6-10 勇気

 それで、ひとまず小澄の言葉を信じて、未来人ではないとしよう。そうなると、夕とは違って未来ではなくて過去に、俺が何か尊敬されるようなスゴイことをしていた……で良いのだろうか。ただ、俺にはそんな記憶はないどころか、そもそも小澄のことを覚えていない。そうなると次は、最初に会った時に言っていた、昔からの知り合いだという発言について、少し探ってみるのが良いかもしれない。


「なぁ、前に俺と同じ小学校だったって言ってたよな?」

「はい、そうですよ。残念ながら同じクラスになったことはありませんでしたけど」

「ふーん」


 そうか、違うクラスか。学年全体ではそれなりの生徒数になるし、「名前を聞いたことはあるかなー?」程度の子も中には居るだろう。特に小澄は、悪目立ちするような子ではなかっただろうし。


「ちなみに、その頃に話したりしたことあった? ――というのも、マジで全然覚えてなくてさ、なんかすまんなぁと」

「いえいえ、それも無理ないですよ。えっとぉ、その頃の私は今に輪をかけて恥ずかしがり屋だったもので、とても話しかける勇気なんてなくて……」

「ふむ……そういうことか」


 となると、単純に俺が小澄のことを忘れていた訳ではなく……いつの間にか恩を売りつけていたパターン? 自販機なの? 「恩」とラベリングされた飲料を想像して少し笑ってしまう。

 ただ、どんな恩を売ったのかを直接聞く訳にはいかない。恩人というのは盗聴から得た情報だから――ってまぁ、それも本当は白状しておくのが筋ではあるんだが、一色にお裁きとお目溢めこぼしももらったことだし、今はどうか許していただきたいところ。いつか機を見てということでヨロシク。

 それで、肝心の恩人という情報を自然な形で引き出す必要があるわけだが……うわぁ、コミュ障の俺にできるか? ええと……俺がどう思われてるのかをハッキリと聞いたら、出てくるかな? よし、一昨日の件を謝る足がかりにもなるだろうし、いっちょ頑張るかぁ。


「あー、そのー…………小澄は俺のことどう思ってる?」

「ふえぇぁ!? どっ、どうと言われましてもぉっ!?」


 おっとぉ、いきなりミスったぞ? 小澄の目がグルグル渦巻きになっちまった。実際に口に出して言ってみると、ただの「気になる女子にそれとなくアピールしに来た男子」じゃないか……そんなつもりじゃなかったのに!


「いや、イメージ! そう、俺ってどんなイメージのヤツかなって? 参考までに聞かせて!」


 慌てて言い直してみたものの、一体何の参考だよって話で。


「え、あっ、はい! イメージですね!? うーん、そうですねぇ……」


 少し聞き方を変えただけで、何故これほどまでにイメージが違うのだろう……言葉って不思議だなぁ。


「真っ直ぐで、賢くて、優しくて……とても尊敬できる人だと思います!」

「なっ! ……そ、そうか。ありがとな」


 うおーい、こんな思春期男子だったら即勘違いするような言い方しやがって! いやぁ、比較判断対象が居なければ危険が危なかったわ。あとで御礼でも言――えるかよ、恥ずかしいわ!


「――あっ!? そそ、そんな、深い意味、ではなくですね!? え、えっとそのぉ……何と言いますかぁ……あうあぅ……」


 意図しない自身の思わせぶりな発言に気付いたのか、またグルグルのしどろもどろウサギになっている。忙しい子だなー。


「大丈夫。解ってるって」

「はい……」


 努めて冷静にそう答えてあげると、小澄は納得しつつもどこかしょんぼりしたような、不思議な表情を見せた。

 ……さて、何はともあれ、これでハッキリと尊敬と明言されたわけだ。しかも今現在もときた。一昨日のアレがあった上でまだそう言えるって、どういうことよ? そんなバカでかい恩を売りつけてたん? あやしいつぼとかじゃなくて? 普通は自販機に入らないよ?

