6-12 訳有

 小澄ワールドに飲み込まれて頭を悩まされはしたが、その独特かつ鋭い指摘のおかげで貴重な自己分析ができたので、間違いなくプラスになった。ただ、これで夕関連の話は終わりかと思いきや……


「そういう訳で、お二人がお互いをとぉっても大切に想っているのは、間違いありません。なのですが……ゆっちゃんはまだ恋人さんじゃない……のです? 本当に?」


 再び小澄は俺達の仲に疑問をぶつけてきた。


「はぁ、そう言ってるだろうに。夕は家族、言ってみればむす――妹みたいなもんかな」

「うむむむむ……なんででしょぉ……へんだなぁ……おかしいなぁ……」


 小澄は首を傾げながらぶつぶつつぶやいており、やはり全然納得していないご様子。ヤスもそうだが、どうして周りはこぞって俺と夕をそういう仲にしたがるのだ。


「そんな不思議がられても困るんだが。そもそも夕はまだ小学生なんだぞ?」

「あら、恋愛に年齢なんて関係ありませんよぉ? それに女の子は、男の子が思ってるよりずーっと大人なんですから。……でしょ?」

「む、うむ……」

「うふふ♪」


 一般的な小学女子がどうかは知らないが、確かに夕に関しては、俺よりも大人な考え方をしている。特に色恋関連の話となれば、例え逆立ちして星と地が入れ替わっても勝てる気がしない。


「いやまぁ、そうだとしてもだ……こっちは夕のことまだ全然知らないんだから、普通に考えてそんなことにはならんて」

「う〜ん、これだけ大切に想ってくれてるなら、それだけで女の子としては大歓迎だと思いますけど? でも……うふふ、真面目な大地君らしいですね」

「そんなことねぇよ……」


 それに真面目さで言えば、お前がナンバーワンだ。


「よぉーし、それでしたら……私も応援しなきゃですね!」

「え?」


 おっとぉ、この子また妙チキなこと言い出したぞ?


「お二人がもっともっとラブラブになれるように、全力で応援します!」

「はあぁぁ!?」


 すでにヤスが出しゃばってきているところへ、さらに応援団が増えて結束でもされたら、もう完全に手に負えなくなる。たしかに、先ほどはヤスのお陰で助かったことは間違いないが……何というか、そもそも人に応援されるようなことじゃないよね? あんたら余計なお世話って言葉知ってる?


「いやいや、何でまたそんな妙なことを……興味本位の冷やかしで、ってタイプじゃないよな、小澄はさ?」

「それは……そのぉ……大地君には、誰よりも幸せになって欲しくて……それを、ゆっちゃんとなら必ず築けると思って……」

「え……と……どうして小澄がそこまで俺の心配を……?」


 どこか寂しげな顔でそう呟いた小澄からは、ただの善意や慈愛からだけではないような雰囲気を感じた。


「あ、えっと、ごめんなさい……それは、まだちょっと、言う決心がついてなくて……」

「そう、か」


 やはり何かワケアリのようで……もしかすると、例の恩人案件と関わりがあるのだろうか。


「でも、いつか必ずお伝えします。これだけは、絶対に逃げちゃいけないことですから」

「ん。わかった」


 この小澄の真剣な眼差しと言葉からすると、相当ヘビーな内容のようで、気軽に聞いて良い話ではなかった。そうなると同じく恩人案件の詳細についても、少なくとも小澄が自ら打ち明けてくれるまでは、保留しておくべきだな。

 だがその事情はさておいて、アリガタイことにも応援してくれるというなら、ここは一つ相談に乗ってもらおう。どうやら未来について何か知っている様子だったので、目下の一番の悩み事について、建設的なアドバイスをもらえるかもしれない。


「それじゃ……お言葉に甘えて、夕のことで一つ聞きたいんだが」

「はいっ! なんなりと!」


 元気よく返事をしながら、嬉々ききとしてグイグイ詰め寄ってきたので、慌てず騒がずスウェー。何度も同じパターンを経験したので、動きが読めてきた。見える、見えるぞ!


