6-11 認識

 こうして無事に小澄へ誠意をもって謝罪できたものの、想定外に悲しませてしまったので、まずは立ち直った現状を伝えて安心させてあげよう。ただ、さすがに夕のことを伝えるのは照れ臭いので、そこは伏せておくが。


「それで親父が亡くなってからは、独りで暮らしていたんだが……実はもう天涯孤独ってわけでもなくなってな?」

「あ、それって……!」


 すると小澄は何かを察したのか、急にほおほころばせる。


「何とも妙な話なんだが、つい昨日に家族みたいなのが増えたというか……強引に家族枠にねじ込んで堂々と居座りやがった無茶苦茶なのがいるというか……――って自分で言ってて何だそりゃって話だわ、ハハハ――」

「わああ! ゆっちゃんと恋人同士になられたってことですよね!? 詳しく聞かせてくださいっ!」

「ちょぉお!!!」


 トンデモ発言と共に、興奮した様子でズイと顔を寄せてきたので、慌てて背を反らせて退避する。


「ごめん、あまりにビックリしてでかい声出ちまった……――じゃなくてぇ! 恋人じゃないっての! あと何で夕だって思ったんだよ? いやまぁ、その通りなんだけどさ……」


 付き合いの長いヤスにそう予想されるのは、まだ分からなくもない。だが、ほぼ面識が無い小澄に言い当てられたのは、正直納得いかない。


「何でって言われましてもぉ……ゆっちゃんは大地君のことが、好き好き大好きですし?」

「ぐっほぁ……」


 そんな「皆さん当然ご存知ですよね?」みたいなノリで言わないでもらえます? あと何なんだよ、そのお花畑満開な表現はさ……小澄って独特の感性持ってるよなぁ。俺と夕って考え方が近いのもあって、夕が小澄相手に頭抱えていたのが、なんだか解った気がするわ。

 それで驚くべきは、一昨日に初めて会ったはずの小澄が、夕の気持ちに気付いていたことだ。結構な時間を共にしている俺が、ド直球で伝えられてようやく気付けたと言うのに……もしやあの後、夕とやり取りがあったのだろうか。


「……本人から聞いたのか?」

「いえいえ、そんなの見てたら分かりますよぉ。んと、最初は何でむーっとしてるのかなぁって不思議でしたけど、大地君への好き好きオーラが溢れ出てたので、そっかぁヤキモチ焼いてたんだぁって? ふふ、可愛らしいですよね♪」

「なる、ほど……」


 よし、今日無事に夕に会えたら、人前でガンガン電波放出するのを控えるように言おう――というか人前じゃなくても是非大人しくしてて欲しい! 常時晴天じゃなくて、しおしお時々晴れくらいでどうぞ! とは言っても……さっきのダレカみたいになっちまうよりは、百倍いいんだけどさ……はぁ、ほんとに戻ってくれるのかな。


「それで大地君の方も、ゆっちゃんを、とぉーっても大切な人だと思ってますから」

「なっ……何で?」


 完全に断定なの!? それは確かにそうなんだけど……そうだけどさぁ!? いやほんと、何で全部バレバレなんだよ? 俺ってもしかしてサトラレ能力者だったの?


「だって大地君は──」


 小澄はそこで言葉を切ると、俺を少し寂しそうに見つめ、思わぬことを告げる。




「ゆっちゃんだけ見えてましたよね?」




「……え?」


 見えてた? 夕だけ「見てた」ではなく?

 おいおい、小澄は何を言ってるんだ?

 困ったぞ、感性が独特すぎて付いていけん。


「すまん、どういうこと?」

「その……例えば一昨日お会いした時ですけど、大地君は私のことを見てるようで、実際は見えてなかったと思います。私はそのように感じました」

「ほ、ほう……?」


 申し訳ないが、凡人の俺にはさっぱり理解できない。


「うーん、言葉で説明するのは難しいんですけどぉ……小澄陽という情報を相手にしてAIのように処理していると言いますか、心を一切見ようとしてない気がしたんですよ」


 小澄は少し悲しそうな顔をして続ける。


「でも、それはさっき仰ったみたいに……心を見て触れ合ってしまうと、怖かったから……無意識のうちに、見ないように防衛していたのだと思います」

「っ!」


 ああ、急にストンとに落ちてしまった。

 つまり、それが本質を突いているのだろう。


「そう、かぁ……」


 AI、か……こいつはグサリときたなぁ。俺は小澄のやっかいな問題を解消するためだけに、宇宙大地と小澄陽の関係を的確に演算処理していただけで、そこに思いやりなどの感情も一切なく、まさに機械ってか。ハハハ、言ってくれるなぁ! ああ、ぐぅの音も出ねぇよ!

 それと普段はふわふわウサちゃんなのに、言わなきゃいけないことは物怖じせずにガツンと言うんだなぁ……良い意味ですごく意外だったわ。夕といい、周りの女の子達がやたらとカッコイイ件。


「あっ、あわわ、ごめんなさい……すごく失礼なこと言っちゃって……うぅぅ」


 険しい顔の俺を見て気を悪くしたとでも思ったのか、急にウサちゃんモードになり、人差し指同士をこねこねし始めた。


「いやいや、気にすんな。まさにその通りだと思うし、逆に俺の方こそ失礼だったなぁと反省してたところだ」

「それは、大地君のせいではありませんから……」


 最悪の環境下に居たせいだから自分を責めないで、という意味だとは思うが、それはいくら何でも責任転嫁が過ぎる。先ほどのように悪いことは悪いと認める小澄にしては、少々引っかかる言い方だ。


「――あと! 今日は見えてると思いますよ? ちゃんと私を見てくれていると感じます。それもきっと、ゆっちゃんのおかげ……でしょ?」

「む、むぅ……」

「うふふ。それで話を戻しますと……一昨日の時にも、ゆっちゃんだけは、ちゃんと見えてるってすぐに解りました。なので!」

「うおぅ」


 再びこちらへうれしそうに詰め寄る小澄に、気圧されて引いてしまう。


「大地君にとってゆっちゃんは、本当にかけがえのない大切な人なんだろうなぁ~、なんかすっごくいいなぁ~って思っちゃいました!」

「だぁぁぁ、解った! 小澄が言わんとすることはよーく解ったからさ!? 頼むからそれ以上言わんでくれ……」


 あぁもう、顔が火照ってきたっての! こんな小っ恥ずかしい事を、キレイな目をして素で言ってくるところが、やはり天然というか……なるほど、これが天然ピュアピュア小澄ワールドか。実はあの転入時の演技、半分は素だった説。あとこれが夕の場合だと、こっちが慌てるのを観察して、ニヤニヤと楽しげにからかってくるに違いない……それぞれ別の意味で、相手しづらい二人だなぁ!


「あっそれと、天馬さんのことも割と見えてたと思いますよ? きっと深い友情で結ばれてるんですね! 素敵です! うらやましいです!」

「んな気持ち悪いことも言わんでくれぇ……」

「うふふ、大地君は照れ屋さんですね♪」

「はぁ……」


 ヤスはしつこく視界に入り続けてくるので、見たくなくても見えてしまうのだ。バカには見えない服ではなく、バカが見えなくなる服がどこかに売っていないものだろうか。

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