 ただ、それを聞く前にすべきことをしよう。せっかく切り出すための丁度良い流れになったのだから。よし……言うぞ!


「そ、そんだけ尊敬してくれてたのに、一昨日はその……本当にごめんな」

「!?」

「えっと、ほら……」


 ぐ、好機と見て切り出したは良いものの、このややこしい事情を何て説明しよう……ええい、何で俺は事前に考えておかないんだ! くっ、ここは、まず何か当たり障りのない理由から始めて……。


「あのヤクザにビビってしまって――」

「違います!」

「!?」


 しかし小澄は、俺の行き当たりばったりの誤魔化しを即座にはっきりと遮った。

 ……あぁそうだよ、違うだろ!? この馬鹿野郎! 


「大地君はそ――」

「ごめん! ちょっとだけ待って! 今の無し、言い直す!」

「はっ、はい! 待ちますっ!」


 さっき小澄は、現在形で尊敬してるって言ってくれてたのに、それをまた裏切るのか!? 

 こんなんじゃ……俺に大きな勇気をくれた小さなヒーローに顔向けできねぇよ!

 変わるって決めたんだろ、夕に誇れるようなヤツになるってさ!?

 それにこの生真面目で優しい小澄なら……本当の事情を話しても嘲笑わらったり馬鹿にしたりなんかは、絶対しないと思うんだ。

 よし、勇気を出して本当のことを言うんだ、大地!


「その、俺は、怖かったんだ。小澄と――いや、他人ひとつながりが深くなるのが。小澄からしたら、何だよそりゃって話だけどさ……」


 小澄は、そんなことはないとでも言うように、こちらを見つめて静かに首を横に振る。


「実は俺にはもう家族が居ない――じゃなくって……血の繋がった家族は居ないんだわ」

「あ……」


 このことを自ら他人に話すのは、初めてだな――っと心配かけるとアレだし、あんま深刻にならないように気を使わないとか。


「しかも親父が六年前に事故で亡くなっててなぁ、それで何というか……親しい人が居なくなることに、どうにも臆病おくびょうになってしまってたりな。いやぁ情けない話だよな、ハハハ――ってぇ!?」

「――っく……ぅぅぅ……ごめん、なさい……」


 ちょおお、えええ!? 小澄が、突然泣き出したんだけど! なんでだよ!? 想定外過ぎてこっちがパニック!


「いや、あのー? 小澄さん?」


 しかもナゼか謝ってるし……普通に考えて、こんなツライ話をさせてしまってごめんなさいってことだよな? 突然こんな重い話を聞かせることになってしまって、俺の方こそ正直すまんと思ってるが……これでもできるだけ明るく話したつもりなんだけどなぁ。あとこの子どんだけ涙もろいんだ……泣き虫うさちゃんかよ。これじゃ夕といい勝負だぞ。


「俺はその辺もう気にしてないからさ? どうか落ち着いて、もらえません、かね?」


 女の子に泣かれるのが辛いのは言わずもがなだが、万一こんなとこ誰かに見られでもしたらエライことになる。エースの座を奪われて新人いじめに走る大地、とか根も葉もないうわさが流れちまうぞ!?


「…………す、すみません……急に取り乱しまして……またお恥ずかしいところを……」

「いや……こっちも突然こんな話してすまん」


 小澄はハンカチで涙をいて、少しは落ち着いてくれたようだが……


「そんな! 大地君は何も――」

「そうは言っても小澄だって――」

「いえいえいえ」

「いやいやいや」


 今度は「自分が悪い合戦」が始まってしまったぞ? 「お前が悪い合戦」よりははるかにマシだけどさ。


「「……」」


 数瞬の沈黙と見つめ合いの末、 


「「ぷふっ」」


 それが妙に可笑しくて両者吹き出してしまう。


「……あー、そんじゃどっちも悪くないということで、どう?」

「はいっ!」


 そうして小澄が元気良く笑ってうなずき、敗者無しということでめでたく終戦となった。

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