6-09 尊敬
こちらも射場を出て廊下の小澄の姿を追うと、案の定と教室へ入って行った。その十メートル四方ほどの広さの教室には、机と椅子がズラリと並んでおり、一般的な学校の教室に近い雰囲気だ。主に昇段の学科試験に使用されるが、普段は誰でも自由に利用可能であり、例えば空き時間に宿題をしに来る部員も居る。
外からそっと
それにしても、ほんっと真面目な子だなぁ……全ての矢がどこに当たったかを覚えるだけでも一苦労なわけで、俺含めて部員で付けてるヤツなんか見たことないぞ。ただ、そういった何事にもマメなところが上達の道に
教室に入りながら引き戸をそっと閉めて、熱心に机に向かう小澄の側まで歩く。それでも小澄はまだこちらに気付いていないので、驚かせないように落ち着いたトーンで声をかける。
「……あー、小澄、おはよう」
「ふぇぁっ!? だ、だだ、大地君! おっ、おはようございまひゅ」
緊張して少しカミ気味ではあるが、普通に返してくれた。先ほどといい一昨日といい、逃げられてもおかしくない事を何度もしでかしていたので、まずは一安心だ。なにせ俺一人だけじゃ、
そこで「ちょっと失礼」と一言断って、縦の通路を挟んで横に座ると、予定通り小澄に向かって頭を下げる。
「あー、さっきは集中切らしちまったよな? すまんかった」
「えっと、あの、そのぉ……大変お恥ずかしいところを、お見せしました……」
小澄は恥ずかしげに顔を伏せて、消えるような小声で
「いやいやそんな、
「あっ、それは、多少ありますけどぉ……」
「多少? それ以外にも何かあるのか?」
「えと、その……じっと見てたのが、大地君だから、ですよぉ……」
「いや何でだよ!?」
「ひっ、ごめんなさぃ……」
想定外の答えで思わず飛び出た大声に、小澄は縮こまって目をきゅっと
「ごっ、ごめん。全然責めてるとかじゃなくて、ただちょっと意外で、驚いてしまってな?」
「あ、はい……」
それでナゼ俺だと緊張するのかだが……一昨日に夕が大暴露祭りを開催したときに、俺へアピールしたかったと言っていたので、思春期特有の短絡的な思考を遺憾なく発揮するなら、小澄が俺に気があると考えがちだ。だがそれはない気がしていて……何というか、小澄が俺に向けてくる視線や雰囲気が違うんだよな……そっ、その……ゆ、夕のとは――っぐあぁ! 考えただけで体中がムズムズするわ!
「ええっと、大丈夫ですか?」
「な、なんでもないぞー? ははは」
あまりのむず
それで他にも根拠があり、確か一色が「らぶ~とはちょっと違う?」と言っていた。二度と会いたくもない恐ろしい子だが、その悪魔のごとき観察眼と洞察力は、間違いなく信用できる。さらに「尊敬っぽい」とも言っていて、それに対して小澄は肯定しつつ「恩人のようなもの」とも答えていた。そうなれば、尊敬する人に見られていて緊張した、ということだろうか。
例えば俺の場合、弓道で尊敬する人は師範だが、もし弓を引く時に横に立ってじっと見られていたら……おおう、それドチャクソ緊張するわ! 特に福田師範の眼光、ヤバ過ぎだしな。
ひとまずその理屈は納得したとして、ナゼ俺が恩人扱いされているか……これ、夕と同じパターン? やたらと身に覚えのない御礼を押し付けてくる、
恐らく夕は未来にその理由があるのだろうから、もしかして小澄も……未来人? ――いやいやいや、ねぇだろ。ない、よな? …………うーん、どうにも気になってきたぞ。よし!
「……あのさ、突然のすっげー変な話なんだけどな?」
「はっ、はい」
「未来人って居ると思う?」
かなりぶっちゃけて聞いてはみたものの、小澄がどちらだとしても、「漫画のお話でしょうか?」などと無難な返しがくるだろうし、期待薄な問いかけだったかもしれない。そう思いきや……
「なぁっ!? そっ、そそ、そうですねぇ、居たら素敵ですねぇ!?」
なんと小澄は黒目をキョロキョロさせて、上ずった声でそう答えてきた。
うっそやろぉ……この反応、ほぼクロじゃね? あと手芸部でさっちゃんもツッコんでたけど、この子マジでごまかすの下手過ぎん? あれだわ、根が真面目すぎて、嘘をつくことに慣れてないんだろうなぁ。純粋培養ウサちゃんかよ。
「おっ、そうだよな。居たらいいよなぁ、ハハハ」
それでほぼクロと判っていても、「で、おまえ未来人なんだよな?」などとは流石に聞ける訳もなく、無難に返すしかできなかった。
とりあえずと落ち着いて整理してみると……オイ待て、俺の周りに未来人が二人も居るってことぉ!? んなことあるぅ? 未来人、超能力者、宇宙人は一人までって、
「あのっ!!!」
「ぅおお!?」
俺が大混乱する中、小澄は真剣な目をして、強い口調で呼びかけてきた。急にウサちゃんではなくなって、こちとらビックリだぞ。
「私は、未来人ではないですよ」
「……は? ええぇ!?」
まさかのビックリの上書きが待っていた。
おーいおいおいぃ……こいつはどう解釈したら良いんだ!? この小澄の言葉をそのまま信じるなら、未来人が実在することは知っているが、自分は違うってことか? じゃぁナゼ知ってるかというと、そりゃやっぱ……夕関連だよな? いや待てよ、夕は会う前から小澄を知っていたが、小澄は知らなかったし……すると夕以外にも未来人が居て、小澄はその人物と会ったことがあるとか…………だぁもう、わっけわかんねぇ!
「あっ、あわぁ! 私ってば、な、何言ってるんでしょうね? そんな当たり前のことを――」
「ははは、そうだな。実はな……俺も未来人じゃないぞ。驚いたか?」
聞きたいことは多いが、ここはひとまず冗談で濁す形で、助け舟を出しておいた。隠し事が下手な子を問い詰めるのは気が引けるし、それに小澄は悪意をもって人を騙す子には到底思えないので、仮に嘘だとしてもいわゆる優しい嘘なのだろうから。
「えっ! あ、はい! そうですね、うふふ♪」
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