6-02 制裁

 推理の末に導き出された夕の隠密襲来に頭を悩ませつつも、人気ひとけの無い坂道を足早に下って行く。梅雨前の初夏とくれば暑い日もあるが、今日は右手の海岸からそよぐ朝の海陸風が心地良く、足取りも自然と軽くなる。……ついでに罪悪感も軽くなって欲しいな!

 坂のふもとで左の小道へ曲がってしばらく進むと、学校との中間地点となる街境いの交差点が見えてきた。その大通りに面した交差点に近付くと、歩行者信号の二色を補完すべくたたずむ金髪頭――ヤスが目に入る。日常の行動パターンがほぼ同じなので、こうして出くわすこともさほど珍しくはない。

 さて、偶然にも指名手配少年Yを早期発見したわけだが、昨日の件についてどう調理してくれようか。夕からは「許してあげてね」と言われてはいるものの……他にも余罪がたっぷりとあることだし、さすがに無罪放免とはいくまいて。

 ヤスの処遇を考えながら近付いて行くと、向こうも俺に気付いたようで、すぐに慌て顔に変わる。


「ゲッ……これはこれは、大地じゃぁないかぁ!?」

「んー? ゲッとは、嘘つきの挨拶だったか――なっ!!!」

「うぐっ」


 当初予定通り、近付きざまに鳩尾みぞおちに一発くれてやった。中パンチだが、それなりに鍛えているこいつなら、このぐらいで丁度良いだろう。


「これで勘弁してやるよ」

「っごほぁ。うーーーきっつ。朝飯飛び出るかと思ったわ。まぁそれでも、だいぶ手加減されてる感はあるけど……ガチパンチだったら、今頃僕は地面に突っ伏してるだろうからね!?」

「そういうことだ。夕に感謝しとけよ?」

「ほんとそれな。これで済んだなら安いもんだよ……夕ちゃん、あんな素っ気なく言ってても、ちゃんとフォローしてくれたんだね……あぁ、マジで天使かな」


 どうやらヤスは、こうなることは覚悟していたのか、むしろ減刑されていたことに安堵あんどしているようだ。

 

「ほほう、随分と余裕そうだな。よし、じゃあこれで勝手に秘密バラした精算は終わりな? 次は嘘ついて俺に部長業務を押し付けて、挙げ句に夕と楽しく遊んでた方の精算だな?」

「えっ、ちょっと待って? 合算されてなかったパターン? うわさのリボ払い地獄!?」


 ただの別払いだと思うが……こいつ絶対リボ払いの意味分かってないな。


「ん? リボ払いの利子まで欲しいのか? まったく欲しがりだなぁ」


 拳を振り上げ、利子付きの次弾の用意をする。


「いやいや僕そんなこと言ってないから!? あと、別に遊んでたわけじゃないよ? 夕ちゃんに頼まれて仕方なくだからさ? そう、仕方なくなんだ!」

「……本当か?」

「…………すんません、夕ちゃんに誘われてぶっちゃけウキウキしてました!」

「ん、まぁ正直なのは評価するが、それはそれよ」


 腰を落として、宇宙こすも正拳突せいけんづきの発射用意完了。幼少期に親父に仕込まれた、一子相伝の秘奥義だ。兄弟居ないけどな。


「だぁぁぁ、待って待って! 夕ちゃんが聞きたいことを喫茶店で話してあげてただけで、遊んでたわけじゃないよ! そっそう! それで夕ちゃんと上手くいった感じなんだろ?」

「む……そう言われると、まぁ、な」


 昨日ああして夕と心を通わせることができた背景に、ヤスからの暴露話の恩恵があったとも言えるのか……うーむ、しょうがねぇな。恩で罪を相殺としよう。仏じゃないから一度までだぞ?

 ワンタイム御仏みほとけパスで拳を緩め、発動体勢を解除しようとするが……


「それに帰り際に防犯ブザー鳴らされちゃってさぁ、そんな楽しむとかじゃなかったっての」

「は? 何でそんな事態になるんだ。どんな嫌がらせしたんだお前……」

「いや、ちょっと冗談で頭撫でたら鳴らさ――ぐぼがぁぁ」


 やっぱり発動。割と全力で。


「ナ、ナジェ……」


 ヤスは苦しそうにそうらし、ひざを折って地面に両手をつく。


「ん……ナゼか無性に腹が立った」


 自分でも不思議なことに、昨日の帰り際に夕を撫でた時の様子がチラついて、なんかもんの凄いイラッとした。


「そ、そんな…………頭撫でた、くらいで、そんな、ヤキモチ、焼かんで、も……ってか、自覚、なしか、よ……ぐふっ」

「え?」


 ヤスは地面でしんどそうにしながら、意外なことを言ってきた。

 ヤキモチ? 俺が、夕に? 

 …………えっ、これってそうなの? 

 そう……だったのか。

 全く気付いてなかったが、俺はヤキモチを焼くくらいには、夕のことを……む、む、むむぅ。

 そう気付いた瞬間、なんとも言えない気恥ずかしさがき上がってきた。さらには小悪魔姿のイマジナリー・夕が、ニヤニヤしながら周りをパタパタと飛び回っており……ぐぬぅ、こんなこと絶対に夕には知られないようにしないとだ。大喜びでからかい倒される未来しか見えん。


「あと……すでに手遅れな弁解だけどさ……ブザー鳴らすくらいには怒ってたから……大地が嫉妬しっとするような……浮いた話じゃ……ないから……」

「ん……そうか。まぁ、そうだよな。ならいいわ」


 そんな事だろうとは思ったが、そうと聞いてすごく安心している自分が居るのが……くっ。


「……だからさ! 手遅れなんだよね!? 発射前に事情聞こうね!?」


 復活したヤスが、両手を前に出して冤罪えんざいだとまくし立てる。


「む、そうだな。すまん」


 これは確かに過剰反応し過ぎだったと反省しつつ、青に変わった信号を横目に横断歩道を渡るのだった。

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