「そ、そんな意気込まなくていいからな?」

「あ、はい……大地君に頼りにされて、嬉しくてつい? えへへ」


 小澄は乗り出していたことに気づいたのか、ゆっくり逆再生で戻っていくと、少し照れ臭そうに手をさする。


「……あーそれでだ、昨日までは普通だったのに、今朝会った時に突然別人のように冷たくなった――いや、変な話だが、俺自身は本当に別人だったと思ってる。そんな妙なことになるって、何か心当たりある?」

「ええっ! ゆっちゃんがそんな大変なことになってたんですか!? それほどお辛い状況だったのに、私を気にかけてくれて……あぁ本当に、大地君は……うぅぅ」

「だぁもう、落ち着いて聞いて欲しいぞ!」


 小澄は慈愛にパラメータ振り過ぎてて、ほんっとやり辛い……俺の周りには極振りステのやつしか居ないのか!? ――っておい、そこのイマジナリー・夕、知らん顔して吹けない口笛フスフス吹いてるお前のことだよ、このバーサーカー! ちったぁ防御にも振れや!


「……はい、すみません。えっと、それで、うーん……その、大地君が見間違えるなんてありえないと思いますけど、その方は本当にゆっちゃんでした?」

「あぁ、姿や声は間違いなく夕だった。ちなみに、双子の可能性とか色々とヤスと議論したが、全部否定材料があって行き詰まった」


 さすがに未来や交代云々うんぬんは、伏せておくべきだろう。


「そうですか……ごめんなさい、ちょっとお力になれそうにないです」

「だよなぁ――あ、そもそも訳の分からん話だし、別に気にしなくていいからな?」

「はっ、はい! ありがとうございます」


 小澄はこんなことでも気に病みそうなので、すぐにフォローしてうさぎ化防止策を施行。ん、少しだけ対応に慣れてきたかもしれない。もしや、コミュ力アップ――なわけないか。

 それで未来関連の事情を知っていそうな小澄でも、思い当たることは無いときたか……そんな上手い話はなかった。


「――あっ、具体的なことではないのですが……ひとつだけよろしいです?」

「おうよ! 思いついたこと、何でも言ってくれ!」


 それこそ何が参考になるかも分からない状況なので、今はどんな些細ささいなことでも聞いておきたい。


「その……ゆっちゃんが訳もなく大地君に冷たくするなんてありえませんし、今朝は本当によっぽどの事情があったに違いありません。ですから、きっとゆっちゃん自身もとても苦しんでいると思いますし、あまり責めたりしないであげて欲しいかなって……?」

「え……責める? ……ああ、それは大丈夫かな」

「?」


 小澄は交代の事情について知らないので、そういう心配もしてしまうのだろう。だが、俺らの推測の通り別人に交代していたのだとすれば、もちろん夕を責める理由なんて微塵みじんもありはしない。もし仮にダレカが夕本人だったとしても、小澄の言うようによほどの事情があるのだろうし、笑って許してあげたいもので……こういう時こそ度量の広さを見せないとだよな。


「今朝は確かにショックではあったけど、いつもの元気で優しい夕に戻ってくれさえしたら、それでいいさ」

「はぅぅ、やっぱり大地君は優しいなぁ――って、あわわ……ゆっちゃんを大切に想っている大地君には、こんな心配は余計なお世話でしたよね!? 出しゃばって偉そうなことを言って、すみません……」

「んや、ありがとう。助かったわ」

「いえいえ! そんなお礼を言われるほどのことは何も……」


 小澄は少し照れているようで、ゆっくりとうなずきつつ、もじもじウサウサしている。


「いや、こうして真面目に話を聞いてくれただけでも、何か少し楽になったかも?」

「あっ、はい! そう言っていただけたなら、良かったです。うふふ♪」


 小澄に気を遣った訳でもなく、実際に心が少し軽くなったと感じていて、本当にありがたいと思っている。

 それと小澄のおかげで、元の夕に戻った後のことを改めて考える良いきっかけにもなった。そう、ダレカが俺を覚えていなかったということは、夕の方も今朝のことを覚えていないはずだが……夕が気に病まないように、今回の件について黙っておくべきだ。再会した時に素知らぬ顔ができるように、今から心構えをしておこう。

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