈るしかないのだ。


「いえいえ、そんなことありませんよ。大地君がゆっちゃんを信じてあげることが、何より一番大切なんだと思います。でも、今の大地君なら全く心配要らないですけどね? ふふっ」

「そ、そうなのか?」


 小澄はそう言って、どこかうれしげに微笑んでいるが……俺自身としては不安で仕方ない。


「ええ、今のお話を聞いて増々そう思いました。大地君はゆっちゃんのことを本当に大切に想っていますが、それと同時に心から信頼もしていますから。じゃないとこんなに冷静でいられませんし、中には裏切られたーって怒りを覚える方も居るかもしれません」

「たしかに」

 

 さっきは結構な酷いことを言われたけれど、夕に対して腹が立ったり、後で責め立てようなんて思いもしなかった。……ああそういや、さっきヤスにも同じようなことを言われて感心されたっけ。うん、心理分析上手の小澄までがそう言うのなら、確かにそうなのかもしれないな。


「ああそうだな……夕のことは信頼してる。それこそ誰よりも――ってぇ何言わせるんだよ!? 恥ずかしいっての!」

「まあ!」


 小澄は両手で口を押さえて目を見開きつつ、黄色い声を上げて嬉しそうにしている。


「はうぅ、こんなの私までドキドキしちゃいますよ! ああんもう~、ゆっちゃんがうらやましいです!」

「えええ、そんなこと言われてもなぁ……」


 また小澄ワールドに飲み込まれそうな予感がしてきた。――っよし、結構時間も経ったし、こうして部活もせずに油を売ってるわけにもいかない、潮時だな! 撤収、撤収ー!


「――さて! それじゃ、そろそろ部活に戻ろうか。小澄も――」

「あっ! そうです! 提案があります!」


 俺が椅子から腰を上げようとしたところ、小澄はとつぜん元気良く右手を挙げて引き止めてきた。


「ん……今度は何さ?」


 言うべきことも言って、聞きたいことも聞いたし、そろそろ部活に戻りたいのだが。それに超エース級にダラダラと油屋をさせるのも気が引ける。


「名前です!」

「はぁ」


 宇宙大地ですが何か?


「私のことも、下の名前で呼んで欲しいのです!」


 すると小澄は、両手を上下にブンブン振ってそう主張してきた。


「んな、急にどうした!?」

「だって、せっかくこうして仲良くなれたんですから。私は大地君って呼んでますし、それにゆっちゃんや天馬さんだけズルイです! 私だけ苗字なんてイヤです!」

「ええ……」


 つまりそれは、「ひなた」って呼べってこと? いやいや、女子を下の名前で呼ぶとか、そんなん恥ずかしいに決まってるだろうに。それはおさな馴染なじみかイケメンにしか許されないご禁制行為であり、俺がやったら風紀を乱した罪でしょっぴかれるぞ。……いやまぁ、確かに夕は呼び捨てなんだけど、同級生か小学女児かじゃ意味が全然違うしさ?


「あうぅ、大地君がどうしても嫌だと仰るなら……別にいいですけどぉ……しょぼぼん」

「そこまでがっかりしなくても……」


 くっそぉ、露骨に哀れなうさちゃんの顔しよって……そっちこそズルイわ! しかも夕みたいに狙ってやってるわけじゃないだろうから、なおさら対応に困るっての。

 それに先ほどは相談に乗ってもらった恩もあり……気乗りはしないが仕方ないな。


「あぁもう、分かったよ! その……ひっ、ひなた、さん」

「!!!」


 ぐぬぅ、名前呼ぶだけなのに何でこんな苦労せにゃならんのだっ!


「あのっ! 贅沢ぜいたく言って申し訳ないんですけど……『さん』も取ってください! もしくは『ひな』でお願いします!」

「なっ! それは……」


 くっ、注文多いなぁ! これが落とし所だと思うけど、ダメかな!? 贅沢は身を滅ぼすし、二兎にと追うものは返り討ちなんだぞ? ――あ、キミはウサギの仲間だったね。


「だってゆっちゃんも天馬さんも呼び捨てなんですから! そうでしょ!?」

「むぅ……」

「仲間ハズレは良くないと思います!」

「……」


 ええい、ほんと譲らないとこは絶対譲らない子だなぁ!


「ハイハイ分かった、了解だ! ひなたっ! これでいいか、ひなた!?」


 もはやヤケクソだ。どうせ俺らしか居ないし、もうどうにでもなれってやつ。


「はいっ! とっても嬉しいです、大地君♪」


 ひなたはそう言うと、満面の目映い笑顔を見せてきた。

 にしても、こんなことでここまで喜んでくれるとはね。なんかこっちまで嬉しくなっちまうな。

 うーむ、それにひなたって良く見たら結構可愛――あっ、いやいやいや、そういう意味じゃなくてな――って俺は何を言い訳みたいなことを!? しかも何でちょっとねてる夕が浮かんでくるんだよ……あぁくっそぉ、本格的にマズイ気がするぞ。


「よ、よーし、部活に戻ろうか!」

「はい!」


 妙な流れになってきたということもあり、早急に部屋を出ることにする。このまま小澄ワールドに飲み込まれてはタマラン。

 そうして小澄はノートを閉じて後ろに付いてきたので、教室を出た後に俺はトイレの方へと向かうことにした。だってほら……しばらく居なかった二人がそろって射場に戻ってきたら、またヤスあたりが邪推するかもしれんしな?




―――――――――――――――――――――――――――――――――


区切りまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

さて、ひなちゃんのターンはいかがでしたでしょうか。

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